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ドイツ転勤 ドイツ前哨戦〜最前線 からのリタイア

時折、空間が揺らいで見える時がある。まるですぐ近くで蜃気楼が見えているように。それは、次元の禁忌が破られようとする事象だ。

ーーまた行っているのか。

困ったものだ、今度こそはただでは済まさない。そう、アクシーは固く決めた。

その時だった。北の荒地の奥深くに住まうリィンから連絡があったのは。珍しく(シャイス)だけの連絡だ。

「どうした?声だけとは珍しい。アレ(召喚)の影響か?」

「そうではありません。予見というより、予知夢を見たように思ったので、急ぎお伝えしなければと。」

「予知…夢?」

リィンは語った。ル・ルディーアの(ペル)が紛失したのだと、それも忽然と消えたという。同時に石を守っていた(パシャ)族の姫様が神隠しに遭ったとも伝えてきた。

「それが本当なら大事だな。先程から、どうやら禁忌である召喚を行っている気配がしている。その影響か?」

リィンは首を振った。

そのような小さな力ではなく、もっと大きな何かが起きているように感じる。北の果て、氷に閉ざされた大地には珍しく稲妻が走っていた。

報告の相手であるアクシーからはリィンの様子が見えているようだった。

(ドゥレィフ)を繋げよう。詳しく教えてくれ。」

途端、強い光が鏡から発せられる。

「私がこちらへ移り住んで初めてと言ってよいほどです」

夜空を切り裂くような稲光が幾度となく見える。確かに、このような天候はいくら禁忌を破った召喚の儀を行ったとはいえ珍しかった。


ちょうど同じような天候に見舞われていたのは、(タケル)が乗っているジェット旅客機であった。通常このような天候になれば、それが起きている雲から出ればすむ話なのだが、不思議なことに空には雲ひとつなく一向に鎮まる気配がない。そんな荒天の中、旅客機は無事フランクフルト空港へ降り立った。

「メチャすげぇ雷!!乗り換えできねーじゃん」

「入国審査はすぐ終わってよかったわね」

国際線から国内線へのターミナルへと移動しながら、タケルは悪態をついた。元々、この引越しには反対していた。親の転勤なので仕方なく承知しただけだ。長時間のフライトの上なかなか着陸できず嘘みたいに機体が揺れて、もうグッタリだった。その上この頭痛。

「やっぱ、この引越しやめた方がよかったんじゃね?俺もう死にそ」

「頭痛薬、飲んだんでしょ?そのうち効いてくるわよ」

シュツットガルトまでの国内線の状況を聞きにいった父親が戻ってきた。どうやら見通しが立たないようだ。航空会社がホテルを手配してくれた様子だ。

「受付の人も驚いていたよ。こんな天候は初めてだって」

タケルの頭痛は相変わらずだった。なかなか寝つけなかったが、日本からの移動の疲れがあったのだろう。気がつくと寝息を立てていた。


アクシーは古代語(ユフラル)(イス)の王と対峙していた。

王の傍には、召喚を行なったであろう魔術士と共に数名の見知った魔導士がいた。それを取り囲むように、城中の家臣や従者が集まってきていた。

「我が祖、アクシー殿。穏やかではないな」

アクシーは、すでに剣を構えていた。

「禁忌である召喚の儀を行なっていたな。言い逃れはできないぞ。私には次元の揺らぎが教えてくれる」

王は不敵な笑みを浮かべて笑ってみせた。

「いったいどこに証拠がある」

「フン!証拠、証拠とバカの一つ覚えか?」

そう言ってのけたかと思うと、一瞬でアクシーは王の首をはねた。まさかのことに驚いた近くにいた魔導士達は、蜘蛛の子を散らすようにワッと退いた。無論、それを取り囲んでいた者達もまた同じであった。

首をはねられ崩折れた王の遺体を剣で指し示し、アクシーは確たる口調で言い放った。

「私を誰だと思っている。千年ドラゴン、シムルグが娘だぞ。いい加減、気付けよ。黙ってりゃ、いい気になりやがって」

剣の鋒は、ぐるりと周りにいる者達へ向けられていた。

瞳の色は怒りの赤へと変わり、束ねられた髪は逆立ち虹色に輝いている。

千年ドラゴン・シムルグとは、創始の時代からまだなお生き続け、悠久を生きる。ありとあらゆる次元が通じる交錯(ロィフォル)次元(リム)に生き、次元(リム)(ドフ)と呼ばれる場所に住み、唯一無二の存在であった。

アクシーは、そのただ一人の娘だった。母は、今しがた首をはねた王の遥か遠い時代の王の娘リステル。古代語(ユフラル)(イス)と千年ドラゴンとの婚姻は初めてのことだった。

勇気あるリステルは、身籠もると老いることなく数百年ほどシムルグと共に生きた。そして、出産の時を迎える。今までの能力(ちから)を使い果たしたかのように、可愛らしい女児を産むとともにその命を終えた。

遥か遠い昔のユフラル・イスには人を超えた能力(ちから)を持つ者が多かった。リステルもその一人に違いなかっただろう。創始(セフィードルィ)一族(テル)神話(ミソレ)として現在でも広く知られている。

しかし、現在(いま)のユフラル・イスには本来の力を持つ者はいないと言っていい。なにしろ、古代語(ユフラル)を使いこなせないのだから。

ただ例外も存在する。

困った事にシムルグの他に悠久の力を持つドラゴンも存在していて、彼女はその力を使いただ一人召喚を許されているのだ。彼女の名はラグナルダ。起源(ル・ルディーア)次元(リム)に住む。

だいたい、今のこのトラブルの大元はラグナルダである。随分と昔、といってもせいぜい千年経つかどうかだが、ユフラル・イスに頼まれて召喚を繰り返していた。彼等の住む創始(セフィードルィ)次元(リム)では、(アルガ)ざされた次元(リム)から凡庸者(カノ・クディオ)を召喚すると、不思議なことに彼らが持ち得ない能力(ちから)を持つ者が現れることがあった。その力を得たいがためだけに、ユフラル・イス達は召喚を繰り返した時代があった。

召喚とは、無理やり魔術の力を使い(アルガ)ざされた次元(リム)にぶつけ次元の境をこじ開け、凡庸者(カノ・クディオ)に次元を渡らせる儀式のことである。儀式には強力な言葉が必要となる。

常々、ラグナルダは自分の力を誇示していた。しかし、力の乱発によるものかどうかはわからないが、ラグナルダには急速に老いが訪れてきていた。そんな中、事件が起きる。

いつものようにラグナルダは自分が住む起源(ル・ルディーア)次元(リム)にて、従えている魔人や魔物達と魔術を使い世界を造り変えていた。ところが、ラグナルダの身に何が起きていたのか不明だが力の暴走が起きた。そして、ラグナルダの玉石が砕け散った。

玉石は10個に砕け起源(ル・ルディーア)次元(リム)内に散った。ラグナルダは次元に住む全種族に石の欠片を見つけ持ってくるように命じた。しかし小さな欠片は次元を超え、近しいラ・ルヴ・リール次元へも飛び散ってしまっていた。

これはラグナルダが想像する以上に大変な事件となった。シムルグが住む次元(リム)(ドフ)では、彼の全精力を傾けなければならないほどの惨事が巻き起こっていたからだ。いくつもの次元の境に揺らぎが生じ、それを鎮めるためいったいどれほどの力が必要となったのか。

ラグナルダは覚悟した。

10個に砕け散った玉石を集めると妖王・魔王・精王・鬼王・怪王等々、ル・ルディーアを統べている種族の中から10種族を選び、最も力の強い者を差し出すよう命令した。

その頃、ラ・ルヴ・リール次元へと飛び散ってしまった小さな欠片は、思いがけない争いの火種となっていた。その事態を重く見たシムルグは、まだ年端のいかぬ娘アクシーを向かわせた。

この時、アクシーは初めて自分の能力(ちから)で次元を渡った。流離(シィム)(フィノン)に降り立つとアディロンが来るのを待った。アディロンは大きな鳥の姿に形を変えられる、数少ない素晴らしい能力を持つ者だった。しばらくするとアクシーの來訪を感じてか一人のアディロンが現れた。

彼等はすでに石の欠片のことを知っていた。

「それは現在、リィンの館に集められています。こちらの世界に飛んできた3個の小さな欠片と…」

アディロンは再び鳥の形に変形すると、アクシーに背に乗るよう促した。

「続きは向かいながらお話ししましょう」

ラ・ルヴ・リールの争いを鎮めたのは、北の荒地の向こうに住まう一角獣(サイラス)族だった。それに力を貸したのが、リィンという少女だった。彼女は数少ない強力な能力(ちから)を持つ者だ。

シムルグに与えられたアクシーの役目は、とうにリィンと配下の一角獣族によって完結していた。せっかくの役目を取り上げられたようになってしまったアクシーを気遣い、リィンは精一杯のねぎらいを込めてもてなした。

しばらくすると、リィンは凍てつく大広間へとアクシーを案内した。そこにはシムルグから(アウィル)(ドゥレィフ)が届いていた。映し出されていたラグナルダと10個の砕けた玉石の欠片を持つ者達は、空の鏡から脱け出しでもしたかのようにアクシー達の前に現れた。

ラグナルダは渾身の力を使い、10個の砕けた玉石の欠片を一振りの剣へと造り替えた。鞘にはさらに小さな欠片があしらわれた。

衝撃が起きたのはその後だった。石の欠片を持ってきていた者達は護衛とし各々に氷柱へと閉じ込められ円形に配置された。その中央に剣は鞘に納められ氷の(ひつ)に入れられた。

鞘にあしらわれた小さな欠片は、取り出され、()(ルヴ)(リール)を統べる各々の種族に託され守られることとなった。

アクシーはそのすべての決着のあらましを、シムルグの名代として見届けた。

こうして、ラグナルダに許された唯一の召喚はリィンの代替わりだけとなった。

それなのになお、ユフラル・イスの王は諦めることをせず、古代語(ユフラル)を操る魔術士や魔導士を集めては勝手に召喚の儀を行なっていた。


「うーーんっ!!」

思い切り伸びをすると、どことなくダルそうにタケルは身を起こした。

「なんだろ…。なんかメチャクチャ長ぇ夢見てた気がする」

「夢?何言ってんのよ、早く支度しなさいっ!!」

なかなか起きてこないタケルの様子を見にきた母親は怪訝そうにそう言うと、とにかく身支度を急かした。シュツットガルト行きの飛行機の搭乗時間が迫っていた。

「もっと早く起こしてくれればよかったのに」

「ごめんなさい、私もお父さんもついさっき起きたのよ」

珍しいこともあるものだ。母はともかく、父は慎重な性質でアラームは欠かさない。その上モーニングコールを頼むくらいだ。

父親の話では、なぜだかその全部が聞こえなかったというのだ。それくらい疲れて眠りこんでいたのだろう、ということになった。

昨夜の雷が嘘のように、空は晴れ渡っていた。

シュツットガルトの空港へ到着すると、現地ですでに働いている人が迎えに来てくれていた。昨夜のフランクフルトでの雷の話をすると、ネットでニュースになっているようだった。SNSでは、雷がまるで掌のように見えると話題になっている。

ちょうどタケル達が乗っていたルフトハンザ機が、鷲掴みにされそうな画像の閲覧数が凄いことになっていた。

「マジかよ」

そうこうするうち、車はタケル達の家の前に止まった。シュツットガルトの街は思っていた以上に緑が多かった。

特にタケル達が住む郊外は、静かで緑が多い住宅街だった。

引越しは全部業者任せで済んでいて、あとは各自で荷物整理をするくらいになっていた。

「ここが私達の家ね!!」

これ以上ない弾んだ声がする。その声を伴ってどんどん家の中へと入っていく母親。心配そうに後を追っていく父親。

取り残されたタケルに、隣人のおばさんが声をかけてきた。と、思ったら1匹の猫を連れてきてタケルに渡すと、何か二言三言言って去っていってしまった。

ーーなんだ!?

どうすることもできず、タケルは猫を抱えて家に入った。

この家でドイツ語が話せるのは父親と母親だけだ。あとで聞いてもらえばいい。

猫は薄汚れていて、どこか疲れて見えた。おとなしく膝の上で眠っているようだった。

すると上機嫌で母親が二階から降りてきた。夕食のことを話しながら、父親も一緒に降りてきた。猫に最初に気がついたのは父親だった。

「どおしたの?」

母親は興味津々でのぞき込んでくる。訳を話すと父親が隣の家へ行って帰ってきた。

「いやあ、なんでも引越しが終わった後に、ずっと玄関の前で座って動かないでいたらしいんだ」

「ええーっ!!いったい何日経ってると思ってるの!?」

「そうなんだ。だからね、見かねて餌をやっててくれたらしいんだ。家の中に入れてもすぐ出て行ってしまうらしくてさ」

「この家に前住んでた人の飼い猫じゃないの?」

「そうでもないみたいなんだ。この辺で猫を飼ってる家はないらしい」

猫の処遇をどうするか、話し合っているうちに、どうやら怪我でもしていることにタケルは気がついた。父親に無理を言って動物病院へ連れて行ってもらうことにした。

病院へ行き帰ってくるまでには、猫はタケルが面倒をみることに決まっていた。

「不思議なこともあるものねえ。新居で猫が待ってるだなんて」

猫の怪我は大したことはなく、それよりも栄養失調で弱っているので十分に食べさせてあげるようにとのことだった。タケルがそう話すと、母親はニッコリ笑った。

「そうなの、じゃあお肉ね。ちょうどいいお肉あるわよ!引っ越し祝いに買っておいた牛のモモ肉!!」

「あ、それ俺のローストビーフ…」

父親の小さな呟きが聞こえてきた。

食事の支度が整うと、テーブル中央に存在感が半端ない肉の塊があった。

父親が隅っこの方を切り分けようとするのに文句を言い、母親が真ん中の美味しそうなところを何枚も皿に盛ってタケルに手渡した。猫にあげるよう言われて目の前に置いたのだが、猫は食べようとせず匂いを嗅いだあと、まるで犬が待てをするように行儀よく待っている。

「食べていいんだよ」

タケルの声かけに耳を傾けるが、それだけだ。

「Bitte iss es.(お召しあがり下さい)Prinzessin.(お姫様)」

母親がドイツ語で話しかける。すると、猫は嬉しそうに食べ始めた。

「えーっ!! マジ!?」

「ドイツの猫なんだから、ドイツ語で話しかけなきゃ、当たり前でしょ」

あっという間に空になった猫の皿に、ローストビーフを切り分け入れながら母親が意味深にニコッと笑いかける。

「タケルもドイツ語、ガンバんなくちゃね!」

これからの猫の世話=ドイツ語学習がタケルの頭をよぎる。

ーーしゃあない。

今までの自分では考えられないほど、あっさりとドイツでの暮らしを受け入れていた。タケルは猫を見ていると、ドイツ行きを抵抗していたことがバカバカしく思えてきた。


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