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09.皇帝の帰還

 そうして三年が経った。そんなある日、伝達の任を担った先兵から一報が入る。


「皇帝陛下が、西一帯を平定してご帰還なされます!」


 それが早馬で届いたのは、私が帝国に来て三年経った日のことだった。


 ──ようやく私は自由の身になりたいと申し出ることが出来るわ!


 私は心が浮き足立つ。


 何せ三年も顔すら見ずに放置しておいた妻だ。用などないに違いない。きっと願いは叶うだろう。


 気になるとすれば、人質としての役割くらいだろうか? それならば、こんな陛下と扉ひとつで繋がったこの部屋などに置かずに、どこか離れた離宮にでも置いておけばいい。監視はあるだろうけれど、私は、そこで自由の効く範囲内で気ままにくらすわ!


 もし外に出られたら、何をしようかしら!


 私は夢想が止まらない。


 だから、私は顔がにやけていたのだろう。着付けと化粧をしてくれていたマリアに注意を受けてしまった。


「皇后陛下。陛下がお戻りで嬉しくお思いなのは分かりますが、顔をお鎮めください。これから施す化粧が崩れてしまいます」


「ごめんなさい、マリア」


 諫められて、私は口角を上げた形で唇を引き締める。


「今日は皇后陛下が引き立つ装いにいたしましょう。陛下は金の髪に濃い緑柱石(エメラルド)の瞳をお持ちですから、鮮やかな緑の紗のドレスに、金細工にエメラルドをあしらったアクセサリーで、お美しいそのお姿を引き立てます」


 そう告げると、私はコルセットを身につけさせられ、ドレスとアクセサリーを身に纏い、そして化粧を順々に施される。髪は緩い波打つ髪の両サイドをまとめ上げられ、所々にパールの付いたピンを差し込まれた。


「まあ、すごいわ。今までの冴えない私とはまるで別人のようよ」


 アッヘンバッハ王国ではあまり待遇が良かったとはいえない私は、ときどき自己肯定感が低いところが顔を出す。婚約破棄されたとなれば特にだ。まして、前世では病弱で顔色も悪かった私はお世辞にも美しいなんていえた顔をしていなかったのだし。そういった理由で、私は容姿への自信がなかった。


 だから、出来上がった姿見に映る美しい私は、マリアの化粧の成せる技だと、本気で思ってしまった。


「……皇后殿下。謙遜は美徳ですが、陛下は元々大変お美しい方です。もっと自信をお持ちになってもよろしいかと思います」


「そうかしら……」


 ……でもだって私は婚約破棄されて……と言いかけて、言葉を止める。それは、あまりあちこちに言いふらしてはいけない醜聞だろうから。


「大丈夫です。皇后陛下のお姿を一見なされば、皇帝陛下のお心も動きます。大丈夫です。自信をお持ちください」


 ──でも私、離婚を切り出そうかと思っているのですけれど。


 美しい自分の姿には満足しながらも、せっかく着付けてくれたマリアに対しては複雑な気持ちになるのだった。


 そうして、皇帝陛下を迎え入れるために使用人、文官、騎士、兵士たちが、その階級の順に宮殿の前に逆Vの字にずらりと並ぶ。そして私は、ぽつんとその最前列中央に立った。横に並ぶのは宰相のライマーだ。


 戦争から帰ってきた兵士たちをねぎらい、戦勝を祝う声で町中が賑わっていて、その声がどんどんこちらへ近づいてくる。そして、その列が私たちの前にやってきた。


 その中から一騎駆けてきて、ヒラリと身軽に馬から下りる。


 兜を取ると、銀の髪が日に当たって煌めいた。


 そして、紫石英(アメジスト)の瞳が、ライマー、私と順に見る。


「このたびのご戦勝、誠におめでとうございます」


 深々と礼を執るライマー。


「ああ。戦中、帝都の民が安寧に過ごせるよう治めてくれたことに礼を言う、ライマー」


 皇帝陛下はライマーに礼を言った。それから私を見る。そして口を開いた。


「で、誰だ、この女は」


「へ、陛下!」


 ライマーが慌てる。ライマーと並列でいられるような女は、彼が招いたであろう皇后ひとりしかいないだろうと言いたげでいて、私が機嫌を損ねたのではないかと気遣いがあり、ふたりの間で百面相をしている。


 そんなライマーが気の毒になって、私は落ち着いて礼をすることにした。


「……アッヘンバッハ王国からまいりました、皇后コルネリアでございます」


 ドレスの脇を摘まんでゆったりとカーテシーを執る。


「そなたが例の后か」


 興味なさそうな顔で見られた。


 ──やっぱり陛下は私に興味がおありでない。


 ごめんなさい、マリア。あなたの素晴らしい化粧もこの方の前では意味はなかったみたい。


 そう思いながら決意する。あの言葉を告げようと。大丈夫。私はひとりで生きていけるもの。


 でも、『冷酷無慈悲な銀狼』と謳われる皇帝陛下が相手だ。自由を得る前に手打ちにでもされるだろうか。チラリと横目で、陛下が携えている剣を見る。それを見ると心の中で怯みそうになるが、意を決して私は大きな声で今まで伝えたかったことを告げる。


「初めまして皇帝陛下。どうぞ離婚してくださいませ」


 名を名乗ったあとに続けて、そう告げた。私は頭を下げたままでいるから、陛下がどんな顔をしているのかは分からない。けれど、今までのことも含めてあんまり癪に障っていたので、せめて驚いてくれていれば良いのだけれど。


 辺りがざわざわとざわめいていく。そして、それは大騒ぎとなり、兵士たちが収める騒動となった。


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