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08.むなしい結婚式

 数日後。


 私は帝都の大教会で真っ白いドレスを身に纏っていた。そうして、教皇猊下と向かい合いに祭壇の前に立っていた。


 隣にいるべき夫となる人はまだ来ない。


 初めは、準備に手間取っているのかと思っていた。


 でも、いつまで経っても姿を現わさなかった。


 ずっと。


 ずっと。


 むなしく教会の鐘が鳴り響く。


 皇帝陛下の婚姻を祝う鐘だ。


 だが、肝心の夫がいなかった。


 すると、侍従長のアドルフが教会の中に駆け込んできた。そして、それまでも走ってきたのだろう。荒い息を吐く。そして、口を開いた。


「……ッ、皇帝陛下は戦場よりお戻りにならないそうです!」


 侍従長のアドルフが言いづらそうにそう告げた。


「……それは、今日だけ、なのかしら……?」


 こんな屈辱はない。私の声が、震えた。


 待てば、良いのだろうか?


 だったら、戻って来れたら式を挙げれば良い。


「いいえ……、陛下は、しばらくは戦場をお離れになる気はないと……ッ。ですが、あなたさまを皇后とお認めになると……宮殿で好きに過ごせとの書簡がまいっております」


 それを聞いて、私は手に持っていたブーケを床に叩きつけた。


「コルネリアさまっ」


 私は、私を飾り付けるティアラや装飾品にも手をかけようとした。そんな様子を見て、侍女筆頭のマリアが慌てて私の怒りを宥めにやってくる。


「お静まりください、皇后陛下」


 私は夫となる皇帝陛下とも会わずに皇后になった。


 皇后陛下と呼ばれるその称号すらむなしい。


 そこに、式も挙げずに縁続きとなった義母のクリスティーナさまと義弟のハンスもやってきた。


「……可哀想に、コルネリア。あなたはもう、私の娘ね。コルネリアと、そう呼んでいいかしら?」


 そう言うと、義母は私を抱きしめ、その背を撫でながら私に語りかける。それに対して私はうんとひとつ頷いた。それを聞いてクリスティーナさまは微笑んだ。


「ボクも、コルネリアおねえさま、とよんでいい?」


 幼いハンスも私を慰めるかのようにおずおずと側に寄ってきて、そう尋ねてきた。


「もちろんよ、ハンス」


 彼の柔らかく栗色の髪の毛を優しく撫でた。


「わぁい、よろしくね、コルネリアおねえさま!」


 純真無垢な幼い笑顔を見ていると、先ほどまでの怒りがいつの間にか収まってきていたのを感じた。


「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 そうして私は新しい家族に頭を下げたのだった。


 私は、悲惨な結婚式を経てから、開き直ることにした。そして、ロイエンタール帝国での生活を楽しむことにした。


 夫に対する希望は打ち砕かれたけれど。


 ここには意地悪な義家族もいないし、バカな婚約者もいない。


 その代わりに家族としているのは、優しく穏やかな性格の義母のクリスティーナさまと可愛い義弟のハンスだけ。


 使用人たちも私をきちんと皇后陛下として扱ってくれて、待遇に文句はない。


 夫となる人は「好きに過ごせ」と書簡で言い放って戦三昧。まるで、大陸平定の名の下に戦争にいそしんでいる。まるでかの有名なアレクサンドロス大王のようだ。


 そうして私を放置するのだから、私は私で自由に過ごすことが出来る。それに、何より顔も知らない人との夫婦の営みを義務づけられることもない。


「夫元気で外が良い」っていうのはこういうことよね!


 そう思うことにしたのよ。


 それに、前世のように病で伏せってばかりの毎日でもないし!


 そんな穏やかな日々ももう一年ほど経っただろうか。


 私も新しい宮殿にすっかりなじんできていた。


 図書館の本も随分と読み進んでいる。


「前の家よりよっぽど快適ね」


 心の中でそう独りごちて、私は宮殿の図書館へと歩を進める。


 帝国へ来た私を何より私を喜ばせたのは、ロイエンタール帝国の宮殿の図書館の、その蔵書の充実さだ。さすが、『大陸平定』を掲げて勢力図を広げているだけのことはある。属国とされた、今まで私がその文化に触れることもなかったアッヘンバッハ王国以外の国の書物まで、たくさん収蔵されていたのだ。


皇帝陛下(あのひと)が帰るまでに、全部覚えていきましょう! そして、彼が帰ってきた暁には、用がないらしい私は、さっさと皇后のお役目から解放していただきましょう!」


 私は勝手にそう意気込んでいた。


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