07.
そうやって色々と考えていたが、そのうち私は疲れからくる睡魔に襲われ、うたた寝をしてしまっていた。
すると、コンコン、と扉をノックする音がして目が覚めた。
私は慌ててベッドから置き、髪とドレスを整える。そして、鏡台で姿を確認した。
「どうぞ」
私が扉の向こうに声をかけると、「「「「「失礼します」」」」」と複数人の女性たちの声が聞こえた。彼女たちが、ひとりを先頭に室内に入ってくる。そして、室内に入ってきた五人は、中央にひとりを一歩前にして、整然と並んで一礼をした。
「私たちはコルネリアさまにお仕えします、侍女でございます。これからは、私たちがコルネリアさまに付き従い、身の周りのお世話をさせていただきます。私はコルネリアさま付き侍女筆頭のマリアで……」
先頭にいた女性がマリアと名乗る。
それに続いて残りの四人が順番に名を名乗る。
「私はコルネリアと申します。これから、よろしくお願いいたします」
私は名を名乗り、ひととおり全員と目を合わせて微笑みかけた。
「「「「「よろしくお願いいたします」」」」」
「それで、何か用事かしら? それとも挨拶だけ?」
私が尋ねると、「お夕食のお時間が近づいてまいりましたので」と言われて、私ははっと時計を見る。
随分と長くうたた寝をしてしまっていたようだった。
「ごめんなさいね。疲れていて、ついうたた寝をしてしまっていたようで……」
私は素直に謝罪することにした。
「大丈夫ですよ、まだ十分時間はございます。ドレスと髪型がまだアッヘンバッハ様式のようですので、私がそちらをお直しいたしましょう」
「よろしくお願いいたします」
「お任せください」
そうして、侍女筆頭のマリアにクローゼットまで案内される。
他の侍女たちは、今回の用向きは挨拶だけだったようで、礼を執ると部屋をあとにした。
クローゼットの扉の前に着いて、マリアが扉を開く。
「まあ、すごい!」
私は感嘆の声を上げる。
中はウォークインクローゼット形式になっていて、広々とした室内にドレスや靴、装飾品といったものがずらりと並んでいた。
私とマリアはそこに足を踏み入れる。
靴の列だけでも棚ふたつ分はある。装飾品を収めているであろう引き出しも数え切れない。ドレスに至っては一体何列吊してあるのだろう。用途別、そして様々な色のグラデーションになって、たくさんのドレスが収められていた。
さらに、面という面が全て大きな鏡面になっている。
こんな大きな鏡、ゆがまないようにどうやったら作るのかしら!
その鏡面は鏡台代わりにもするのだろうか。オットマン風の椅子も所々に置いてあった。
私は思わず目がくらんでしまった。これが帝国の財力というものなの!?
「どれかお召しになりたいものはございますか? ああ、事前にお国からサイズは聞いておりましたので、どれでもぴったりお召しになれると思いますよ」
ニコリと笑ってマリアが尋ねてくる。
私はクローゼットの中の光景にクラクラとめまいがしてしまって、選ぶどころではない。
「ええと……これだけあると、さすがにどれにしたら良いか迷ってしまうわ。だから、マリアが選んでくれないかしら?」
いくら『深奥の図書館』があったとて、さすがにこのクローゼットに収められているドレスのデザインの知識はなかった。それに、陛下に夕食とはいえ初めて拝謁を賜るのだとすれば、相応の格式の服がふさわしいのだろうか……と悩みどころはたくさんあった。
そのため、私がマリアを頼ると、元々そのつもりだったのか、マリアは気を悪くするでもなくにっこりと笑って、私に語りかけてくれる。
「そうですね。ご家族でのお夕食ですから、落ち着いた色合いのものがよろしいでしょう。露出もそう必要ありませんね。装飾品があった方が良いですが、そう華美なものである必要はないでしょう。……お好きな色はありますか?」
色には特に問題になることはなかったのだろうか。逆にマリアに好みを尋ねられた。
「淡い紫が好きかしら」
なんとなく、季節柄スミレの花を思い出してそう答えた。
すると、なぜだろう。マリアは笑みを深めた。
「淡いのはともかく……紫がお好きなのはようございました」
そうして、彼女は淡い紫、藤色のドレスの中から、紗で出来た柔らかな生地で、胸の下で絞る形のハイウエストの半袖の美しいドレスを選んできた。それに肩を露わにしないようにショールを合わせる。
「このドレスでしたら、繊細な銀細工が似合いますね」
マリアは一度棚の上にドレスを置くと、引き出しを順に開けて、中に収められている小箱ふたつを手をかける。
「これですね」
開いて見せてくれる。
それは、どちらも細かく細い銀の糸を巧みにつなぎ合わせて出来た、細工物だった。
──素晴らしいわ! すぐに見つかるなんて!
細工物の技術も一目見てすごいとわかるのだが、ここに収められている品がどこに収められているか把握しているマリアがすごい。
さすが帝国皇后の侍女筆頭に任ぜられるだけある。きっと賢く家柄も良い娘なのだろう。
そうして感心していると、マリアが取り出した小箱を棚の上に置き、ドレスを手に取る。
「さあ、皇后陛下。お召し替えしましょう」
私はマリアの手で着付けてもらい、髪を結い、耳と首と、そして髪に銀細工の装飾品を纏わせてもらった。
◆
私はマリアの導きでダイニングに案内された。
私がそこに着くと、既に、三十代くらいの女性と、五歳ほどの男の子がいた。
「陛下は……?」
こっそりマリアに尋ねると、「まだ戦からお帰りにならないのです」と答えられた。
それを聞いて、私はそうなのか、と少し肩の荷が下りたような気がした。夫ととなる人とと初めてお目通りするということに、緊張していたのだ。
そして、私はさらに歩みを進めると、先にいた二人に会釈する。
すると、待っていた二人が立ち上がる。それに合わせて彼女らに付いていた侍女が椅子を引く。
「コルネリア・ライトマイヤーと申します。光栄にも皇帝陛下のお召しを受けてアッヘンバッハ王国からまいりました」
カーテシーをして礼を執る。
それに対して、女性がにっこりと笑った。
「まあ、綺麗な花嫁さま。私はクリスティーナ・ロイエンタールよ。陛下から見ると継母に当たるわね。この子はハンス。私の子で、陛下の腹違いの弟に当たるわ」
そう言って、トンと、ハンスの背を軽く押して発声を促す。
「ボクはハンス・ロイエンタールです」
そこまで言うと、うーんと首を傾げながら私に尋ねた。
「コルネリアは、ボクとなかよく、してくれる?」
幼くおぼつかない口ぶりでそう告げる言葉が愛らしかった。
「ええ、もちろんです。仲良くしてくださいね」
「やったぁ!」
私が答えると、ジャンプしてハンスがはしゃぐ。
「こら、ハンス。お夕飯の場よ。おとなしくなさい」
「はぁい」
クリスティーナが優しく窘めると、ハンスは渋々といった様子で大人しくなった。
「じゃあ、食事にしましょう。帝国風の味付けがお口に合うと良いのだけれど」
クリスティ-ナの合図で、みなが椅子に腰を下ろす。
そうして、その日の夜は三人で夕餉をともにしたのだった。