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06.帝国への嫁入り

「なぁんて、素直に受け入れられるもんですか。なんなのよ。転生までしてこんな人生なんて」


 私は独りごちる。


 豪奢な馬車に揺られ、たいそうな量の引き出物とともに二か月。長い日程を経て私はひとりロイエンタール帝国へとやってきたところだ。ひとりといっても、当然大勢の護衛に囲まれてはいるけれども。


「でもまあ、解放されたような気分だわ! 新天地での生活に期待しましょう!」

 私は馬車の中でひとり伸びをした。


 両親が亡くなり、義両親には虐げられ、婚約破棄をされ、とアッヘンバッハ王国では酷い目にあったものの、一度は前世で二十半ばまで生きた私。そして異世界転生までした身だもの。気持ちの切り替えは早かった。


 護衛は、アッヘンバッハ王国とロイエンタール帝国との国境で人員が入れ替わった。今は私はロイエンタール帝国兵に護られている。


 結婚相手の『冷酷無比の銀狼』という異名を持つ皇帝陛下がどんな方かは分からないが、陰鬱だったアッヘンバッハ王国での生活はもう終わりだ。それだけでも私にとっては開放感があった。


 それに、そんなにお強い方なら、味方になってくださればとても心強い。


 もしも、皇帝陛下と良い仲になれたとしたら。お父さまとお母さまの死の真相を曝く手伝いをしてくださるかもしれない。だってお相手はアッヘンバッハ王国すら統べる、帝国皇帝その人なのだから。


 ──さすがにそこまでは期待しすぎかしら。


 それとも『冷酷無比の銀狼』と呼ばれる方だ。女性の扱いも手ひどかったりするのだろうか。


 心の中は、馬車が揺れるように不安と期待で揺れ動いた。


 私は車窓から外の景色を見る。まだ農村部だ。


 豊かに実った麦畑が広々と広がっていた。私の乗っている馬車を見て、手を振る人々もいる。人々は安全を保証されているようで、幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「豊かな国のようね」


 それはそうだろう。今や大陸を全制覇しようという勢いで周辺国へと手を広げ、領土を拡大させるロイエンタール帝国。その中心部だ。その武力を恐れ、攻め入る国もなく平和だ。豊かじゃないはずがない。


 広い広い農村部を経て、やがて、馬車は帝都に入る。


 帝都内は、平民街、次に貴族街が広がっていた。商店や露店もあり、アッヘンバッハ王国とは比べものにならないほど賑やかだった。それらを横目に馬車は宮殿へと向かっていく。帝都も広いのだろう。それなりの時間をかけて馬車は進んで行く。


 やがてその揺れが止まったかと思ったかと思うと、外から声をかけられた。


「宮殿に到着しました」


 宮殿の玄関の前、馬車の昇降場に着いたようだ。


 扉が開く。


 すると、白い清潔そうな手袋を着けたひとりの男性が手を差し出した。


「お手を」


 私は、言われるがままにその手の上に手を載せて、ゆっくりと置かれた昇降台を使って馬車を降りる。


「ありがとう」


「いえ、礼には及びません。役目ですので。私は侍従長のアドルフと申します。以後何かご用命がありましたら、何なりとお申し付けください」


「よろしく頼むわ」


「は。では、長旅で大変お疲れでしょう。お部屋へとご案内します」


 そうして、広い宮殿内を案内される。装飾も嫌みなく豪奢だし、庭も綺麗に整えられ、季節の花が今を盛りに咲き誇っていた。


 案内された私の部屋は品の良い調度品で整えられた広い部屋だった。だが、その部屋には普通の部屋では見慣れないものがあった。廊下に面していない扉だ。


「あの扉は?」


 その問いに、案内してきてくれたアドルフが何のてらいもなく答えた。


「あれは陛下の寝室に繋がる扉でございます。陛下の寝室はお隣の部屋。ご夫婦の寝室はこの扉を通じて繋がっているのです」


 ──ということは、ここから皇帝陛下がいらっしゃるのね。


 嫌が応にも閨のことを思い出さされてしまって、顔が熱くなるのを感じる。


「どこか、お具合でも?」


「いえ、なんでもないわ、大丈夫です」


 恥じらいを隠すかのようにして、私は首を横に振る。


「では、ご夕食の頃には、係のものに声をかけさせますので。ああ、帝国でお召しになっていただくお洋服は一式クローゼットの中にご用意させていただいております。お食事の際には、その中から一着お選びください」


 そうして一礼すると、アドルフは扉から出て行った。


 夕食。その場で初めて皇帝陛下に拝謁するのだろうか。


 一瞬緊張したものの、今までの旅の疲れがどっと押し寄せた。


 私は、一直線にベッドへと向かう。そして、行儀が悪いが両手を広げてTの字になってベッドの上に倒れ込んだ。


「ああ、疲れてしまったわ」


 さすがに隣国とはいえ二か月の行程だ。それは私の体には堪えた。生まれてこの方こんな長旅したことがなかったのだ。


 馬車というものはそう乗り心地の良いものでもない。そもそも道が必ずしも整地された場所ばかりではないのだ。ガタガタと揺れるし、馬車の内部に吊されている紐に縋らなければ体勢を保てない道すらあった。


 次に、アドルフの言葉を思い出す。


「ドレスが一式揃っているということは……」


 ──アッヘンバッハから持ってきたドレスには用はないってことよね。


 私は彼の言葉の意図を読む。


 本で読んだことのある。前世でマリー・アントワネットが故国オーストリアのドレスや装飾品などはいらぬと、国境にあたるライン川の中洲に建てた館で、嫁ぐ国フランスの装いに一式着替えさせられたとか、身ひとつで引き渡されたとか言う逸話がある。


 そんなことを考えれば、到着してから着替えれば良いというのは、よぼど寛大な措置とも言えるだろう。


 ──多分、アッヘンバッハ様式のドレスは用なしになるのでしょうね。


 良くても生地を再利用して仕立て直しするのかしら? ……それはないわね。


 帝国の属国に過ぎないアッヘンバッハ王国の姫の着てきたドレスと、その君主たるロイエンタール帝国の皇后のためのドレスでは、おそらく生地からして質が違うのではないだろうか。


 こういうのは勿体ないと思うけれど、国と国との婚姻なのだから仕方がないと割り切ることにした。私は、異論を唱えることなど出来る立場ではないのだから。


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