34.犯罪者の顛末
白銀の鎧を着たヴォルフがレッサードラゴンを駆る。彼を護るのは同じくレッサードラゴンに乗った、ロイエンタール帝国が誇る白銀騎士団だ。彼らの銀色の鎧が日の光を浴びて煌めいていた。
エミルから、ライトマイヤー公爵たちの生活の有り様は調査結果として聞いていた。さらに、ライトマイヤー公爵、その妻、アッヘンバッハの王太子、王太子妃の似せ絵も彼らから入手して頭に叩き込んでいる。断罪するのは最低限彼らだけだ。
少数精鋭で日中に城へ攻め込む。それが一番手っ取り早いだろう。
レッサードラゴンは早い。そして逞しかった。白銀の鎧を着た屈強な男たちを乗せても、速度を落とすことはなかった。
そうして、遠くに目指すアッヘンバッハ王国の城が見えてきた。
──コルネリア。お前の積年の思いは晴らしてやるぞ……!
ヴォルフはそう心の中で誓った。
愛しいコルネリアを虐げた義父母とその娘。そして、婚約しておきながらコルネリアを易々と捨てて、我が国に人質同然に送りつけたアッヘンバッハ王国の王太子。
──許してなるものか。
『冷酷無慈悲な銀狼』の血が騒ぎ、感情が高ぶっていた。
特にコルネリアの父母を死に追いやったライトマイヤー公爵夫妻を許しておく気は毛頭なかった。
◆
「うわぁ! 帝国軍が攻めてきたぞー!」
レッサードラゴンによる急襲を受けるのが初めてのアッヘンバッハ王国は、完全に後手を取った。門を閉じる暇もなく、易々と帝国の騎士団の侵入を許してしまう。そして、騎士団はレッサードラゴンに乗って王宮にたどり着くと、地に降りる。
「対象者を探せ! それ以外の者の命までは取るな!」
「「「「承知しました!」」」」
ヴォルフが命じると、騎士団たちの返答が規律良く返ってくる。
ヴォルフは王宮内を駆ける。アッヘンバッハの無関係な衛兵たちは、柄で撃ったり、剣の面の部分で強かに平打ちして、気絶させる。最低でも、足を切ったり突いたりして動けなくするなどに留めた。
そうして王宮の奥へ奥へと走って行く。警護する騎士団たちも彼らの皇帝の左右前後を護るようにして進んで行った。
一番奥の扉までたどり着くと、多くの衛兵たちが扉を護っていた。
「……これじゃあ、ここに居ますと言っているようなものだな」
ヴォルフが苦笑する。
必死になって警護しようとする衛兵たちに、ヴォルフは撤退する余地を与えてみようと考えた。何も衛兵たちには罪はない。彼らが必死になって守ろうとする者たちに、その価値がないことを告げて、去る機会を与えてやるのも慈悲だろう。
「ライトマイヤー公爵夫妻は、そなたらの国の前宰相を毒殺している。そもそも、ライトマイヤー公爵は、兄を毒殺してその地位を我が物にしている」
ざわ、と衛兵たちの中からざわめきが起こる。
「ライトマイヤー公爵は、派閥の貴族たちとともに、民に規定以上の納税をさせ、私腹を肥やしている」
ざわめきがさらに大きくなる。
「その利益は、ライトマイヤー公爵の懐に入り、王太子、王太子妃へ上納されている。これらは私、ロイエンタール帝国皇帝ヴォルフ・ロイエンタールが証拠品を抑えている! それでも、そんな者たちを守ろうとするのか? 帝国皇帝の名の元に、この場を離れたい者は離れることを許してやる。さあ、散るが良い!」
そう言うと、衛兵たちが散り散りになって持ち場を離れていく。その場に残った者はひとりもいなかった。
「開けましょう」
そう言って、騎士団のふたりが、観音開きの扉の中央に立って、扉を左右に開ける。
部屋の中には、固まって縮こまっている、アッヘンバッハ王国の国王夫妻、王太子夫妻、王太子以外の王子王女たち、ライトマイヤー公爵夫妻、そして、ライトマイヤー公爵婦人に抱かれているまだ幼い王子がいた。
「私は帝国皇帝ヴォルフ・ロイエンタール。ライトマイヤー公爵夫妻を横領並びに殺人の罪で。アッヘンバッハ王国王太子並びに王太子妃を収賄の罪で捕らえに来た」
それを聞くと、ライトマイヤー公爵が立ち上がって叫ぶ。
「な、何を根拠に!」
「私の配下の者に、貴様の屋敷の地下室を調べさせた。……身に覚えはないか?」
そうヴォルフが尋ねると、さあっとライトマイヤー公爵の顔色が青くなる。
「お前は、妻と共謀して兄を毒殺し、公爵の地位を得たな。そしてさらに、より成り上がらんとして元宰相も同じ手を使い殺めて、宰相の座を奪ったであろう!」
「そんな……お父さま!?」
エルザは、殺人に関しては何も知らなかったのだろう。驚いた様子で父母の顔を交互に見る。
「……ライトマイヤー公爵……! なんてことをしてくれたんだ!」
アッヘンバッハ王国国王が、真っ青になった顔でライトマイヤー公爵を責める。
「アッヘンバッハ国王。あなたの管理不行き届きでもあるんですよ。この者は、本来三割であるべき納税率を、息のかかった領地では六割にまで上げて徴税していた。これは、あなたの目が行き届かなかった罪でもある。王として、何をなさっていたんですか?」
そう問われると、アッヘンバッハ国王はその場に崩れ堕ちた。
「帝国の一部であるアッヘンバッハ王国を預かる身として、大変申し訳ございません……」
そう言って、ヴォルフに対して頭を下げた。
「皇帝陛下のお望みのとおりにしろ。ライトマイヤー公爵夫妻、王太子夫妻を捕縛せよ」
アッヘンバッハ国王が、室内の衛兵に命じた。
「証拠は? 私が収賄をしたという証拠がどこにあるというのです!?」
エルザがヴォルフに詰め寄ろうとする。それを慌てて衛兵が捕らえて、後ろ手に捕縛する。
「そなたの家の地下室、と言ったであろう。そなたの家には地下に隠し部屋があってな。几帳面なライトマイヤー公爵は、そこに証拠の品を全て揃えていたよ。そら、見せてやるが良い」
そうヴォルフに指示されると、控えていた騎士たちが、証拠の書類を見せつける。
それを見て、エルザが愕然とする。
「お父さま……。いくらでもお金はあるからって言っていたあのお金は……。横領して得たお金だったんですか!?」
「……そうだ。お前が言ったんじゃないか。王太子殿下もいらっしゃる場で。湯水のように金が使えないなら、領民から徴収すればいいじゃないの、ってな」
「私のせいだというの!?」
「私はその場にいただけだぞ!」
王太子までが参戦する。
醜い親子げんかが始まりそうな様子に、ヴォルフがげんなりする。
「お前たち……。この私の前で自白しているも同然だぞ。ああ、関係ない者は去って良い」
散れ、とばかりにヴォルフが抜き身の剣を左右に振る。
「皇帝陛下、この子は、いかがいたしましょう。王太子の子にございます」
そう言って国王が差し出したのは、まだ幼い男の子だった。
ヴォルフは思う。親が罪人だとしても、さすがにこの幼子に罪はないだろう。
「王族として育てれば、のちに出自を知り、帝国を恨み、のちの禍根となる可能性もあるだろう。誰かに預け平民の子として育てよ」
「はっ。寛大な措置に感謝いたします」
国王は頭を下げた。
「捕縛された者以外は去れ!」
ヴォルフは命じる。そして、王族も含めてその部屋から誰もが去り、捕縛された者だけが残された。
ライトマイヤー公爵夫妻と、王太子夫妻が残される。
ヴォルフは、まずライトマイヤー公爵の肩に剣を乗せる。ヴォルフの冷えた獣の視線が罪人たちを見下ろした。
「ライトマイヤー公爵。そなたの兄夫妻、並びにアッヘンバッハ王国前宰相暗殺の罪で処刑する」
そう宣告すると、剣を振りかぶって首を刎ねた。通常、横に首を刎ねるのは難しい。けれど、『冷酷無慈悲な銀狼』は、いとも簡単にそれをやってのけた。返り血が、ピッとヴォルフの頬を濡らす。ヴォルフはそれを忌々しげに手の甲で擦り落とした。
「きゃあああああああああ! お父さまぁ!」
エルザが髪を振り乱して首を落とされた父を凝視する。
「あなたぁ!」
妻カサンドラも夫の元へ体を動かそうとするが、そこにヴォルフの剣があてられる。
「そなたは義兄夫妻を毒殺したんだったな。……我が妻コルネリアの父母を、殺した」
そう自らの罪を告げられて、へなへなと腰を抜かす。
肩に当てられた剣が、夫の血で濡れていて生温く、脊髄をぞわっとしたものが這い上がる。
「義兄夫妻殺しの罪で、処刑する」
そう宣告して、ヴォルフが剣を横に振る。あっけなく首は落ちた。
「……許さない」
エルザが父母を殺された恨みでヴォルフを上目でにらみつける。
けれど、そんなもので動じるヴォルフではなかった。
「王太子並びにその妃。お前たちは収賄の罪で我が帝国の牢で永久投獄に処す」
そう宣告する。
こうして、全ての罪人が処罰されたのだった。