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33.

 エミルたちは、変装して忍び込んで、アッヘンバッハ王国の王宮の状況を調べる。それは簡単だった。既に、エミルの部下が侍従として偽装して忍び込んでいたからだ。


 彼の言葉に寄れば、王太子の子を産んだエルザは、王太子妃となり、王宮に部屋を与えられていた。


 その父親であるダニエルは、宰相となり、政治の実権を牛耳っていた。


 そして、その妻であるカサンドラは、まだ幼い王子の乳母となり、王宮に勤めていた。


「事件は王都の屋敷で起きたと言っていたからな~。怪しいのは王都の屋敷か、乗っ取る前に住んでいた屋敷のどっちかだな」


「彼らの生活からすると、夜よりもむしろ昼に忍び込んだ方がいい……。いや、使用人がいるか。やっぱり夜に忍び込むかな。さてと、どっちの屋敷に置いてあるかだよなぁ」


「……一度毒殺によって権力を得る味を覚えた者が、再び手を出さないでいられる理性を持ち合わせている確率は……」


「低いよ、なぁ」


 部下の言葉に、エミルが答える。


 まだ共にいた侍従に扮した部下に、エミルが尋ねる。


「ここ最近で、怪しい事件はなかったか?」


 それに対して、部下は頷く。


「前宰相が、喀血死しまして。そのあと、大勢の貴族たちに推される形で、皇后陛下の義父のライトマイヤー公爵が宰相職を継いでおります」


「こっちも怪しいな……。調べるか」


「それと、最近使った可能性があるというのであれば、今住んでいる屋敷の方にある確率が高いかと」


「そうだな」


 エミルが頷く。


「まずはその元宰相とやらの墓を調べるか」


 そうして、エミルたちは、夜間になってから、元宰相の墓を曝く。


 土を掘り起こすと、石棺が姿を現わした。エミルたちはその蓋を開ける。


 数年経っているためか、遺体は既に骨だけになっていた。


「さて、私の出番ですか」

 そうしてひとりの部下が暗闇の中から姿を現わす。マントを羽織った、エミルの部下たちの中では一風変った姿をした部下だ。エミルの部下の中でも特殊な任務を負う、毒鑑定士だ。


「棺の中で、遺体は腐る。そして、染み出た遺体の液体状にまでなった腐肉は衣類の背中側に染みこむのです」


 そう言ってその毒鑑定士は、ひときわ色が濃い、臓物の腐肉を染みこんだであろう布を一部引きちぎる。そして、それを試験管に入れた液体にしばらく浸す。それから、マントの内側にずらりと装着された試験管を取り出し、その中に入っている試薬を一滴を垂らす。


「……これではないようですね」


 そうして、何度も試薬を変えては鑑定を繰り返した。


「さすがにわかりやすい毒は使いませんでしたか。……ではこれらはどうでしょう」

 もはや、マッドサイエンティストさながらの楽しそうな表情をしながら、さらに別の試薬をマントの内側から取り出していった。


 すると、とある試薬で、毒々しい紫色に液体の色が変化した。


「……ビンゴ、ですね」


 ニヤリ、と笑う。


「何の毒か分かったのか!?」


 エミルが前のめり気味に尋ねた。


「ええ。これはとても特殊な毒です。一部の地方にしか伝わっていない入手がとても困難なもの。これでは、王家とはいっても、毒だと断定することは難しかったでしょう」


 それを聞いて、なるほど、といった顔をするエミル。この毒鑑定士の腕と知識は信頼していた。


「……そして、もしこれを持っているとしたら」


 にたり、と毒鑑定士が笑う。


 それを見て、エミルがゴクリと喉を鳴らす。


「自分が犯人だと言っているようなものです。何せ、入手経路はとても限られている。こんなものを持っている者など、この大陸に何人もいないのですから。希少な毒は大変便利ですが、それが日の元に明らかになれば、逆に言い逃れは出来ないというのに」


 毒鑑定士はニタニタと笑う。


 エミルはその表情を見ながら、こいつ有能なんだけど、俺ちょっと苦手なんだよなあ、なんて思う。


「……じゃあ、あとは、コルネリア姫の父母の遺体からその毒が検知されるか確認し、それがライトマイヤー公爵家に隠されているのを見つけること、だな」


 エミルは、毒鑑定士の様子に気圧されつつも、次にやるべきことを順に確認するように口にするのだった。


 墓荒らしも、時間がかかる。


 人々が静まりかえった頃に始めて、掘り返したことを悟られないように偽装するまでに元通りに仕上げるには、一晩一箇所が良いところだ。


 そのため、コルネリアの父母の墓を調べるのは翌日の夜にした。


 その結果は、ビンゴ。父母共に、同じ毒が検出された。


「自分の兄夫婦を毒殺して公爵家を乗っ取り、娘に略奪婚させて王家の子を産ませ、宰相を毒殺して宰相になり変る……か。こりゃアッヘンバッハには本当にとんでもない奸臣がいたもんだ」


「エミルさま。ライトマイヤー公爵家の探索は明日になさいますか?」


「ああ、そうする。今日は、この掘り起こした墓を元に戻しておしまいだ。終わったら昼間のうちにしっかり休め」


「承知しました」


 そうして、エミルたちは日中は眠って夜間の疲れを癒すのだった。


 翌日の夜。家人たちが寝静まった頃、エミルたちは動き出す。


 部下のうちのひとりが器用に鍵開けをし、静かにひとりずつ館の中に忍び込む。みなバラバラに散って、怪しい場所がないかをチェックする。


「そう簡単には見つけさせてくれないか」


 戸棚という戸棚を調べ尽くしても、それらしいものは見つからなかった。


 そうして、鍵のかかった倉庫の内部を調べていたとき、一見ただの本棚に見えるが、一冊だけ言語の違う本が並んでいるのをエミルが見つけた。


「それ、例の毒を作っている村の言葉ですよ」


 いつから隣にいたのか。毒鑑定士がエミルに伝えた。


「……怪しいな」


 エミルは、その本を引き出してみる。すると、カタン、と音がして、本棚が微かに動くのが感じられた。


「それが鍵だったようですね」


 本棚が横にずれるようになった。すると、地下へと続く階段が姿を現わした。


 エミルたちはその階段を降りていく。


 そこには、元宰相やコルネリアの父母に使われた毒の入った瓶、そしてその毒の売買契約書がしまわれていた。さらに、ライトマイヤー公爵家に買収されて納税率を通常以上に引き上げるという約束をする手紙の類いやら、それをライトマイヤー公爵に上納することを約束する手紙やら、それをさらにアッヘンバッハの王太子並びに王太子妃に供出したことを記した書類がしまわれていた。また、アッヘンバッハの前宰相の暗殺計画書も姿を現わした。


「大当たり! これを全部持って帰るぞ」


 エミルは散った部下たちを呼び寄せるために、忍び笛を鳴らす。それは、特別に訓練されたエミルの部下たちにしか聞こえない周波数で鳴る笛だった。


 その笛で、部下たちが集まってくる。


「ここにある資料を一式、ロイエンタール帝国に持って帰る。手分けして持ち運べ」


「「「「「承知しました」」」」」


 そうして、エミルは深夜のうちに人知れず証拠品を全て奪い去ることに成功したのであった。


 そして、エミルたちはレッサードラゴンに乗ってロイエンタール帝国に無事帰還したのだった。


 ◆


「コルネリアちゃーん! ちゃんと調べて、証拠の品も、ちゃーんと持って帰ってきたよー!」


 そう言ってコルネリアの元に駆け寄ってくるエミルを、ヴォルフが彼の襟元を掴んで止める。


「エミル。私への報告が先だろう」


「えーでもー。この件を一番最初に知りたいのはコルネリアちゃんだと思ってー」


 ぶうぶうと口を尖らせてエミルは不服そうにする。


「エミル……、帝国の一属国の一大事なのです。きちんと陛下に順序立てて説明なさい」


 エミルの父であり帝国宰相であるライマーがエミルを諭す。


「……承知しました」


 エミルの顔が真顔に戻り、ピシッと立位を取る。


「まずは、皇后陛下がお気づきになった納税の件についてです。悪天候や洪水などが報告された地方でそのようなことはなかったと証言を取りました。むしろ豊作だったようです。また、農民たちからの情報ですが、どうも規定より納税率を上げて多くを納めさせているようで、農民から苦情の声が上がっておりました。本来陛下がお決めになった三割を六割で徴収していた模様です」


「ふむ。それは罰さねばならんな」


 エミルの報告を聞いて、ヴォルフが思案げに呟いた。


「さらに、ライトマイヤー公爵家の地下から、その納税率の引き上げ、並びに、それをライトマイヤー公爵家へ上納する旨を約束する手紙が出てまいりましたので、これらの贈収賄の首謀者はライトマイヤー公爵と考えてよろしいかと思います。さらに、ライトマイヤー公爵がそれで得た金をアッヘンバッハの王太子並びに王太子妃に供出していたことも記載されています」


「……ライトマイヤー公爵夫妻に、王太子夫妻か。コルネリアを苦しめた元凶共ではないか」

 ヴォルフが忌々しげに呟く。


「次に。アッヘンバッハ王国の元宰相並びに皇后陛下の親御さまの三名の遺体から、大陸でも稀な毒が検出されました」


 それを聞いて、コルネリアが驚きで目を見開いて口元を押さえてよろめく。


「大丈夫か、コルネリア」


 ヴォルフがそんな彼女の体を支えた。


「ええ……。ありがとうございます、陛下。私は大丈夫です。続きを聞きたいわ、エミル」


「はい。続けます。ライトマイヤー公爵家の地下から、三名の死因となったであろう毒と同じ毒の入った瓶、その毒の売買契約書、元宰相の暗殺並びにその地位の乗っ取りに関する計画書が発見されました。それがその証拠の品々になります」


 そういうと、部下たちに合図して、執務室の机にそれらを並べさせた。


 ヴォルフとライマーはそれらをざっと確認すると、お互いに顔を見合わせて頷き合った。


 一方、コルネリアは万感の思いがこみ上がるといった様子でそれらを見つめていた。


「……これで、これで、お父さまとお母さまの無念を晴らすことが出来るのね」


「ああ、コルネリア。これだけあれば、ライトマイヤー公爵を断ずることが出来る。私自らの手で断罪してこよう。それでいいか?」


「はい。陛下のお手で、彼らの罪を贖わさせてください」


 そう言って、コルネリアは瞼を伏せた。


 その瞼の上に、ヴォルフはそっと触れるだけの口づけをする。


「……約束しよう、コルネリア。夫として、そなたの遺恨を晴らしてくる」


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