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32.アッヘンバッハの不正

 今日も陛下と約束をしている政務関連の書類の整理や確認をする、手伝いの時間がやってきた。アッヘンバッハ王国の過去も現状も把握出来るのだから、コルネリアにとって、行かないなんていう理由は存在しなかった。


 書類整理は、皇帝陛下の計らいで私には主にアッヘンバッハ王国中心に扱わせてくれていた。


 やることは主に帳簿の管理や、文書整理だ。ときには内容の精査をすることもある。


 そんな中、今日は納税関連の帳簿を確認していたら、妙な傾向に気がついた。


 なんだか、妙にアッヘンバッハ王国が帝国に収める納税量が少ないのよね。


 帝国に属する国には、帝国に納税をする義務がある。その量が少ないのだ。


 水害とか、悪天候による凶作とか、何かと理由を付けて納税量が落ちていた。その期間はここ三年といった所だろうか。


 三年といえば、エルザの子が無事ならば、もうとっくに生まれて育っている頃ね。


 きっとあの義実家は、幼い王子の後ろ盾となると共に、政治的にも権力を手に入れようとしていることだろう。政治の中央に立っていてもおかしくない。


 彼らの性格からして、そう想像するには容易かった。


 ──と、納税のことから外れたわ……ね?


 私は気付く。


 水害が起きたとされたところ、悪天候だったというところ。そこを順に追っていく。


 記憶をたどる。


 ここは、アッカーマン伯爵領、こちらは、バルヒェット侯爵領、それにこちらはグデーリアン伯爵領で……。順に、その領地を治めている者たちを頭の中の記憶から洗い出していく。

 

すると、それらの領地は、その領主は、お父さまに取って代わって公爵となった叔父の派閥の者たちであることに気がついた。


 そして、派閥の者以外の土地での不作の報告記録はなかったのである。


 ……これは……。


 私は何か深刻なことが起こっていることを感じた。


「陛下。……アッヘンバッハ王国を調べてください」


 共に執務室で仕事をしていた陛下とエミルが、何事かとコルネリアの元へやってくる。


「アッヘンバッハが、納税に関して不正をしているかもしれません」


 そう言ってから、先ほど気付いた点について、私は順序立てて説明をしていく。


「なるほどねえ。よく気付いたね、皇后陛下」


 エミルが、これは面白そうだとばかりに口笛を吹く。そして、手帳らしきものに何やらメモを取っていた。


「これは俺の出番だね」


「あなたの?」


「そ。俺はこの国の暗部の長だから。まあ、次期宰相でもあるんだけどね~」


 そう言って、とんでもないことを軽い口調で明かす。なんともまあ、飄々とした人物だと思う。


「アッヘンバッハのことを調べてくるよ。それと一緒に、君のお父さんとお母さんのこともね」


 きちんと伝えてくれていたのかと、私は皇帝陛下の方を振り返る。


「調べるのが後手になっていて済まない。だが、こうなったら一気にたたみ込め。いいな、エミル」


「りょーかーい」


 そう言うと、ふっとエミルの姿が部屋から消え失せていた。


 ◆


「コルネリアちゃんったら頭いいんだから~。やっぱり皇后にはコルネリアちゃん一択だよね~」


 暗部の移動用に改良されたレッサードラゴンに乗って空中移動しながら、ご機嫌な様子でエミルが喋っている。レッサードラゴンは、ベッカー商会長が連れてきた以外に、軍用などに国が使うために、さらに追加で輸入されていた。彼らが乗っているのはその中の個体であった。


 軍用も同様だが、移動用に改良されたレッサードラゴンは、馬のように鞍や手綱を着けられている。そして、鞍の上に人が乗り、手綱で操るような仕様になっているのだ。


「そんなにすごいので?」


 暗部のひとりがエミルに尋ねた。


「ああ、すごいね。そりゃあ、納税が少ないのくらいは気付くかもしれない。でも、そこからすぐに、その納税が低かったところの領地と領主、そしてアッヘンバッハ王国の派閥関係までを瞬時に導き出すなんて、親族のこととはいえ、普通じゃあり得ない」


「……そうなのですか……」


「バカだよね~、アッヘンバッハ王国の王太子も。あ、アッヘン()()()って言ってあげた方が良いかなぁ。あんな賢い女を、別の女に鞍替えして孕ませて、彼女をポイ捨てするなんて。挙げ句に、ウチに嫁に出しちゃうなんてさぁ」


 おかしくて仕方ないといった様子でエミルが笑う。


「……エミルさま、少々お口が過ぎるのでは……。それに、あまりレッサードラゴンの上で喋っていると、舌を噛みますよ、早いんですから!」


 さすがに属国とはいえ他国をバカ呼ばわりとはどうかと思ったのか、部下がエミルを窘める。


「だいじょぶだいじょぶ。ここは空で、俺たち以外のだーれも聞いちゃいないんだから。それも、コルネリアちゃんのおかげだしね」


 窘めた部下は、これは聞く耳持たずかと、やれやれと肩を竦める。


 そうしているうちに、アッヘンバッハ王国の領土が見えてくる。


「本当にコルネリアちゃん様々だよ~。こんなに早くアッヘンバッハに着くなんて。さて、まずは本当に不作が起きたのかどうかの聞き込みかな」


 空からやってきたのを知られないように、人目に付かない場所に目星を付けて高度を下げていく。そして、着陸すると、手綱を木に縛り付けておく。


「さてと、聞き込みを始めますか~」


「そうしましょう」


 彼らの身なりは、どこにでもいる旅人といった服装だ。顔やその他の肌も適度に身ぎれいすぎないように工作している。


 エミルたちは、農民たちに聞き込みに行く。


「え? 洪水? そんなもん、何年も起きちゃいないよ」


「はぁ? 悪天候で凶作? 逆にうちは豊作続きだよ」


 行商を装って、他愛もない世間話かのように聞き出していく。


 だが、揃って彼らは愚痴るのだ。


「豊作は豊作だよ? でもねえ、最近ご領主さまが納税の割合を高くなさってねえ。三割だったのが倍の六割だってさ。こっちは食べていけないよ」


 むしろ、不作だったと報告している割りに、領主たちの懐は肥えているということだ。


「あーあ。コルネリアちゃんったらすごいなあ。黒、引き当てちゃった。しかも勝手に税率上げてるなんて真っ黒じゃん」


 帝国では、属国にも特別の事情がない限り、一定の税率を課すよう命じていたのだ。アッヘンバッハ王国の一部の領はそれを破っている。


「……すごいですね。こんな見事に、不正に気付いてしまわれるなんて」


 エミルの部下も驚き入る。


「ねー。すごいでしょ、コルネリアちゃん。じゃあ、お礼にコルネリアちゃんが知りたいこと、ちゃーんと俺たちで調べてあげないとね」


 ニヤリ、とエミルは口角を上げて笑った。


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