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31.

 ふたりの服装は、上流貴族の外出着といった感じだ。夫婦揃って馬車で外出といった出で立ちで、街に出る。陛下の銀髪は目立つので、色をつけて染めた。


 馬車は目的地のベッカー商会に問題なくたどり着いて、御者の手によって扉が開けられ、先にヴォルフが下りる。そして、ヴォルフの差し出す手にコルネリアが手を重ねて昇降台を使って下りて行く。


「いらっしゃいませ! 皇帝陛下、皇后陛下!」


入り口では、商会長を筆頭に商会の従業員全員で出迎えられた。


「ようこそお越しくださいました、皇帝陛下、皇后陛下」


 揃った声で挨拶される。


「出迎えご苦労」


「みなさん、出迎えありがとう。嬉しいわ」


 コルネリアたちはそれぞれみなに挨拶をする。そうして彼女たちを歓迎をした後、従業員たちはそれぞれの持ち場へ戻っていく。


「随分と活気があるな」


 様子を見て、ヴォルフが呟く。それを耳にしたベッカー商会長が、「レッサードラゴンのおかげで、随分と事業も拡大しましたから」と答えた。


 商会建物の建物の中に入ると、コルネリアは以前ベッカー商会で出会った商人たちと目が合った。


「これは皇后陛下!」


 宝石商のクルトだ。以前レッサードラゴンの件でベッカー商会に訪問をしたときに出会った宝石商だった。


「以前、皇后陛下が西方から取り寄せた方が良いとおっしゃっていた青い緑柱石(アクアマリン)ですがね。これが品質が良くて。夜の夜会で映えるとご婦人方に大評判なんですよ。お教えくださりありがとうございました」


「礼には及ばないわ。ご商売、頑張ってね」


「はい!」


 そう言って、クルトは忙しそうに去って行った。


 その様子を見て、ヴォルフはコルネリアが宝石の産地についても詳しいことに驚かされる。


 またコルネリアは声をかけられる。


「これは皇后陛下!」


「まあ、反物職人のベンノね」


 にっこりと笑って返すコルネリア


「陛下が推して下さった、南方の藍銅鉱(アズライト)ですが、これがまた美しい青に染まりまして! 今やウルトラマリンブルーと呼ばれ、引っ張りだこです。ご教授下さって、本当にありがとうございました」


「大丈夫よ、礼などいらないわ。お仕事頑張ってね」


「はい!」


 そうしてベンノも忙しそうに去って行った。


「コルネリア……、お前は鉱石のことにまで造詣が深いのか。一体その頭の中はどうなっているんだ」


「えーっと。色々と……。私、本で一度読んだことは忘れない性分なんです」


 そのコルネリアの返しに驚くと共に、前にエミルが言っていた話を思い出す。


『ライトマイヤー家に、とんでもなく賢い娘がいるって』


 ──エミルの言も、あながち戯言といってられんのかもしれないな。


 ヴォルフはそう思うのだった。


 そうして、ようやく奥の客間に着く。


「さあ、皇帝陛下、皇后陛下ソファに腰を下ろして下さい」


 そう勧められて、揃って腰を下ろす。


「レッサードラゴンによる輸出入はすこぶる好調です。詳細はこちらの書面にまとめています」


 差し出された書面を、ふたりで目を通す。以前の帝国の輸出入量と比較したら、格段に上がっている。


「今までと違って生鮮品も取り扱えるようになりましたし、帝都は商店も露店も賑やかになってそれはみな喜んでいます。なにせ、仕事が増えて、万々歳ですからね。ひとえに皇后陛下のお知恵のおかげです」


「……嫌だわ、ベッカー商会長。大げさよ。ちょっと、前に本で読んだことを覚えていただけだもの。実際に実行に移して下さったのは商会長、あなたですし」


「いやいやご謙遜を。先ほども片耳に入れましたが、宝石商や反物職人たちにも、良いアドバイスを下さっていると聞いております。皇后陛下は国の宝でございます。ね! 皇帝陛下?」


「あ、ああ、そうだな」


 不意に話題を振られて一瞬身構えてしまうヴォルフだった。


「ああ、そうです。護衛の問題がないのでしたら、帝都の街自体を歩いて回ってみてはいかがですか? 以前とは打って変わって賑やかになっておりますよ」


 すると、コルネリアが目を輝かせてヴォルフの方を見た。「行きたい」と言わんばかりの眼差しだ。


「……行きたいのだろう?」


 仕方がないな、といった様子で、ただ、彼女の甘えに応えるのがまんざらでもなさそうな様子でヴォルフが言う。


「はい! 陛下、連れて行ってください!」


 コルネリアが明るい声音で答えた。


「仕方がない。連れて行ってやろう」


「ありがとうございます!」


 嬉々とした様子でコルネリアがヴォルフの腕に腕を絡めた。すると、互いにはっとした様子で、一瞬絡めたものを解く。ふたり共一瞬の出来事に周知して赤面している。その初々しい様子を、ベッカー商会長は温かく見守っていた。


「では行ってらっしゃいませ」


 ベッカー商会長に見送られて、ヴォルフとコルネリアは帝都の街を歩き出した。


 街路樹は青々と茂り、その隙間から差し込む光は眩しく暖かい。馬車のための車道と歩道を区切る線の代わりに花壇がまっすぐに伸びていて、そこに植えられた花々が今を盛りにと街を彩っていた。


「綺麗な街ですね。初めて直に降りて見ました」


「街のものが積極的に美化に努めてくれている。ありがたいものだ」


「それも、陛下の治政に感謝しているからじゃないですか?」


 そんな会話をしていると、自然とヴォルフが肘を差し出してきたので、コルネリアは自然と彼の腕に腕を絡めた。


「わ、生魚が露店に売っていますよ」


「おお、こっちには隣国の旬の果実も売っているな」


 やがて足は露店のある方に入り込んでいて、そこにある店を見て回る。


「……随分と店も増えたな。他国の商品も随分と多い」


 感慨深げにヴォルフが呟く。すると、芳ばしい香りがする場所で、コルネリアの足が止まった。


「どうした、コルネリア」


「あれは……、魚、ですよね?」


 コルネリアの目に止まっていたのは、はらわたを抜かれ、串に刺されて焼かれた、魚の塩焼きだった。


「ああ。ああやって処理されているものを見るのは珍しいか?」


「ええ……。でも、陛下は珍しくないんですか?」


「ああ。行軍のときに、川魚を捕まえて食べることがある。そういうときに、ああやってシンプルに焼いて食べるんだ。まあ、あそこで売っているのは海の魚のようだがな」


「……川魚って美味しいんですか?」


「ああ、新鮮なものは美味しいぞ」


 笑顔でヴォルフが答える。


「ただ、行軍中だと塩も少ないからそういった調味料は贅沢は出来ないからな。物足りないと言えば物足りない。まあでも、行軍中はそう贅沢も言えないからな」


「……大変なんですね」


 そうしてふたりで魚に目を留めて話していると、行商人が話しかけてきた。


「そこの貴族のご夫婦さま! 珍しい海魚の塩焼きですよ」


 勧められてしまって、ふたりで顔を見合わせる。


「食べてみるか?」


「はい!」


 そうして、ヴォルフは魚の塩焼きを二本買った。そのうち一本をコルネリアに手渡す。


「……陛下。これはどうやって食べるのでしょう?」


「骨から身を抜くように、背の方からかぶりつくんだ。こう……」


 そう言って、ヴォルフは魚にかぶりついて手本を見せる。じっと見ていたコルネリア。


「……私がやったら、お行儀が悪くないでしょうか?」


 コルネリアが尋ねると、ははっと軽やかにヴォルフが笑う。


「今ここで見ているのは私だけだ。気にせずに食すると良い」


 そう言われると、いざ、とばかりにコルネリアが魚にかぶりつく。


「はふっ……、美味しいです」


「そうか」


 ヴォルフとコルネリアは互いの顔を見合って微笑み合う。


 その後も、珍しい果物を食べてみたり、それを土産に買ったり。


 ヴォルフはヴォルフで、ベッカー商会で聞いた緑柱石(アクアマリン)やウルトラマリンブルーの反物をコルネリアのために見たいと言いだし商店へと足を運んでは、正体を明かして商人たちを驚かせた。


「ねえ、陛下。もう十分に私はドレスや宝飾品を用意していただいております。私の部屋のクローゼットにはたくさんのドレスを用立てしていただいているじゃありませんか。これ以上、国庫から私のために支出をなさるのはおやめください」


「何を言う。お前はこの帝国の皇后なのだぞ? その皇后が、この帝国で流行っている最先端のものを持っていなくてどうする」


 そう言って、ヴォルフはあれこれと商人たちに用向きを伝えている。


 例えば、最高級のものを用意するように、とか。今ないのであれば、輸入して後日宮殿に出向いてくるように、とか。


「陛下、おやめください。私と陛下は一年のお約束で……」


 コルネリアがそう言いかけたとき。


 コルネリアはヴォルフにぎゅっと手首を取られた。


「……お前はそれでいいのか?」


 ──それでって?


 あと一年、いえ、もう一年を切っている。それで良いかっていうこと?


 ヴォルフは商談に戻ってしまっている。彼の心は決まっているようだ。だって、彼は私に「愛している」と言った。……心は決まっているのだろう。夜に訪れる頻度からもそれは推し量れた。


 ──私はどうなのだろう。


 彼と共に過ごすことは嫌ではない。体を重ねることも苦ではなく、むしろ悦んでいる節があった。コルネリアはヴォルフを頼もしく思っているし、愛情のようなものを感じる。恋に近い思いはあった。


 ──私は彼を愛しているのだろうか。


 コルネリアは共に街歩きを楽しみながらも、頭の片隅で悩むのだった。


 そして、再度ベッカー商会に置いてある馬車に戻り、ふたりは宮殿に戻ったのだった。


 一日コルネリアと行動して、ヴォルフは思う。


 商人と交渉出来るほど強かで賢く、自分ひとりで生きようと自立を求める強い女。


 やはり自分の知る「女」という生き物とは彼女は違うのだと、改めてヴォルフは思い知るとともに、好意が高まった。


 ──やはり、皇后には彼女しかいない。そして私が愛しいと思う者も。


 ヴォルフはそう固く心に思うのだった。


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