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03.父母の死とやってきた義家族

 まだ私が七歳だった頃の衝撃的な記憶がある。


「コルネリアお嬢さま、もうお休みになってください」


 その日の夜、そう侍女に言われて寝たふりをしたのだけれど、実は私はこっそり起きていた。


 もう寝なさいって言われたけれど、書庫にまだ読みかけの本があって、それをどうしても読みたかったのだ。それを、侍女の目を盗んでこっそり取りに行きたかった。


 夜のお屋敷は真っ暗で、まるで幽霊屋敷のようだった。そして本の続きも気になった。私はわくわくしながら屋敷の中を歩いた。


 足音をさせないように、そうっと忍び歩く。


 そうしてリビングにたどり着いたとき、お父さまとお母さま、そして、叔父さま夫妻が何やらお話ししているのに気がついた。雰囲気はそう……険悪な雰囲気だっただろうか。お父さまもお母さまも、とても難しそうな顔をしていた。


 そんな雰囲気を打ち消そうとでもいうように、おもむろに叔父さまがワインの瓶を一本取りだした。そして栓を抜く。


「兄さん。そう難しく考えないで。ささ、ワインでも飲んで。これは手に入れるのに苦労した一本なんだ、さあ、義姉さんも」


 そう言って、栓の開いたワインの瓶を叔母さまに渡す。お父さまとお母さまのワイングラスはちょうど空だ。そのグラスにワインを注ぐよう、叔父さまが叔母さまに促した。叔母さまはニコニコしながらグラスにワインを注いだ。


「そうだね。言い合いばかりじゃ話も進まない」


「そうね、あなた」


「じゃあ、ダニエル、せっかくの君の心遣いだ。いただくよ」


 そう言うと、ダニエル叔父さまがニコニコ笑っていた。


 お父さまとお母さまがグラスを煽る。すると、突然苦しそうに呻いて泡を吹く。そして床に倒れてワインを吐き出した。そのあと、ワインよりも赤い鮮血がカーペットを汚した。


 ──お父さま、お母さま……!? どうしたの?


 でも、そのお父さまとお母さまを見下ろす叔父さまたちの表情が恐ろしくて、私の足は硬直してそこから動かなかった。恐怖に声すら出なかった。


 本能で、ここからあと一歩踏み出してはいけないと感じた。私は、少しして落ち着いてから、彼らに悟られないようにそうっと部屋に戻った。


 そして、自室にこっそり戻ってベッドに潜り込んだ。


 怖くて怖くて、私は上掛けを頭までかぶせて振るえていた。


 ──私が見たのはきっと悪い夢よ。


 お父さまもお母さまも、きっと明日には笑顔で「おはよう」って私を迎えてくれる。ぎゅうっと目をつむり、必死に寝ようと頑張った。すると子供には遅すぎる時間帯だったので、私は次第に睡魔に襲われた。そうして私は眠りについたのだった。


 しかし、次の日。私の願いは裏切られることになった。


 私が起きると、家に憲兵が来ていた。


 部屋には、人間二人分と思われる隆起物が、布で隠されていた。


 そして、ワインと血が流れたカーペットは、別のものにすり替えられていた。


「お嬢さまっ。見てはなりません!」


 侍女に、それを見ないよう阻まれた。


 ──お父さまとお母さまだ……。


 直感的にそう感じた。


 だから、私は侍女の手を振り切って憲兵に駆け寄った。


「あのっ……!」


 そうして、憲兵に縋る私。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん」


 優しげに憲兵は応じてくれた。


「あれは、叔父さまと、叔母さまがっ……!」


 私がそう伝えようとしたときのこと。


「コルネリア。どうしたんだい」


 冷たい目をした叔父さまと叔母さまが隣室からやってきた。


「いやぁ、兄も義姉も、肺病に冒されていましてね。それでなのか、急に二人とも倒れ込みまして……ふたりとも急に悪化するだなんて、驚きましたよ」


 そんな、準備していたかのような嘘をペラペラと説明する叔父さま。


「私も本当にびっくりしてしまって……」


「では遺体は早々に隔離して、早めに埋葬しましょう」


 ──そんな! お父さまとお母さまは叔父さまたちが……!


「違うわっ!」


 私は叫んだ。


 大人たちが私を見る。


「叔父さまと叔母さまがお父さまたちにワインを勧めたのよ……!」


 子供の私に説明出来ることはそれしかなかった。


「……コルネリア。何を見たのかな? 確かに私たちは会話をするためにワインを飲んでいた。だが、それだけだよ?」


 叔父さまの冷たい目が私に降り注ぐ。


「ほら、憲兵のみなさん。子供の戯れ言です。この子の面倒は私どもが見ておきますので。そちらはよろしくお願いします」


 叔父さまが憲兵の人たちににこやかに告げる。私は叔母さまに取り押さえられてしまった。


 そうしているうちに、憲兵たちはお父さまとお母さまの遺体とおぼしきものを運んでいってしまった。


「お父さま、お母さまぁ……」


 私はその場にしゃがみ込んでしゃくり上げた。涙が止まらなかった。


「全く。見ていただなんて」


「あなた、しぃっ」


 不満そうを漏らしながら、泣いている私をにらみつける叔父さま。


 それを、それ以上私が事情を漏らさないようにだろう、制止する叔母さま。


「……コルネリア。今後は分をわきまえろ。お前は私たちが引き取り、義娘として養育する。お前も、それをよく理解すると良い。……っと、こんな年端もいかない小娘にどこまで分かるかな」


「ふふっ。あなたったら。まあ、追々この子も自分の立場というものが分かるでしょうよ」

 冷たい目線が私を見下ろしていた。


 私のお母さまは、実は国王陛下の妹、王妹だった。それを、お母さまがお父さまに降嫁して、そして生まれたのが私。


 そんな生まれなのに、お父さまもお母さまも、葬儀らしい葬儀も執り行われないまま埋葬させられてしまった。


 私はとても悲しかった。


 やがて私はひとりの娘と対面させられた。


 エルザ。それがその娘の名前だった。


 彼女は、お父さまのものだった公爵家を乗っ取った叔父さまと叔母さまの娘なのだという。私とひとつ違いで六歳。


 ピンクブロンドの華やかな髪と、赤い瞳が、その娘を愛らしく彩っていた。


「……この子はエルザ。あなたの義妹になる子よ。ただし、覚えておきなさい。この家の本当の娘はエルザ。お前は、王太子殿下の婚約者と決まっているから仕方なく置いてやっておくの。ただこの家のためだけよ。……よーく覚えておきなさい」


 叔母さまは冷たく言い放った。


 そんな叔母さまのドレスの裾に、エルザがすがりつく。


「いやだぁ。こんな根暗っぽい子。お義姉さまなんてイヤ」


 そんなエルザを、叔母さまは「我慢なさい」と言って、抱きしめて可愛がるのだった。


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