28.
そうして夜会の夜はやってきた。
コルセットで絞り上げた体にヴォルフが贈ったドレスや宝飾品を身に纏い、マリアが整えてくれた髪に陛下の瞳の色のリボンで飾る。
そうして身を飾った頃、扉がノックされる。
「準備は良いか」
ヴォルフの声だった。
私は、急ぎ足でウォークインクローゼットから出る。
「はい、今し方出来たところです」
「入るぞ」
「どうぞ」
すると、外に控えている衛兵が扉を開け、そこを通って皇帝陛下がやってきた。
陛下は、戦勝式だからだろうか。軍服姿であった。いつものりりしさに、より精悍さが感じられてため息が出る。
そして、彼は私の前に来ると、私を上から下までまるで検分するかのように眺めた。
「美しいな」
感嘆の言葉が捧げられる。
それからヴォルフは一つため息をついた。
「ああ、やっぱりよく似合う。お前には花がよく似合うと思ってな、それでそういうデザインのものをあつらえさせたのだ」
「わざわざありがとうございます。……とても嬉しく思います」
陛下に手を差し出された。彼の大きな手に私の手を預けると、やや強めに手を引かれ、彼のすぐ目の前に引き寄せられる。そして、不意打ちで唇にキスが落とされた。
「……陛下」
私は頬に熱を感じながら、軽く彼を睨め付ける。そして、まだすぐ側にある彼の顔の脇に唇を移動させて、小さく耳元に囁いた。
「……せっかくの化粧が崩れてしまいます」
「そうだな。だが、お前が可愛いから悪いんだ」
そう蕩けるような甘さで囁かれる。
「さあ、行くぞ」
「はい」
私は、差し出された腕に腕を絡める。腕を組んだ私たちは、もう始まっているであろう夜会の会場へと向かうのだった。
観音開きの扉の前に私たちが立つと、衛兵二名が息を揃えて扉を左右に開く。
「皇帝陛下、並びに皇后陛下のお出ましです」
会場に響く大きな声に、わっと視線が私たちに注がれる。
──そういえば、こんな場に立つのは初めてだったわ。
私は胃がきゅっと引き締まる思いがする。
すると、そっと耳元に優しげな声をかけられた。
「大丈夫だ。そうして背筋を伸ばして立っているお前は美しい。皇后として似つかわしいたたずまいをしている」
そう言って陛下が励ましてくれた。
それからふたりでゆっくりと階段を降りていくと、我先にと来賓たちが私たちの元へと集まってくる。
そんな来賓たちに、私は彼らのお国言葉を使ってそれぞれ会話をしていく。それから、挨拶の作法も国によって違う。ある国はチークキスだったり、ある国はハグだったり。
そういったことを使い分けていると、帝国語や作法が不慣れな者たちも喜んで、私との会話に夢中になるのだった。
そんな中、ある婦人が興奮したように彼女の国の言葉で私に感謝の言葉を述べた。
『今までの帝国の夜会では、食事に生の魚が出ることはなかったわ。それなのに、今夜は私の国の、生魚を使った郷土料理が出たのです。とっても感激しましたわ!』
私は、彼女の早口に追いつかなかった陛下のために、通訳して事情をかいつまんで説明した。
「お前は、今日の料理までチェックしていたのか」
「済みません。きっとみなさん、驚かれると思って。料理長のオイゲンに頼んでおいたのです。……出しゃばりすぎでしたか?」
すると、陛下は「いいや」と言って、首を横に振った。そして、横に控えていた通訳に下がって良いと指示を出した。
「良いのですか?」
「……お前がいれば十分だ」
そう言って陛下が微笑んだ。
そうして、各国の王族や大使たちのために用意された様々な国の料理を彼らは大いに楽しんだ。
やがて、楽団がダンスの準備を始める。
「コルネリア、踊ってはくれないか」
「私でよろしければ」
「私はお前がいい」
そう請われ、ダンスの申し込みとばかりに差し出された手袋を嵌めた手に、手を載せる。
私は彼の肩に手を載せ、反対の手に手を乗せる。陛下は私の背に手を回す。背中に感じる手の温もりが温かい。
私はゆったりとした音楽に合わせ、陛下のリードに身を任せてステップを踏み出す。
陛下のリードは上手い。私は安心して彼に体を任せておけた。最初は基本のステップでホールを半周してゆったりと楽しんだ。やはり主賓だからだろうか。私たちを見る目は多い。だが、意識していた人の目も、踊り出すと気にならなくなってくる。そうしていると、陛下が楽し気に口の端を上げた。
「緊張していそうだから様子を見ていたが、余裕が戻ってきたようだな。少しペースを上げるか」
陛下が楽団に目で合図を送る。すると、それを契機に音楽の調子が上がった。それに合わせて陛下がステップの速度を上げるものだから、私もそれに合わせて足を素早く動かす。私が着いてこれると見ると、陛下はステップにアレンジを加える。私はそれに気付いて、同じようにアレンジしたステップを踏む。
「中々上手いな。何をさせても、お前からは目が離せないよ」
そうして、陛下はステップを止め、私の腰を強く引き寄せる。私は、大きく背をのけぞらせて、片足を大きく開いてポージングを取る。会場から大きな歓声が上がる。
「夜もそうだが、強くしなやかな体だ」
そっと耳元に艶っぽく囁かれた。
「……陛下……ッ」
私は耳朶まで熱を孕みそうだ。
陛下はその手で私をクルクルと回らせながら、会場を移動していく。
「ああそうだ。もっともっとその私色のドレスを見せびらかして、お前を私のものだと見せつけてやらないとな」
そういうと、陛下は私の両手を掴む。そうして、陛下を中心にして、私はクルクルと回らさせられる。ドレスが翻り、紫石英の布が大きく翻り、散らされた小さな宝石が会場のシャンデリアの明かりを受けてキラキラと煌めいた。
会場空は歓声と共にため息が聞こえる。観客たちは、私たちに目を奪われているようだった。
そうして私たちが回り終えると、ちょうど曲が終わった。
ダンスの終わりに一礼すると、会場から割れんばかりの拍手を受ける。その拍手に私たちは再度感謝を示し、次に踊りを楽しむ人たちのために場所を開けた。