25.
「見事なものだな。……もうこの花は見られないのだと諦めていた。嬉しいものだな。亡くなった母の思い出の花がもう一度見られるというのは」
薔薇を眺めながらヴォルフが笑みを浮かべる。
「……素敵なお母さまだったんでしょうね」
彼の笑みがそれを物語っていて、コルネリアはそう尋ねた。
「なぜ分かる?」
だが、分からないといった表情でヴォルフがコルネリアに尋ねた。
「だって、あの花を見る陛下はとてもお優しい表情をなさっておられますもの。お母さまと良い思い出をお持ちなのだろうな、と思いまして」
「ああ、花が好きな優しく美しい女性だったよ。私が十になるかならないかだった頃かな……。早くに亡くなってしまわれたが、私と父を深く愛してくれた。そんな母のために、父が命じて『ローザリア』を作らせたんだ」
「良いお母さまだったんですね」
「そうだな。私にとっては愛しい母だった」
思い出を思い返すかのように遠い目をするヴォルフを、コルネリアは隣でそっと見守る。
──こんな表情もなさる方なのね。
『冷酷無慈悲な銀狼』と呼ばれ、自分の体を蹂躙した男。その男の新たな一面を見て、コルネリアは、だんだん戸惑いを覚えるようになってきた自分の心に問いかける。
──私は今、本当はどうしたいのだろう。
確かに三年放置された怒りはあった。初めての夜、痛い思いをしたのも事実だ。だが、今は優しく接してくれるし、こうして、家族に対しての温かさも持ち合わせる男なのだと知った。
──自由には憧れるけれど。
もう恋い焦がれるほど欲しいものでもないのかもしれない。私にはもっと欲しいものが実はあるのかもしれない……?
コルネリアの心境は複雑だった。
自由は欲しい。自由に、欲しいものを手に入れて商売をする。それは楽しそうだ。
けれど、クリスティーナさまやハンスは愛おしいと思うし、皇帝陛下へ対する評価は確実に上がってきているのが事実だ。
私はどうしたいのだろう。どうしたら良いのだろう。
コルネリアは心の中で自身に問うていた。
「コルネリア……コルネリア?」
そんなとき、コルネリアはヴォルフに声をかけられてはっとする。
「どうした? 何か考え事か? 具合でも悪いのか?」
問いかけられて、コルネリアは心配をかけまいと首を横に振る。
「申し訳ありません、陛下。少し考え事をしておりました。私は大丈夫です」
そう告げると、ヴォルフはほっとしたような柔らかな表情を見せる。
「そうか、良かった。私の話ばかりで、飽きてしまったのかと思ったよ」
「そんなことはありません!」
コルネリアはぶんぶんと首を横に振って否定する。
「陛下とお母さまのお話しは、とても素敵でしたわ。陛下の優しいお人柄もしれましたし」
そう言われると、ヴォルフが面食らったように目を瞬かせる。
「……優しい? 私が?」
「ええ。お母さまへの優しさが伝わってきました」
コルネリアは素直にそう答えた。
その答えはヴォルフにとって意外な答えだった。『冷酷無慈悲な銀狼』と呼ばれ、戦場では数多の敵兵を切り捨てる。国内でも、汚職などを発見すればためらいなく厳罰を下す。ヴォルフは、「優しい」と評価されることに慣れてはいなかったのだ。
「……優しい、か。コルネリアにそう言ってもらえると嬉しい」
愛なのかは分からないが、恋しいとは思えるようになってきたコルネリアが、自分のことをそう評価してくれることに、ヴォルフは喜びを感じていた。
「……そうなの、ですか?」
だが、コルネリアにヴォルフの想いはまだ伝わらない。ふたりの想いは少し近寄ってようであって、まだ平行線をたどっていた。