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24.母との思い出

「あ、薔薇が」


 私は庭を散策して楽しんでいると、ちょうどあの『ローザリア』が見事に咲き誇っていた。思わず私はその美しさに見惚れて足を止める。中々つぼみの量を付けなかった『ローザリア』も、ここまで育ったのかと思うと感慨深い。


 確かあの花は、皇帝陛下のお母さまの名前を冠した薔薇だったとクリスティーナさまから聞いていた。


 ──皇帝陛下。


 最初は衝撃的な夜だった。けれど、私の心と体を労ってくれたのか、その後しばらくは私の体を求めには来なかった。


 しかし、その後は陛下の仕事に支障がない限り、毎晩のように体を求められた。初めての夜以降、陛下が私を愛撫する手は、最初に比べて驚くほど優しいものに変った。そして、口づけも。


 そんな陛下の愛撫を受ける内に、私の体は陛下の手に慣らされていくように、次第に刺激を敏感に受けとめられるように変っていっていた。

『冷酷無慈悲な銀狼』、そう謳われる陛下だ。私は初め、酷い仕打ちを受けるかもしれないという恐れが心の片隅にはあった。夜も、私のことなどお構いなしに好き勝手にされるのかもしれないと思っていた。


 しかし、実際は違った。


 初めての日の夜からしても、彼は女性を喜ばせる手管に長けていて、それを使って私を喜ばせることを意識してくれていたようだった。それにもまして、次のときからは、より丁寧に私の反応を確認しながらことを進めてくれる。ささやきかけられる言葉も蕩けそうな程甘い。そうして甘く与えられる官能に私の体は慣れていった。


 そうして、時折朝まで共寝をご一緒する夜もある。それに、なにくれと私の希望を聞き入れてくれたりもする。月のものが来た日にも気分を害するわけでもなく、私の体調を気にしてくれたりもする。


 ──意外にお優しい方なのよね。


 そうして、ふと我に返る。


 夜のことばかり考えていたら、体が熱くなり、頬も耳朶も熱くなってしまった。


 真っ昼間からなんてことを思い出しているのだろう。


 そうだ、『ローザリア』だ。


 これを陛下にご覧に入れたいとクリスティーナさまがおっしゃっていたのだったわ。せっかく満開に咲いたんだもの。陛下を庭の散策にお誘いしようかしら。


 初めての夜の翌朝、とても私を労っていた様子の陛下。そんなに最初に思っていたような悪い方なのかもしれない。


 だったら、一年の子作りの期間が終われば解消する関係とはいえ、険悪に過ごす必要もないだろう。


 私はそう思い立って、陛下がいらっしゃるであろう執務室へ足を運ぶのだった。


 ◆


 コルネリアは、執務室を訪問した。すると、ちょうど扉の隣に衛兵が控えていたので、彼に、ヴォルフに会いたいと用件を告げる。


「皇后陛下がいらっしゃいました。皇帝陛下にお会いしたいそうです」


 衛兵が私の代わりに部屋の中へとお伺いを立てる。


「わかった。入っていい」


 ヴォルフの声で回答が来た。


「では、皇后陛下、どうぞ」


 衛兵が扉を開けたので、コルネリアは入り口を通って部屋に入る。


 すると、ヴォルフが執務机に着いている他に、宰相のライマーと側近のエミルがいた。


 コルネリアの視線が、エミルの元で止まる。初めて会うので、誰だろうと思ったのだ。


「ああ、皇后陛下はこやつには初めてお会いなされますかな。こやつは私のせがれでエミルと言いまして、皇帝陛下の側近をしております。ほら、エミル。挨拶をしないか」


 すると、エミルが立ち上がる。


「皇帝陛下の側近をしております、エミルと申します。皇帝陛下の側によくおりますので、お目にかかることは多いかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 エミル丁寧に立位の挨拶をしてくれた。


「私こそよろしくお願いします」


 コルネリアは笑顔で挨拶をした。


「それで、どうした? 何かあったのか?」


 顔も上げず、ペンでサインを綴る手を止めずに、ヴォルフはコルネリアに尋ねた。


 ヴォルフが忙しくしているところに訪問してしまったらしい。


 その様子を見かねて、ライマーが苦言を呈す。


「皇帝陛下。皇后陛下がこうしてわざわざ足をお運びくださったのです。一度その手を止めてお話を伺ってはどうですか」


「何を言う。戦争で決裁が滞っているから急げと言ったのはお前だろう、ライマー」


「そうは言っても、お前の嫁がこうして来てくれたんだろう。ちゃんと顔ぐらい見ろ」


 ヴォルフが反論するが、ライマーの意見にエミルが加勢する。


 和気藹々とした雰囲気に、コルネリアの口元に自然と笑みが浮かぶ。


 ふたりに諭されて渋々といった様子で顔を上げる。すると、くすくすと笑っているコルネリアに目が留まった。


「……何を笑っている」


「いえ、みなさん、仲がおよろしいのだなと思いまして、つい」


 自然と微笑んでいるコルネリアのそんな表情は初めて見るもので、ヴォルフはその笑みに一瞬見とれてしまう。


 ──可愛い。


 コルネリアの、夜に見せる愛らしさや艶めいた顔は見慣れてきたものの、昼に見る自然に零れ落ちるような可憐な笑みを見るのは初めてで、思わずそれにヴォルフは見とれてしまう。


 そうしてしばし我を忘れてぼうっとする。


 そんな自分に気付き、我に返ったヴォルフは咳払いをした。


「ンッ、ゴホン。ところでコルネリア。私になんの用があってきた?」


 今度は手を止めて私の目を見て陛下が尋ねてくる。蕩けるような笑みまで浮かべて。


「先ほど庭を見にまいりましたら、『ローザリア』が満開に咲いておりまして。あの花は皇帝陛下のお母さま由来のお花なのですよね? ですから、ぜひ、ご一緒にその花を愛でにまいりませんかと、陛下をお誘いに伺ったのです」


 そうコルネリアが伝えると、ヴォルフは驚いた様子で目を見開く。


「母上の『ローザリア』か……。あれはしばらく咲かなくなっていたが、お前が咲かせてくれたんだったな。あれはどうしたんだ?」


「それは、栽培方法に問題があったから、その方法を変えたのです」


「問題?」


「はい。普通の薔薇は特に土壌の酸性度を考慮せずとも育ちます。ですが、『ローザリア』は酸性の土壌でしか花を咲かせません。私はそれを本で学んで記憶しておりました。そのことを庭師伝え、彼に手入れし直してもらったのです。そうしたら、花を咲かせるようになりました」


「母上の薔薇が咲いたのか……」


 そう呟くと、ヴォルフは口元に微笑を漂わせた。


「はい。今まさに満開という咲きぶりです」


 そこに、ライマーが口添えする。


「せっかく、皇后陛下が咲かせて下さったのですぞ。一緒にお行きなされたら良い」


「そうですよ。書類は陛下が署名すれば良いだけの状態にまで俺たちが仕上げておきますから、行ってきてください!」


 エミルまでそう言ってあと押しする。


 そうして私たちは半ばふたりに追い出されるような形で執務室をあとにしたのだった。


 ふたりで並んで庭園まで歩く。


 夜以外に会うことなどなく、こうして二人きりで昼間に歩く機会などなかったため、ふたり共何を話していいものか分からない。互いにどこかぎこちなく気恥ずかしく、言葉数も少なく歩いて行く。


 すると、低めの階段状になっている場所で、ついうっかりコルネリアが足を踏み外し、体が前に体が傾げてしまう。


「危ない!」


 ヴォルフは素早くコルネリアの前に回って、コルネリアを抱き留める。


「あっ……。ありがとう、ございます……」


 身長差があるので、コルネリアは見あげてヴォルフに礼を言う。


 コルネリアを抱き留めるヴォルフの胸は、夜の営みで知ってはいたものの厚く、固く男らしかった。抱き留められた勢いでその胸に手で触れる。易々と女のコルネリアを支えるその逞しさを感じて、コルネリアの胸が高鳴る。


 ──皇帝陛下が逞しくて、ドキドキします。私の胸の鼓動、聞こえないと良いのですけれど。


 ──陽の下で真正面から見るコルネリアがあまりに愛らしくて、胸の鼓動を聞かれなければ良いが。


 夜を共にはしていても、明るい陽の下でふたり、こうして触れ合うことは初めてで、まるで初心な少年と少女のように揃って気恥ずかしく思う。


 ヴォルフは、コルネリアの体のバランスが整ったと見ると、彼女の髪にさらりと触れる。


「綺麗な髪だ。……きらびやかで繊細でまるで蜂蜜のような色だ」


 そう言って褒めた。すると、コルネルアもおずおずとヴォルフの髪をひと束掬った。


「皇帝陛下の御髪もとても綺麗です。日の光を浴びて銀粉を振りまくかのようにキラキラと輝いています」


 そうして、至近距離で顔を見合わせていると、コルネリアがふふっと笑う。


「何を笑う」


「だって、おかしくて。私と陛下は夫婦であって、あんなに夜をご一緒していて。なのに私たち、まるで初心な少年と少女のようなんですもの」


 そうして、コルネリアはたんっと一歩踏み出して、ヴォルフの隣に並ぶ。


「まいりましょう、陛下」


「ああ、そうだな。もうちょっと先に行くと、薔薇に囲まれた東屋に出る。そこで話をしよう」


 そう言って、ヴォルフがコルネリアに手を差し出す。コルネリアはそれに手を載せた。ヴォルフがその手をしっかり握って受けとめる。


 ──剣ダコが出来ていて、無骨な手だわ。さすがに戦好きで名高いだけはあるのね。


 彼の手に触れて、コルネリアはそう思う。


 ──小さくてなめらかで柔らかで、私の手の内に収まってしまう。こんなにも華奢なのだな。


 一方で、ヴォルフはコルネリアの手の感触に感動を覚える。


 そうして互いに互いの手の感触に驚きを交えながら、ふたりは手を繋ぐ。


「……さあ、行こうか」


 ヴォルフがコルネリアを東屋へと誘う。


「ええ、まいりましょう」


 ふたりは、庭園の石畳をゆっくりと踏みしめながら並んで東屋へと向かった。


「ここだ。ああ、ちょっと待て」


「……?」


 ヴォルフが胸元から真っ白なハンカチーフを取り出して東屋に設けられたベンチの上に敷く。


「ここに座ると良い。さあ」


 ヴォルフがコルネリアに腰掛けるよう促す。


「……ありがとうございます」


 そのヴォルフのさりげない心遣いに、コルネリアの心は温かくなる。


 ──やはり、優しい方だわ。


 コルネリアがハンカチーフの上に腰をかけると、隣にヴォルフが腰掛ける。そこからは一面淡いピンクの花を咲かせる『ローザリア』が一望出来た。


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