18.
そうして面会の日がやってきた。
私は、商会長が来たという連絡を聞いてから面会室へ移動した。
「初めてお目にかかります。帝都にて商会長を務めさせていただいております、ブルーノ・ベッカーと申します」
私が部屋へ入ると、まずは、立ったままの姿勢で深々と礼を執られた。私が皇后で、相手が相手と思っているだからだろう。私が声をかけるまでは顔を上げる様子はなさそうだった。
「顔を上げてください、ベッカー商会長。私がお願い事があって呼んだのだもの、そんなに堅苦しくしないで気楽にしてくださって良いわ。さあ、そこのソファに座ってちょうだい」
「はい、ありがとうございます。では、失礼いたします」
私たちは向かい合って座った。そして、その間にあるテーブルには宮殿の図書館の植物図鑑たちの内の一冊が広げられていた。
そこを避け、侍女が私たちに茶を淹れた。
それを見て取って、私は話を切り出すことにした。
「宮殿からの概ねの用件はお聞きになって?」
「はい。なんでも、割れず、軽い子供用の食器を新たにお作りになりたいと」
「ええそうです。今、帝都では陶磁器が流行り、子供にもその食器を使わせています。ですがそれは子供の手には負担がかかりますし、落として割ったりとあまりにも危ない。そこで、もっと軽くて安全なものを提供してあげたいのです。そこで……」
私は中央置いた、開いた植物図鑑を指さす。
「この国の南方に、カレドの木という、幹を傷つけると、白い樹液を流す木があるのだそうです」
「ほう」
「その樹液を加熱すると、固く固化します。その性質を利用して、グラスやティーカップ、皿の形の金型に樹液を流し込んで加熱して、樹脂食器を作りたいのです。その樹脂を固化したものは、陶磁器や銀食器とは比べものにならないほど軽いそうです。しかも丈夫です。どうかしら? 商品化してみたいとは思いませんか? ベッカー商会長」
ニッと笑って自信ありげにベッカー商会長に提案をしてみる。すると、考えるようにしてベッカー商会長は顎をさすった。
「なるほど……。南にあるカレドの木。これは盲点でしたなぁ。ところで、これを加熱することで出来る樹脂製品がそんなに丈夫で軽いというのはどこでお知りになったので?」
「南方の一部の部族で使われているそうで。それを書物で読みました。ただ、製法などは現地民が曖昧な手法で作っているらしく、具体的な温度とかまではしっかり書いてはいなかったのです。ですから、参考にならないと思ってここには持っては来ませんでした」
「なるほどなるほど。でしたら、もし陛下が我々にこの案件を任せてくださるのであれば、その調整具合から調べていかないといけないと」
「ええ、そういうことになります。ですから、特許申請は発案者の私と実際に製作をしてみてくださるベッカー商会さんとの按分になると思っておりますの」
そう言うと、ベッカー商会長はあっけにとられたような顔をする。
「まさか陛下から特許申請なんて言葉をお聞きするとは。しかもきちんと我々と按分するとおっしゃってくださるなんて。陛下は随分と商売についてお詳しいようですね」
再びかつて聞いたようなことで驚かれてしまった。
「私、本が好きで。それで知っただけですわ」
それにしても商売を提案する皇后だなんて物珍しいのだろう。感嘆だろうか、驚嘆だろうか。そんなため息をつかれてしまう。
「そ、それで、この話、乗ってくださるかしら?」
いい加減に話を進めたいわ、と思って、私は話を切り出した。
「ええ、それはもちろんです。ぜひ、お手伝いをさせていただきたいと思います。また、我々に新しい商いの機会をくださり、ありがとうございます。ベッカー商会、全力でお手伝いさせていただきます」
ベッカー商会長が深々と頭を下げた。
成果は上々だった。初めての商会との面会は成功裏に終わったのだった。
やがて日は過ぎていき、都度、開発の経過がベッカー商会から私の元へと届けられるようになる。温度の調整は少しずつ進められているらしい。
金型の製作も順調のようだ。皿のサイズやティーカップ、グラスの代わりのコップの形について報告が来る。
そうなってくると、完成の報告が待ち遠しく感じてきた。