15.
「『ローザリア』が、少し咲いただって?」
執務室でペンを取っていたヴォルフはその手を止める。
──まさか、母上のあの薔薇が……。
ヴォルフはしばし亡き母との思い出に耽った。
「ところであれは、もう花を付けなくなったんじゃなかったのか?」
報告してきた側近のエミルに尋ねかける。
「どうも、皇后陛下が打開策を見いだして、それを教わった庭師が咲かせるのに成功したら
しいよ。なんでも、本で得た知識らしい。すごいよね、皇后陛下」
「……帝国の花にまで詳しいなんて、随分と博識なんだな」
「ああ、そうそう。前にも言ったと思うけど、彼女、放って置かれた三年間も、腐らずに帝国の図書館に入り浸りだったみたいで、随分と勉強家みたいなんだそうだよ」
「そうか」
──遊んでばかりいる、他の女たちとは違うのか?
そう、少し彼女のことを見直した。
──そういえば、彼女が初めてだったと知って以来、彼女の部屋に訪れていないな……。
初めてのあの夜以来、彼女に無体を強いた申し訳なさで自然と足が遠のいてしまっていた。だが、もう一度彼女とあって話しもしてみたい。
ヴォルフの心にそういう願いが湧いてきた。
そうして、頭を横に振る。
「戦役で執務が溜まっている。執務に戻れ」
「はいはい」
そうして、頭の片隅にコルネリアのことを残しながら、ヴォルフは執務に戻るのだった。
その夜、久々にヴォルフがコルネリアの部屋に訪れた。
コルネリアは、彼が訪れない方が賭けでの自分の勝率が上がるというのに、なぜかほっとしている自分に気付く。
──どうしたのかしら、私。
私は賭けに勝って自由になりたいはずなのに。
そうして、夫婦の営みを終えた後、ヴォルフは話題を振ってみた。
「『ローザリア』を咲かせてくれたんだって?」
すると、どこで知ったのかと思ったコルネリアがきょとんとした顔でヴォルフを見る。
「まだ少しつぼみをつけただけだそうですけれど。……陛下もお聞きになったのですか?」
「ああ、配下の者に聞いた」
「……あれは、皇帝陛下のお母さまの薔薇なんだそうですね」
「ああ、そうだ」
「……嬉しいですか」
「……ああ、そうだな」
そうヴォルフが答えると、コルネリアがクスッと笑う。
「何かおかしいか?」
「いいえ。陛下が素直に嬉しいといってくださったのが、初めてのような気がして」
「そうだったかな……」
「そうですよ」
そう言うと、まだコルネリアがくすくすと笑う。その様子は、先ほどまでの色っぽい姿とは打って変わって少女の様で、それもヴォルフには好ましく思えた。
「今日はこのままお前の部屋で寝る」
「まあ、珍しい。こちらにいらっしゃったのも久しぶりだというのに」
「不服か。私がお前の部屋を訪れないのは」
少々期待を持って尋ねるヴォルフ。ところが、コルネリアは首を横に振って答えた。
「いいえ、ちっとも。だって、私の賭けの勝率が上がりますもの」
それを聞くと、ヴォルフは不満そうな顔をする。
「……私はこれからはもっと頻繁にお前に会いたいのだが。問題があるか?」
「いいえ。陛下のお好きなように」
コルネリアがそう言うと、ヴォルフはなんとも微妙な表情をする。
「じゃあ私は、私の勝率を上げるために、お前の寝室に訪れるとしよう」
「そうですか」
コルネリアの返事は素っ気ない。ヴォルフは物足りなさを感じた。
「……陛下、そろそろ休みましょう」
すると、するり、とヴォルフがコルネリアの方に腕を差し出した。
「私の腕を枕にして寝ると良い」
一瞬きょとんとしてから、クスリと微笑んで、コルネリアがヴォルフの言葉に従う。
「逞しくて、硬い腕ですのね」
「戦のために鍛えているからな」
「頼もしいです」
──なんだかドキドキする。
男性の腕枕だなんて、前世も含めて初めてだわ。
体を重ねるだけでない、その互いの熱の重なりに、とくんと胸が鳴る。
私は落ち着かないまま、目を閉じるのだった。
一方のヴォルフもまた、どうしたらコルネリアを振り向かせられるのだろうと、落ち着かないままに目を閉じるのだった。