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11.賭けと初夜

 そうして夜がやってきた。


 私の部屋に皇帝陛下が訪れた。


 帝国皇帝ことヴォルフと、その后である私の部屋は両隣に位置しており、その部屋同士は扉ひとつで繋がっている。その扉を通って、さも当たり前のように皇帝陛下が悠々とした態度でやってきた。緩やかなローブ一枚を羽織った姿で。


 彼が私に語りかける。


「お前、私と離婚しようと言ったな。なら、ひとつ条件を設けようじゃないか」


 私の部屋に、なんの断りもなく訪れた皇帝陛下がそうおっしゃった。


「条件……ですか?」


 私は警戒しながら陛下に向かって答えた。


「ああ、条件だ。一年という期間だ。一年子作りをして子が出来なければ、望みどおり離婚してやろう」


 そうして、私はその条件を聞かされ、半ば彼の強引さに流されるがままに彼に抱かれたのだった。


 ◆


 日は既に昇っていた。窓から明るい日差しが差し込んでいて私を照らす。


 隣には既に誰もいなかった。私はそのいない人を思い出す。


 銀色の髪の、美しい(ひと)


「……そういえば私、昨晩は……」


 ──皇帝陛下に抱かれたんでした。


 ようやく現実を把握する。


 だが、体は既に清められたあとなのか、手で触ってみるとさらりとしていて、情事の名残も感じさせない。そして、さらに綺麗な寝衣に着替えさせられていた。


 まさか皇帝陛下が着替えさせてくれたのだろうか? そんな下々のものがするようなことをなさるはずがない。きっと侍女でも呼んでくれたのだろう。……きっとそうよね?


 まるで、昨日の夜などなかったかのようだ。


 だがシーツ類は昨夜の交わりの名残で乱れてよれている。そして、初めての証である血が真っ白のシーツに一箇所、鮮やかな印を刻んでいた。


 さらに、声はかれていがらっぽく、体のあちこちはキシキシと痛む。そして、体の芯にまだ何かが挟まっているような異物感をはっきりと感じることが出来た。


 あの夜が夢ではなかったことは、私の体が痛いほど訴えていた。そして、彼の手で、自分があれほど乱れ、途中で意識を手放してしまったことに、激しい羞恥心を覚えた。


 ──自分があんなになるなんて。


 恥ずかしい。


 本来ならば目覚めたことを知らせるために呼び鈴で侍女を呼ぶべきなのだろう。けれど、それすら羞恥でためらわれた。


 あんな夜を、私が過ごしたことを悟られるのが恥ずかしかった。


 すると、突然扉が開く音がして、そちらを見ると、皇帝陛下がやってきたところだった。私はそちらに目を向ける。陛下はラフなシャツとスラックスという出で立ちだった。


「ああ、起きていたのか」


「……ええ。すっかり寝坊をしてしまいました。申し訳ございません」


 私は謝罪した。日は随分と高く昇っている。本来の朝食の時間などとうに過ぎ、昼前、といったところだろう。


「いや、大丈夫だ。……その、体は大丈夫か。……コルネリア」


「はい?」


 私は思わず聞き返してしまった。それは、陛下の声音が昨夜とは打って変わってあまりにも優しかったからかもしれない。まるで、私のことを労っているかのようだ。


 それに、散々「お前」としか呼ばれなかったのに、なぜか私を「コルネリア」と呼んでいる。


 私が昨日が男性と夜を共にするのが初めてだったから、気を遣っている? それとも、これも、初夜に対しての男性の作法というものなのだろうか?


 私は、後者なのだろうとあまり気にしないことにした。


 なぜなら、三年も私を放って置いた皇帝陛下なのだ。私に対する気遣いなどではないだろうと決めてかかることにした。


「お気遣いいただきましてありがとうございます。少し痛むところもありますが、大事ありません。陛下におかれましては、私のことなどお気になさらずに……」


 そう言いかけた途端、陛下がビクッと肩をふるわせる。


「やはり痛むのか! ならば、食事は部屋に運ばせることにしよう」


「いえ、陛下。そこまでお気遣いなさらずとも……」


「いや、体が痛むのは大事だ。食事は侍女に部屋に運ばせよう。そうだ、それがいい……」


 そう言って立ち上がると、私の部屋の呼び鈴を見つけ、それを鳴らす。すると、それを聞きつけたマリアがやってくる。


「粥か何か、体に優しいものを用意しろ」


 それを聞いたマリアは首を傾げた。


「お食事というのは、皇后陛下のご朝食ですよね? ……ええと、お粥ですか?」


 マリアが私の顔を見て首を傾げる。


 私もマリアの顔を見て顔を傾げて見せた。


 私、別に普通にお腹がすいているのですけれど、と私は心の中で思う。病気でもないし、ただ、昨夜あなたが好き勝手にした体があちこち痛むだけです。


「失礼ですが、皇后陛下はお体……お熱があるとか、そういうわけではないのですよね?」


 マリアは事情を察してくれたらしい。皇帝陛下にそう尋ねてくれた。


「コルネリア。……熱があるとか、具合が悪いとかではないのか?」


 マリアの声は私に聞こえているというのに、まるで伝言ゲームのように陛下が尋ねてくる。


「体調は大丈夫です。食事は普通に取れます」


 私はそう答えた。


「だ、そうだ。部屋で食べられるよう、何かコルネリアが好みそうなものを用意してくれ」


 そう皇帝陛下がマリアに指示をした。


「承知しました」


 マリアが一礼してから部屋をあとにした。心なしか、彼女が微笑ましそうにしていたような気がした。


 そうしてしばらくすると、マリアの部下たちがベッドにテーブルをセッティングしてくれる。それからマリアが温かなパンケーキと紅茶を持ってきてくれた。もうすでにブランチという時間帯だ。マリアの配慮が嬉しかった。


 でも、なぜか陛下も部屋にそのままいらっしゃった。


 ──どうしてご自身のお部屋にお帰りにならないのかしら。


 私は不思議に思いながらも、マリアが用意してくれる朝食が目の前に並べられるのを眺めた。そして、それらは私の前に全て並べられた。


「ええと……食べてもよろしいのでしょうか……?」


 思わず皇帝陛下に尋ねてしまう。


「ああ、勿論だ。お前のために用意させたのだから。ほら、温かいうちに食べろ」


「は、はい……」


 陛下は、部屋にあった鏡台に付いていた椅子をベッド脇まで持ってきて、それに座り込んでしまう。そうして私の方に体を向けた。


 これって、食べているところをずっと見られていないといけないのかしら!?


 ──とても食べづらいわ!


 私は居心地悪く感じながらも、ナイフとフォークを使ってパンケーキを小さく一口大に切って口に頬張る。その様子をじっと皇帝陛下が見ていた。


 咀嚼しきって口の中のものがなくなると、私は陛下に向かって口を開いた。


「私が食事をするのを見るのはそんなに面白いですか?」


 半分嫌みのつもりだった。だってそうでしょう? 人にじろじろ見られながら食事するだなんて食べづらいもの。


 ところが、陛下はそんな私の気持ちには気付かないらしい。


「お前の口はそんなに小さいのだな。まるで小鳥のようだ」


 ──ちょっと待ってください。誰かへの恋文の節か何かですか!?


 思わずそう言いかけてしまいそうになるのを私は堪える。


「ええと……、あいにく私の口にはこれくらいがちょうど良いので……。それに、レディが男性の前で大口開けるなんてはしたないでしょう?」


 そう言うと、ああ、と頷いてくれた。


 ──ようやく立ち去ってくれるのね。


 ほっとしたのもつかの間。


「私が見ているのは気にしなくていい。自分のペースで食べるが良い」


 ──ああ、分かってくれたわけじゃないんですね?


 私はがくりと心の中で肩を落とす。


 そうして私は、終始皇帝陛下に様子を観察されながら、気を遣い話題を振りながら落ち着かない朝食を食べたのだった。


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