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10.

「なんだ、あの女は!」


 ロイエンタール帝国皇帝のヴォルフが叫ぶ。そして、彼の執務室の執務机を叩く。

「あっははは! サイコー! 帰還早々離婚切り出されるってどんな皇帝さまだよ、ヴォルフ! あー、三年もほったらかしにしちゃあ当たり前か!」


 ヴォルフの少年時代からの側近であるエミルが、気安く彼を名で呼んで、腹を抱えて笑っている。


 そして、ひとりオロオロしているのは宰相であるライマーだ。


「怒っている場合ではありません陛下。それに、エミル! そう大口を開けて笑うでない」


 エミルはライマーの息子でもあった。だから、その態度を叱責する。


「へいへい」


 エミルは頭を掻きながら笑うのを止める。すると、ヴォルフの怒気だけが部屋を支配する。


「……あのアッヘンバッハのあばずれに、この私が離婚を切り出されるだと? 私からではなく!?」


 ヴォルフの怒気は収まることを知らない。それを、ライマーがなんとか収めようとする。


「皇帝陛下。陛下は三年間帝都におられませんでした」


「ああいなかったな。戦争ばかりしていて悪いか! 私は戦争で母を亡くしたんだ! 大陸平定することによって、その戦争をこの大陸からなくしたいと思って何が悪い!」


 エミルの言葉をヴォルフは制する。


「そもそも私は女は信用ならない。大体あの女は、アッヘンバッハの王太子の正式な婚約者にまでなった女だろう。幸い戦争の間にこの宮殿であっちの子を産むことはなかったようだが、その身が清いとはとても思えん!」


 その言葉に、ライマーとエミルがため息をついた。


「なあ、ヴォルフ。せめて、彼女がどんな女か接してみろよ? 世の中、気立ての良い女だっているぞ? アッヘンバッハ王国でも賢いと有名だったそうだし、見た目だって、傾国と言わんばかりの美しさだったじゃないか。それに、この三年間、彼女は腐るでもなく、毎日熱心に図書館に通って勉強三昧だ。普通の女に出来ることじゃない」


 コルネリアが図書館通いをしてきたことを知っているエミルがヴォルフにそれを伝える。


「……まあ、気性は強そうだったが」


 啖呵を切って離婚を切り出したときのことを思い出して、エミルがそう評価する。


「ただな、人柄も見ずに希望どおり離縁して放り出すのか? 勿体ないだろう。それにお前、いい加減子供作れよ。やっと俺と親父で見繕ってきた嫁なんだぞ?」


「ああ、エミルがたまには良いことをいう」


「たまには余計だ親父!」


「陛下、せめて皇后陛下としばらく一緒にお過ごしください。皇后陛下は賢いばかりでなく、お継母上であらせられるクリスティーナさまとも、弟君のハンスさまとすぐに打ち解けられ、大変気立ての良い方でいらっしゃいます。それに私もそろそろ陛下のお子を見とうございます」


「はあ、……子供、か」


 それが彼の責務であることは知っていた。


 弟のハンスでは、母親の家柄が低すぎて王太子に据えることは不可能であることも。


「しばらく、と言ったな、ライマー」


「は、はい!」


 自分の言葉を繰り返されて、宰相ライマーは姿勢を正す。


「私は皇后を試すことにしよう。……そうだな、一年」


「たった一年でございますか……」


 ライマーが肩を落とす。


「ああ、一年もあれば十分だろう。人となりも、そうだな、子を産める体かもわかるだろう。良いだろう? その期間さえ何事もなく経てば、あの女の望みどおり自由を与えると言うのだから」


「お前なあ……」


 さすがのエミルもあとの言葉が出なかった。

 

 その夜の夕食は戦士たちのねぎらいと戦勝会を兼ねていて、宮殿の大広間で盛大に催された。皇帝ヴォルフと皇后コルネリアはひな壇のように離れて座り、客に挨拶されこそすれ、互いに言葉を交わすことはなかった。


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