第2章:公爵クロードとの再会
エリューゼ王国、首都レクシール。
貴族街でもひときわ大きな屋敷の門が、ユカの前でゆっくりと開いた。
「うわ、広っ。あと噴水デカっ」
「無駄に感嘆してないでください。今日は“公爵”との正式な謁見です」
「……ライルくん、緊張してる? 可愛いとこあるじゃない」
「緊張というより、あなたが何をしでかすか不安なだけです」
ユカはにっこりと笑った。
この表情が出るときは、たいてい何かを企んでいるときだ。
招かれた理由は不明。だが、ユカにはピンと来ていた。
あの名前――クロード。前世で、彼女が仕えていた最強最悪の社長の名前と非常に似ている。
会議中に数字の打ち間違いを指摘されると、「つまり改善余地があるということだね」と笑うタイプ。ブラックなカリスマ、業績至上主義、でも部下のミスは意外と庇ってくれる……という、腹立たしいくらい「優秀な人間」。
「ようこそ、おいでくださいました。公爵閣下がお待ちです」
メイドの案内で、ユカとライルは応接間へ。
そして――
「……久しぶりだな。いや、転生後は“初めまして”か、ユカ?」
そこにいたのは、間違いなく“あの”クロードだった。
淡い銀髪に整った顔立ち、軍服のようなダークネイビーの礼装。目の奥は相変わらず冷静で、観察者のそれ。威圧感など感じさせないのに、ただ座っているだけで空間が引き締まる。
「あら、公爵閣下。素敵なお屋敷ね。転生しても地位持ちとは、さすがの成績優秀者」
「君こそ。爆発事故を繰り返しながら“魔女”という不穏な肩書を定着させているとか。異世界でも目立つのが得意だな」
「それ、褒めてる? それとも、皮肉?」
「どちらかと言えば“呆れてる”が正しい」
にっこり笑うユカ。
微笑みながら片眉を上げるクロード。
ライルは横で頭を抱えていた。
(この二人、距離感が常に半笑いで殴り合ってる……)
「で? 私を呼んだ理由は? お茶会なら歓迎だけど、まさか“処罰”とかじゃないでしょうね?」
「いや。違う――」
クロードは静かに立ち上がると、ユカの前に一歩、踏み出す。
「“協力関係を結びたい”と思ってね。君の魔術研究――王国としても、無視できなくなってきた」
「……へえ? 私を巻き込むつもり?」
「違うな。君が勝手に暴れて、勝手に国家の問題となったというほうが近い」
「やだ、私、すごくない?」
「……その自信だけは、相変わらずだ」
そう言いながらも、クロードの口元がわずかに緩んでいた。
そしてこの場には、もう一人――ユカに鋭い視線を投げる少女がいた。
「閣下、彼女が“ユカ・エルフォード”ですね」
亜麻色の髪を編み込んだ、貴族の令嬢らしき姿の女性。名は――アリシア・レイヴン。王国の研究機関でクロード直属の補佐官を務めている、頭脳派の女性だ。
「あなたの論文、拝見しました。あまりに“直感的すぎて”理解不能でしたが、興味深い構成です」
「まあ、褒められたってことでいいかしら?」
「それはご自由に。ですが……魔女などという“不穏分子”がクロード様の近くにいるのは、あまりよろしくありません」
「……あら、今ちょっと“女同士の戦い”っぽくなかった?」
アリシアの頬がぴくりと動く。
ライル(よけいな火種がまた……!)
クロード(……やはり、君は手間がかかる)
こうして、
ユカ・エルフォードとクロード・ディアーク――
かつての社長と秘書、異世界で“再会”を果たした。
二人の掛け合いは相変わらず。
だが、周囲はもう、彼らを“普通の人間”とは見ていない。
まして、“魔女”と“公爵”が手を組んだと知れば――
世界が、ざわめかないはずがなかった。