第1章:魔術研究所、はじめました
「おはようございます、ユカ様。……今日は、何が爆発する予定ですか?」
「おはよう、ライルくん。今日はね、屋根が飛ばない程度に頑張るつもりよ?」
そう言って笑ったのは、転生から二年――“魔術研究所”なるものを無理やり立ち上げた伯爵令嬢、ユカ・エルフォード。
ぱっちりした瞳に自信たっぷりな笑みを浮かべ、白衣の上からお気に入りの黒いマントをひらりと翻している。
その目の前には、静かにため息をつく青年――ライル・グレイン。研究所設立時に雇われた事務担当兼護衛兼、被害報告書作成係であ
る。
「前回は、屋根だけじゃなくて、煙突と貴重な絵画も吹き飛びましたが」
「研究には犠牲がつきものよ? というか、絵画は計算に入ってなかったの」
「計算に入れてください。絵を描いた人がかわいそうです」
二人のやり取りは、もはや日常の一部であった。
この世界――エリューゼ王国では、かつて魔法文明が栄えていたが、今や魔法は“過去の遺物”とされている。実際に魔法を使える者は
極めて少なく、貴族も王族も、魔法を語ること自体がちょっと恥ずかしい風潮すらある。
そんな中。
「今日の実験は、“圧縮式・再構築型・集中爆破魔法(仮称)”よ!」
「つまり……また爆発?」
「正確には、“飛び散らないように調整した爆発”よ!」
「学術的進歩が感じられません」
だが、ユカはめげない。
――この世界に“魔女”は存在しない。
だからこそ、ユカは“自分がその概念を作る”ことにしたのだ。
「世界に“魔女”というカテゴリーを創るって、ある意味ゼロイチスタートでしょ? そういうの、すごく価値あるじゃない?」
「ゼロイチスタートにしては、毎回建物がゼロになりかけてますが」
そんなツッコミすらも華麗にかわし、ユカは実験台に向かう。机の上には、自作の魔法陣、古代文書の写本、そして何より――小さな
紅茶のカップ。
「成功祈願に一杯。やっぱり、紅茶と魔法はセットよね~」
「それ、あなたの前世の価値観じゃ……」
「紅茶は万国共通よ!」
ぱん、とユカが手を打ち鳴らした瞬間。
ボンッ!!!
――再び、屋根が吹き飛んだ。
実験後。
屋根からぶら下がるユカと、それを支えるライル。
「ほら、ライルくん。言ったでしょ? 今日は“屋根が飛ばない程度”に頑張るって」
「……飛んでますけど」
「でもほら、床は無事だったでしょ? つまり成功よ!」
「……成功基準のハードルが迷子です」
そんな彼女の“狂騒”は、今日も順調。
だがその翌日――ある知らせが舞い込む。
「公爵クロード様より、招待状が届いております」
ユカの手が止まる。
その名前は――間違いなく、前世で彼女の社長だった男の名。
黒道。
「……へえ。やっと来たわね、あの人」
ふふ、と意味深な笑みを浮かべて。
世界一の魔女を目指す旅が、少しずつ加速していく。