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好きって言うまでそばにいる  作者: 華月AKI


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3/17

君を探す朝

 東京の街は、朝からすでに光と音で満ちていた。

 複雑に入り組んだ鉄とコンクリートの都市。その心臓のように、駅の改札口は絶え間なく人を吸い込み、吐き出していた。


 この街で海都は建築デザイナーとして働いている。この街のあちこちに、彼が手掛けた建物があるのだと思うと不思議な気分だった。


「今度は東京に来てよ。案内するから」

 あの雨の日の夜、社交辞令かもしれないと思った海都の言葉。

 けれど、それでも何かが始まる気がして、史狼は東京行きをなんとなくLINEで伝えた。

 すぐに返事が来た。そこにはひとこと——「池尻大橋駅、改札出たところで」。



 ——池尻大橋。

 思った以上に人が多く、乗り換えの案内表示も、どこか非現実的に思えた。

 慣れない空気に、知らない街の湿度に、少しだけ気圧されながら、史狼は駅前のコンビニのガラスに映った自分をちらと見た。


「……ダサくねえよな、これ」


 ダークデニムのジャケットに、白いTシャツ。

 少し光沢のあるクロスのネックレスは、鏡の前で三度選び直した“勝負アイテム”だった。

 兄・壱狼には「その格好、デートでも行くのか?」と茶化されたが、否定できなかった。

 むしろ、してしまえば何かが壊れそうで、笑ってごまかしただけだった。


「ち、ちげーし。……案内してもらうだけ、だし」


 ぶつぶつ呟いていると、改札の向こう側から、すっと手を挙げる人影が見えた。


「シロ君、こっち」


 スリムなグレーのシャツに、光の加減で淡く色が変わるスーツジャケット。

 涼しげな白銀の髪が、朝の陽射しを受けてやわらかくきらめいている。


「……海都さん……」


 思わず見惚れてしまって、歩みが半歩遅れる。

 都会の空気に馴染みきったその立ち姿が、同じ時を生きてきたはずなのに、ほんの少し遠くに見えた。


「おはよう、シロ君。……迷わなかった?」

「お、おう。ギリ大丈夫だった。……てか、すげぇな、都会って」

「はは、そんなに見回してると、観光客丸出しだよ?」


 そう言って笑った海都の声に、史狼の緊張が少しだけ和らぐ。


 二人で歩き出すと、すぐに分かった。

 海都は自然に歩幅を合わせ、交差点では軽く腕を引いて安全を確認する。道の角では日陰に誘導し、さりげなく自分の歩く位置をコントロールする。


「……なんか、スマートすぎない? 普段からそんな感じなん?」

「ん? 何が?」

「いや、……なんでも」


 言ってから、耳が熱くなる。

 何度も鏡で確認したはずの髪型が崩れていないか気になって、無意識に前髪を直す。


 自分が「一緒に歩くにふさわしい男」になれているのか。

 歩くたびにその疑問が胸の奥に渦巻いた。


 それでも——。


「今日は天気もいいし、午前中はちょっと足を延ばして、世田谷公園でも歩こうか」

「おう。……つか、案内されんの、久々かも。高校んとき以来?」

「うん、そうだね」


 その穏やかな声に、“五年ぶり”という時間がふいに思い出された。


 池尻大橋から少し歩くと、目黒川沿いの緑が視界を潤す。

 大通りを一歩外れただけで、都心とは思えないほどの静けさが広がっていた。


「東京にも、こういうとこあるんだな」

「静かなエリア、ちゃんと探せばたくさんあるよ。

 僕の仕事場も、もう少し先。川沿いで、日当たりもよくて、近くに美味しいパン屋さんもあってね」

「……まじで? 完璧すぎない?」

「まあ、“シロ君が好きそうな街”って思って選んだんだけど」

「……えっ」


 思わず立ち止まってしまった。


 海都は気にせず、前を向いたまま歩き続ける。


「ほら、まだ案内してないところ、たくさんあるから」


 その背中を追いかけて、史狼もまた歩き出した。


 朝の光がまぶしくて、

 表情を見られなくて、少しだけ助かった。


 駅から歩いて十五分ほど。

 目黒川沿いの緑が途切れると、急に空がひらけた。




 世田谷公園。

 噴水広場と小さな遊具、そして周囲を囲むように木々が広がる、静かな空間。

 まだ午前十時前。人も少なく、聞こえるのは自転車のブレーキ音と、風に揺れる葉のささやきだけだった。


「この辺、意外と知られてないんだよ。

 代官山とか下北みたいな“映えスポット”に比べて、地味だから」


 そう言って、海都はベンチに腰を下ろした。

 史狼も、少し間を空けて隣に座る。微妙な距離が、一瞬だけ風のように揺れる。


「けど、いいな。こういう場所……空気がちょっとやわらかいっていうか」

「うん。東京って、意外と静かになれる場所があるんだよ」


 海都の横顔を盗み見る。

 目を細めて遠くの木々を眺めているその顔は、どこか少年のようだった。


「……なあ、海都さん」

 史狼はふと、言葉を探しながら口を開いた。

「五年前のこと……覚えてる?」


 一瞬、海都の視線がこちらを向いた。

 けれど、その表情には驚きも戸惑いもなく、ただ静かな余韻があった。


「もちろん。あの夜、君にブレスレットを渡したことも、ちゃんと覚えてる」


 史狼の喉がかすかに鳴った。

 ブレスレット——あれは、いまもまだ、彼の手首にある。見えないように隠しながら、思わずもう片方の手で触れた。


「……オレさ、あの時、勝手に勘違いしてた」

 目を逸らしながら、ぽつりと言った。

「少しだけ、特別だって思った。……けど、すぐ“弟みたい”って言われて……なんか、全部間違いだったのかなって」


 海都は、静かに笑った。

 嘲笑ではない。どこか、優しい、それでいて少しだけ切ない笑みだった。


「……間違いじゃないよ」

「……え?」

「ただ、あの時の僕は——自分の気持ちに、ちゃんと向き合えなかっただけ」


 その言葉が、ゆっくりと史狼の胸の奥に沈んでいく。

 それは、確かに聞きたかったはずの言葉だった。

 けれど、どう受け止めればいいのか、すぐにはわからなかった。


 風が吹いた。

 ベンチの隣で、海都の髪がそっと揺れた。


「……髪、伸びたね」

「え?」

「前はもっと短かった。……今のほうが、似合ってる」


 そう言って、海都の指がふいに伸び、史狼の前髪にそっと触れた。

 一瞬、息が止まる。


「ちょ、ちょっと……そういうの、やめろって」


 史狼は思わず身を引いた。

 耳が、赤い。手が無意識に前髪を整える。


「“弟”に、そんなことすんなよ……」


 その言葉に、海都の動きが止まった。


 ほんの一瞬、空気が張りつめたように感じた。


「……ごめん」


 海都は視線を落とし、つぶやくように言った。


「昔みたいに、接してるつもりだった。……でも、違うのかもしれないね」


 史狼は言葉を失った。

 でも、胸の奥が、確かに熱くなっていた。


 それが何の感情なのか、今はまだはっきりしなかった。

 けれど、確かに“何か”が変わった気がした。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

少し更新が遅れた分、ボリューム2倍でお届けしました。


次回更新は3/31夜の予定です。よろしくお願いします♪

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