言えなかった言葉
番組へのメールを送ってからというもの——
史狼は、落ち着かなくなった。
朝、顔を洗ったあと。
昼、調査に向かう前。
帰ってきて着替えたあとや、寝る前のソファの上で。
「なあ、海都さん。ラジオから……まだ、返事ない?」
決まって、その言葉を口にする。
海都はそのたび、スマホを取り出してメールボックスを確認し、微笑みながら首を横に振った。
「まだ、来てない。でも大丈夫。送ったばかりだし、週に一度の更新みたいだから、返事もそのタイミングかもね」
「……そっか」
返事はわかってる。
でも、どうしても聞きたくなる。
テープを聴いてからというもの、少女の声が頭の中に残っていて、ふいに耳の奥で囁くような気がする。
あれは“ただの声”じゃなかった。
誰かに届いて、やっと意味を持つもの。
史狼には、それが痛いほど分かっていた。
けれど、日が経つにつれて少しずつ、不安も膨らんでくる。
“もしかしたら、読まれないかも”
“迷惑なメールだと思われたかも”
ある晩。
ソファに座ってスマホをいじる海都の隣で、史狼が呟く。
静かなウルフネストのリビング。
「……やっぱ、オレが送るべきだったかな……そしたら、もっと気持ち伝わったかも……」
画面から目を上げた海都は、そっと史狼の肩に手を置いた。
「十分伝わったよ。ふたりで書いたメールだったから、あの声も“ふたりで見つけたもの”って、ちゃんと伝わったはず」
その言葉に史狼は黙って頷く。
けれど胸の奥では、メールのことだけじゃなく、もっと別の“伝えられていない気持ち”がざわめいていた。
◇
数日後の夜。
静かなウルフネストのリビング。
調査メモをまとめていた史狼のもとに、海都がキッチンから戻ってくる。
「——シロくん」
「ん?」
「……メール、届いたよ。ラジオから」
「っ……!!」
その瞬間、史狼は弾かれたように立ち上がった。
「マジで!? 見せて!」
「うん、ほら。これ」
海都がスマホの画面を傾けて見せる。
——『心を打たれました。ぜひ次回の放送で紹介させてください』——
その一文を見た瞬間、史狼の肩が小さく震えた。
「……やった……! ほんとに……!」
勢いのまま、海都の胸に飛びつく。
驚いたように目を見開いた海都だったが、すぐに優しく腕を回して受け止める。
「すごいね、シロくん」
「や、やばい……なんか、変な汗出てきた……」
「よかったね……本当によかった」
嬉しさと安心が、混ざり合って胸に広がる。
海都のシャツに顔をうずめたまま、史狼は小さく、ふっと笑った。
「……これで、今度こそほんとに“声”が届くんだな……」
「うん。君が見つけた声、ちゃんと世界に届く」
クリームソーダの甘さよりもずっと深くて優しい“安堵”が、今、ふたりのあいだを満たしていた。
——けれど史狼の胸の奥では、まだもうひとつ。
いつか“届いてほしい声”が残っている。
それを言葉にするのは、もう少し先のことだった。




