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好きって言うまでそばにいる  作者: 華月AKI


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14/17

思い出の味と奇跡の声

 沈黙が、やわらかく落ち着いていく。

 お互いの呼吸だけが、部屋の空気をゆっくり揺らしていた。


 やがて、海都が小さく息をついた。

「……眠れそう?」

 耳元でそう訊かれ、史狼はわずかに首を振った。

 胸の奥がまだざわついていて、このままベッドに入っても眠れそうになかった。


 海都は少しだけ腕を離し、視線を合わせる。

「じゃあ……ちょっと散歩しない? 夜風にあたると、少し落ち着くよ」

「……こんな時間に、いいのか?」

「うん。ちょうど、深夜までやってる喫茶店を知ってる」


 その言葉に、史狼は迷わず頷いた。

 玄関を出ると、夜の空気が頬をひやりと撫でた。

 胸の奥の熱はまだ残ったままだったが、不思議と足取りは軽かった。


 ネオンの光と街灯に照らされながら、二人は並んで歩く。

 やがて辿り着いたのは、ガラス越しに古いレコードジャケットが並ぶ、少しレトロな喫茶店だった。


 ガラス戸には手書き風のロゴが描かれていて、“喫茶カルン”という控えめなネオンサインが灯っている。


 中からはかすかにジャズと、カップを置く柔らかな音が漏れていた。


「……いかにも昔ながらの喫茶、って感じだな」


「そう、昼はカフェで夜はバーも兼ねてる。照明も落ち着いてて、落ち着けるよ」


 


 中に入ると、奥の席に案内された。


 壁際のテーブルに腰を下ろすと、メニューを開く間もなく、海都がさらりと告げた。


「クリームソーダ、ふたつ」


「——はっ!?」


 思わず史狼の声が裏返る。


「な、なんで……」


「前に、頼みたかったんでしょ? あのカフェで。無理してコーヒーにしてたけど、少し不満そうだったから」


「……覚えてなくていいって、そーいうのは……!」


 小声でむくれる史狼を見て、海都は微笑む。


 ほどなくして、ガラスの器に乗った美しいエメラルドグリーンのソーダが運ばれてくる。


 ぽん、とアイスクリームが浮かび、さくらんぼがちょこんと乗っていた。


 


「うま……」


 一口、スプーンですくって口に入れた瞬間、思わず呟いた。


 ひんやりと甘くて、少し懐かしい味。


 グラスの中で、しゅわしゅわと静かな泡が弾けている。


 


 ふたりの会話が一段落したころ。


 店内にかすかに流れていた音楽が、番組のジングルに切り替わった。


 


『……この時間は、星とおしゃべりラジオ。今夜も、あなたのそばに——』


 


 史狼の手が、ピタリと止まる。


 スプーンを持ったまま、海都を見た。


 


「……今、なんて……?」


「……“星とおしゃべりラジオ”……?」


 ふたりの視線が、ゆっくりと交差する。


 


「それだ。……夢の中で、あの子が言ってたタイトル……!」


 史狼はスマホを取り出し、急いで検索をかけた。


 数秒の沈黙。


 そして——


「……あった。ネットラジオになってる。……今も、毎週更新されてる!」


 


 声が弾む。


 ようやく繋がった、小さな“橋”を見つけたような気がした。


「……この番組に、澪のことを……」


「うん。きっと、彼女の声を“聞いてくれる人たち”がいる。もしかしたら、澪の家族も」


 澪とラジオごっこをしていた姉が、今もこの番組を聞いている可能性はある。本当にわずかな希望だが、他に手がかりがない以上、その奇跡に賭けるしかない。


 ふたりの間に、クリームソーダのグラスが並んでいた。


  静かな店内で、淡い光がグラスの中をゆらゆらと照らす。

 まるで今、未来がすこしだけやわらかく色づいたような、そんな瞬間だった。


 ——けれど、この一件が終われば、たぶん今の生活も終わる。

 理由がなくなれば、彼は隣にいてくれるだろうか。

 甘く冷たいソーダの泡が弾けるたび、史狼の胸の奥に小さな痛みが滲んだ。


 それでも、目の前の海都の笑顔から目を離せなかった。

 今はただ、この時間が終わらないことを、願うしかなかった。

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