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好きって言うまでそばにいる  作者: 華月AKI


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13/17

届かぬ声を抱きしめて

 史狼は、一つひとつ、ラベルのないカセットを手に取り、ラジカセに差し込んでは再生した。

 再生。停止。再生。停止。

 少女たちの遊び声、何気ない日常、録音ミスの無音――。


 目をこすり、肩を回し、ため息を吐きながら、何十回目かの再生ボタンを押す。

 巻き戻しの音が、頭にじんじん響いた。


(……もう、全部聴いた気がする)


 そう思いかけたとき。

 次の一本、録音の頭に小さなノイズと、呼吸の音が入っていた。


 静かに、慎重に、誰かが話し出す気配がした。


《えーっと、これは○月○日、◯曜日の、"みおの、星のラジオ"のお時間です!》


 史狼は、はっと息を飲んだ。


 今までの“ごっこ録音”とも違う。

 声の調子も、録り方も、少しだけ違っていた。


《リスナーさんからの、おたよりがきてまーす。……って、自分で書いたやつだけどね。ふふ》


 茶化すように、でも少しだけ照れているような笑い。


《おねえちゃんへ。もう、ぜったいに口きかない! って言ったけど、やっぱり、きのうのこと、ちょっと言いすぎたなって思ってます”》


《おねえちゃんのバカ!って言ったけど、ほんとはバカじゃないし、かっこいいし、やさしいし、大すきです。——あ、これ、オンエアされちゃうのヤバいな〜!》


 少しずつ、史狼の胸が熱くなる。


 その声は、まるで手紙のようで、でも、それ以上に“届けたかった言葉”だった。


《……もし、これがだれかに聞かれたら、ちょっとはずかしいけど……でも、いつかおねえちゃんに届いたら、いいなって思って録ってます》


《また、いっしょにあそぼうね。……まいにちじゃなくていいから、きのうみたいに笑ってくれたら、もうそれでいいの》


 喉の奥が、きゅっと締まる。

 少女の声が、まっすぐ心に届いてくる。


《じゃあ、また“来週”ね。星のラジオ、お相手はみおでした〜……バイバイ》


 パチリと止まる再生音。


 静寂の中、史狼はラジカセの前で動けなかった。

 体の芯が、何かあたたかいものでじんわり包まれていく。


(……これだ)


 ようやく見つけた。

 少女の“本当の声”。伝えたかった言葉。きっと、これが最後の一本だ。


「……見つかった、よ……」


 ぽつりと呟いた声が、夜の静けさに溶けていく。

 ——あの子のために、この声を、ちゃんと届けなくちゃいけない。


 そして、自分も。

 伝えられなかった言葉を、ちゃんと、届けに行こう。

 テープの中で、少女の笑い声が、まだ余韻のように響いていた。


 ◇


 カチ、カチ……とラジカセが最後の巻き戻し音を立てる中、

 史狼の胸の鼓動だけが、やけに大きく響いていた。


 そのとき——玄関のドアが開く音がした。


「ただいま」


 海都の声。出かける前より、少し疲れた響きが混じっていた。


 足音が近づく。

 リビングに足を踏み入れた彼は、ソファに座る史狼の姿を見て、少し驚いたように眉を上げた。


「……まだ起きてたの?」


 そう言いかけた瞬間——


「海都さん!!」


 史狼が勢いよく立ち上がり、たまらず駆け寄った。

 そして、ラジカセの横にあったカセットをぎゅっと握りしめたまま、彼の胸元に飛び込むように抱きついた。


「……見つけたんだ。やっと……!」


 海都は戸惑ったように、一瞬だけ息をのんだ。


 だが、すぐにその背に腕を回す。静かに、あたたかく受け止める。

 史狼は、抱きついたまま、少しずつ言葉を絞り出した。


「……あの子が伝えたかった言葉が入ったテープ。あの場所で誰かに見つけてほしくて、ずっと待ってたんだ。……正直、ここから先は難しいかもしれねぇ。届けるのも、見つけるのも……でも、でもさ」


 うまく気持ちがまとまらずに言葉が詰まりかける。でも、今のこの気持ちを聞いて欲しかった。


「……テープの中に、ほんとに……まおの気持ちが、全部詰まってて……。まっすぐで、あったかくて……それ聞いたらオレ……」


 少しだけ体を離して、うつむいたまま言う。


「——オレ、兄貴とちゃんと向き合ってくる。……話してくる」


 その言葉は、どこか決意のようで、でもまだどこか怖がっているようでもあった。

 海都は、ゆっくりと頷いた。


「……うん」


 静かに、でも力強く肯定してくれる、その一言が。たまらなくうれしかった。

 勢いに任せて話し終えた史狼は、ようやく自分が今、どんな体勢でいるのかに気づいた。


「あ……」


 思わず、離れようとする。


「ご、ごめん、オレ……なんか……」


 けれど、海都の腕が、そっとその背を引き止めた。


「……もう少し、このままでもいい?」


 耳元で、囁くような声。

 落ち着いたトーンなのに、心の奥にじんわりと火を灯すような熱を落としていく。


 それ以上、何も言わなくても伝わる。

 優しさにくるまれた、まっすぐな気持ちが、空気を震わせていた。


 重ねた腕の中に、互いの呼吸が溶け合っていく。

 すぐそばで響く心臓の音が、まるで呼応するようにリズムを刻む。


 史狼は目を閉じた。


 この距離にたどり着くまで、どれほど遠回りをしただろう。

 不器用な言葉も、言いかけて引っ込めた気持ちも、すべてこの温もりの中に溶けていく気がした。


 昔のような焦がれるような激しさじゃない。

 けれど、確かにここには“情”がある。

 もう、誤魔化しようもなかった。


 ——でも。


 この一件が終われば、きっと二人の同居生活も終わる。

 理由を失ったら、自分たちはどうなるのか。

 “そばにいたい”だけでは、繋ぎとめられない現実があることも、どこかでわかっていた。


 その未来が、怖かった。

 理由がなくなっても、隣にいてくれる保証なんてどこにもない。


 それでも——いまだけは。

 触れていたかった。

 この一瞬が、終わりではなく、始まりだと信じたくて。


 海都の指先が、ごく自然に背中を撫でる。

 服越しに伝わるその優しい軌跡が、痛いほど心をほどいていく。


 なにも言わなくていい。

 でも、きっといつか言葉にしなければならない。

 それでも、今はまだ。


 「……ありがとな」


 ようやく絞り出したその声は、わずかに震えていた。


 海都は、静かに頷いてくれる。

 その反応が、なによりもあたたかい。


 「君がここにいてくれて、よかった」


 その言葉の温度が、胸の奥でじんわりと広がっていく。


 史狼は、そっと海都のシャツを指先でつかんだ。

 無意識の仕草だった。

 ただ、離したくなかった。


 シャツの皺、その感触さえ、今の彼にとっては確かな“証”だった。


 鼓動、呼吸、沈黙。

 ふたりの間には、もう何もいらなかった。


 言葉にならない想いが、ただそこにあった。


 そしてそれは、

 ——確かに、育ち始めていた。

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