良美ちゃんを救う……
良美ちゃんを救う……
私は近藤社長を殺して首を撥ねた良美ちゃんを救うつもりだった。
救う――
そう、このままでは良美ちゃんが殺人の罪で逮捕されてしまう!
それを何とかしたかった。彼女のアリバイを――彼女には絶対に犯行不可能、そういう状況を作ろうとした。
彼女はウェディングドレスを着て階段の踊り場に現れる。時刻は午後一時半、そう打ち合わせていた。
良美ちゃんはバケツを頭に被り、手に近藤の生首の入ったバケツを……
そのはずだった。それが私が考えていた本格ミステリーのプロットだった……
ブリキの花嫁が手にしたバケツを引っ張り、中を見て「近藤社長!」そう叫ぶ。それを水沼に聴かせる。頭のバケツではなく手にしたバケツを……。水沼にも「バケツの中に近藤の顔をしっかりと見た」そう言って……
それでいて、フェアなミステリーにするために読者にちゃんと手掛かりを与える。
いちりとせは夜這いの歌ではなく、階段のどの位置に二人がいたかを読者に的確に伝えるため、鹿野信吾の手は伸ばしてもブリキの花嫁の頭のバケツには届かない――届くのはブリキの花嫁の手に提げたバケツの方――そういう手掛かりを読者に与えるため……
それを考え出したのは良美ちゃんだった……
彼女はそこまで私のミステリー執筆の応援を真剣に考えていてくれたのだ……
しかし……
階段の踊り場に現れたブリキの花嫁は手にバケツを持っていなかった。半透明のポリ袋に入った生首を提げていた……
それで一度は夢から醒めかけたのかもしれない。しかし……
ポリ袋は半透明で、その中の生首が近藤社長のものではないのは明らかだったのかもしれない。つまりブリキの花嫁は近藤社長だと理解していたのかもしれない。それで私は再び立ったまま気絶してしまったのかもしれない。それで再び夢を見ていた。いや、夢の中に逃げ込んだのだ! 現実から逃げて夢の中に……、ミステリーという夢の中に……、そこではまだ良美ちゃんが生きている夢の中に……
私は現実を拒絶して夢の世界を彷徨っていたのだ。夢の中でありもしないブリキの花嫁が手に提げているバケツを奪った。そして社長の顔を確認し……
「やはりそうだ。近藤社長! 何をしようというのだ!」私は電話の向こうの水沼に聴こえるよう大声を上げた。
そうして立ったまま夢を見続けていたのかもしれない。
「近藤社長に化けている良美ちゃん」そう思い込んでいる――少なくとも私だけは夢の中でそう思い込んでいるブリキの花嫁を水沼と二人で離れに追って……
第一部の十二章は実際そうなるはずのシーンを書いている。
離れに飛び込んだ「近藤社長に化けていた良美ちゃん」は全裸になって、持ち込んだ勝男の生首を放り出して、シャワーを浴びて多少は付いたかもしれない返り血を洗い流したあと、飛び出してくる。そのはずだった……
そのまま離れを水沼と三人で後にして母屋で朝を迎えれば、離れに社長の生首があり、母屋の二階に社長の首なし死体がある、そういう朝を迎えるはずだった。
密室はどこにもないが、少なくともブリキの花嫁は近藤社長だと水沼が思ってさえくれれば、私と良美ちゃんには犯行は不可能になる。ブリキの花嫁が離れに飛び込んですぐに良美ちゃんが飛び出してくれば、それほど短い時間での殺害と斬首は不可能だ。
――密室なんてどうでもよかったのだ!
ただ、良美ちゃんと自分には犯行不可能――そういう状況を作りたかった。
勿論、朝まで水沼と一緒にいれば、彼にも犯行は不可能。
いや、水沼は良美を殺しているから、何とかしてすべての犯行を水沼になすり付けられないか? それを考えていたかもしれない。しかし、とにかく良美ちゃんを犯罪者にするわけにはいかない、そう考えて行動していたのだ。
第一部の十二章は「そうなるはずだった」シーンだった。
* * *
「ふーむ。何とも奇妙な……。鹿野信吾は多重人格で、気絶している時には主人格はそういう夢を見ていた。それを小説に書いていた。なるほど辻褄は合う」首猛夫が唸った。
「しかし、現実には勝男が良美ちゃんを殺して、その首をポリ袋に入れて手に提げて階段を降りてきた」尾崎凌駕が断言する。
「いや、少し違うでしょう」と、首猛夫。
「あ、そうですね。ポリ袋の生首は良美ちゃんではなくて良美でしたね……会長の娘の。なるほど、まあ、続けましょう」
尾崎凌駕はアプリに読み上げを再開する。




