別荘に到着
別荘に到着
別荘に到着した時、既にほとんどの招待客は帰っていた。首猛夫は基本的に忍びに徹した。小説内で「サングラス&マスク男」が所々に登場するが……
第一部 十章に
そうして私は水沼の部屋を出た。窓の外に離れに向かう人影が一瞬見えた気がした。それは良美だったのかもしれないし、あのサングラスとマスクの研究員だったのかもしれないし、単に私の見間違いで、風に木が揺れただけだったのかもしれなかった。
そう書かれている人影は恐らく首猛夫だったのだろう。
また 第二部 一章に
いや、母屋の裏から、じっと二人を窺う何者かがいたとでもしておこう。時代劇なら忍びの者とも言えるようなすっかり気配を消した、その者がいたとしておこう。顔にはサングラスとマスク。そういう者が聞き耳を立てている。
これも首猛夫で間違いない。ただ――
それでは水沼に着いて行ってみよう。
小説にはそう書かれているが、それは嘘だ。首猛夫はしばらくずっと外にいて様子を窺っていた。
階段の「いちりとせ」は見ていないのでバケツが引っ剥がされたかどうかはわからない。
小説の登場は、あと……
そうだ、五回目のお茶会で黒服が……
「離れの前が無人になった時にちらりと映像に現れたサングラスとマスクの人物がいましたので、それが首猛夫かと」
それは正しい。ではその辺りから書くとしよう……
* * *
首猛夫は別荘の外でライラックの茂みに身を潜め、じっと離れの玄関を監視していた。
何が起こるかわかるはずもないが、会長から、
――「針金の蝶々」の内容から離れを注意するように。
そう言われてはいた。
まだ、明るいうちからずっとそこにいたので、離れへの出入りは完全に把握していた。まず、離れの中には最初誰もいなかった。バスルームの「例のあれ」に一瞬たじろいだが、すぐにそれが人体模型であることには気づいた。首はなかったが特にポリ袋は被されておらず、少なくともその首の切断面を見れば作り物であることはすぐにわかった。念のため、その肌を触ってみたが、なかなかよくできてはいるが人体模型以外の何物でもなかった。
因みに臍の横に手術痕があるのか? ないのか? は確認しなかった。
人体模型の股間も一応確認したが、意図的にだろう、マネキンのように何もない風に加工されていた。まあ、良心的だ。
だいぶ夜も更けた頃、会長から電話が来た。リアルタイムで監視している青服から「勝男が妻の良美を殺して首を撥ねた」との連絡があった、とのことで、断腸の思いで勝男の処分を改めて命令する、との電話だった。
しばらく、そのまま茂みの中で、どう実行するか? を考えていると、母屋からサングラスとマスクで顔を隠した――青服がアタフタと出てきた。青服はこちらには気付かず別荘を飛び出していく。恐らく手に持っていたのはカメラの映像をコピーしたリムーバルディスクだろう。
勝男の処分に動こうと思ったが、念のため少し待つことにした。青服はカメラの映像を会長に届けるはずだ。万が一、それを見て会長がストップを掛ける可能性もゼロではないだろう。何しろ人一人を殺すのだ、間違いは許されない。
殺し屋の仕事を請け負ったとはいえ、できれば命令がキャンセルされる方がよかった。もちろん、仕事は責任を持って遂行するが……。やはり嫌な仕事だった。
そのうち麓のホテルから駆け付けたらしい黒服がやってきて、母屋に入っていった。茂みに隠れている首猛夫には気づかなかったようだ。念のためもう少し待つことにした。
どれくらい待ったかわからぬが、キャンセルされることは諦めて勝男の処分に動こうと腰を上げた時、再び会長から電話があった。母屋二階の勝男の妻良美の殺害と斬首を映像で確かに確認したとの連絡だった。
それで意を決して……
いちりっとせ♪
微かではあるが、そんな歌が聴こえてきた。
いや、母屋の玄関は閉まっていたので聴こえないはずだが、深夜でひっそりしていたせいもあり、微かに聴こえてきたのかもしれない。
誰の声かはわからないが、かわいい声でその子供の遊びの歌が聴こえてきた気がした。
やんこやんこせ♪
しんからほけきょ♪
は ゆめのくに♪
そこまで歌われたかどうか? は記憶にないが、その後母屋内のドタバタが聴こえてきて……
「尾崎社長が――」とか「良美ちゃん」とか「バケツが云々」とか「鬼の仮面が」とか二人の男性の大声が響き渡り――
玄関から飛び出してきたのはウェディングドレス姿の――
そう、首猛夫にはハッキリわかった。
勝男だった。尾崎勝男、会長の息子、勝男だった。
確かに飛び出してきた時には鬼の面を被っていたが、離れの玄関を開け、飛び込む寸前に仮面を外し、手に持っていたバケツに被せるように置いたのだ。
その時の横顔はまぎれもなく尾崎勝男だった。
その後ろからドタバタと二人の――
一人はどこかで見たような顔であったが、その時はまだわからなかった。もう一人は完全に知らない顔だった。
中に踏み込むか、どうか、二人は相談していたが、一人は可哀そうなくらいオドオドしており、一人は常に冷静だった。冷静な方が首猛夫が全然知らない顔だった。
そして冷静な方が母屋に戻り、どこかで顔を見たことある方が離れの裏に回っていった。
離れの玄関前が一瞬無人になった時、首猛夫は素早く行動した。ドアノブを回し、玄関の扉を静かに開ける。しかし、ドア・チェーンでドアは十センチ程度しか開かない。音をたてないように気を付けたが、結構な力は込めたので、ドア・チェーンには細工はないのは確かだった。
僅かに開いたドアの隙間から中を窺うと床にウェディングドレスが広げられようとしていた。他に鬼の面とバケツが転がっている。そして――
何かが入ったポリ袋。半透明なため、生首らしきものが確かに入っているのがわかった。
ドレスを広げているのは下着一枚の男性。ショーツらしきものを履いているが股間の感じで間違いなく男――
顔も確認できた。当然だが勝男だ!
たった今、離れに飛び込んだ勝男が、ウェディングドレスを脱いで、それを床に広げているところだった。
首猛夫はそっとドアを閉めた。うろ覚えだが、奥のベッドにはまだ何もなかったと思う。
さて、その後のことはまだ書くことはできない。書いたらミステリーでなくなる。
それで少し時間を飛ばす。




