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殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)  作者: 尾崎諒馬
第五部 アンチ・ミステリーに読者への挑戦状は付くか否か?
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事件について語る

 

    事件について語る

    

 ここからは藤沢が書いているが……

 藤沢の本名は伏せておく。尾崎凌駕には話したが、それが本当の本名なのかは藤沢にしかわからない。しかし、藤沢にはもう一つの名前――コードネームがあって……

 

   首猛夫(くびたけお)

 

 名付けたのは尾崎睦美会長。(黒服、青服と同じく、首猛夫という名前は埴谷雄高の死霊の登場人物から取っている)

 ちなみにこの章は小説の外の現実を書いてゆくので、現実の固有名詞で進めていく。

 近藤グループ、近藤メディボーグではなく――

 尾崎グループ、尾崎メディボーグ――

 

 ただ、本名だと同姓同名がいて紛らわしいので、その辺は注意して書こうと思う。

 

 首猛夫というコードネームを拝命したのは、もしそうなった時――尾崎睦美会長の息子、尾崎勝男のサイコパスが完全に発露し、彼が殺戮を開始してしまった時に、その「後始末」を秘密裏に行うこと――そういう契約を会長と結んだ時だった。

 警察の人間だったというのは本当だ。ただ、自主退社を余儀なくされた。しかし、そのことは納得している。自主退社を迫った、県警の「上」に恨みは何もない。悪いのはすべてこちらなのだから――

 あの別荘での事件から遡ること二年、ある間違いで人を(あや)めた。そのことについて詳しく書く気はない。正直、この小説とは無関係な話だ。

 本来なら当然逮捕され裁かれるはずであった。しかし、県警の「上」の闇は守ってくれたのだ。不利な証言や証拠は早い段階で揉み消され、捜査の対象にすらならなかった。

 それは不本意なことでもあったが、自分ではどうすることもできず、ただ病気を理由に自主的に退職することとなった。

 退職後、正直、仕事が見つかるか? 生きていけるか? 不安だった。しかし、それを救ってくれたのが尾崎睦美会長だった。そうして会長室所属の一会社員として、尾崎グループの従業員となった。

 実際の仕事は……

 正直、何もしていない。流石にバツが悪いので、月に二回ほど出社して会長と話をすることは続けていたけれども……。特に何も仕事は命じられなかった。

 ただ……もしそうなったら、勝男を処分する……という重い命令は受けていた。月々の給料はその対価だった。

 ずっと、仕事していない時期を過ごしていたが、ついにその時がきてしまった。対価としての給料をもらっていた以上、その時が来たら、命令を実行する必要があった。それが殺し屋という仕事だった。

 

 その日の午後、会長から電話があった。

 ついに息子のサイコパスが完全に発露してしまったかもしれないとのことだ。

 過去に何度か息子が殺戮者に変貌した時――この時は対象が人間ではなく小動物だったこともあり表立った事件にはならなかったが――、会長はその変貌の前後に彼があるキーワードを発するのを聞いている。そして今回、息子と電話で話す中で、そのキーワードを確かに会長は聞いたのだという。

 尾崎勝男と良美ちゃん夫妻は、別荘でのパーティの前に佐藤稔、良美夫妻をその自宅に訪ねたそうだ。夫妻をパーティに誘ったらしい。

 会長はそれを勝男から聞いたそうだが、非常に心配していた。会長は娘の良美にはパーティに出席してもらいたくなかった、そう言っていた。何か虫の知らせがあったのかもしれない。

 勝男の結婚を機に娘の良美にも多少は尾崎家との関係を修復してほしいとは思ってはいただろうが、勝男と良美、二人の子供が接近するのを会長は恐れていた。

 そこで何があったのかはわからない。少なくとも首猛夫にはわからないことだ。

 ただ、勝男から会長に電話があった……

 その会話の中で、勝男がキーワードを発した、というのだ。

 とにかく、尾崎メディボーグの従業員佐藤稔宅で会長の娘、佐藤稔の妻、良美が大変なことになっている可能性があるとのことだった。

 

 首猛夫は会長からの命令で、すぐにその佐藤稔宅へバイクを飛ばした。

 佐藤稔宅は呼び鈴を鳴らしても応答はなく、玄関は施錠されていた。別に密室というわけではなく、普通のシリンダー錠で、家の主が鍵をかけて外出しているだけだと思ったが、一応中を確認することにした。

 住宅街だったが、少し寂れていて、外には人影はなくひっそりとしていた。念のためバイクを少し離れた空き地に停めて徒歩で戻ってくる。シリンダー錠の開錠は道具と知識さえあれば、何のことはない。すぐに中に入って――

 そうして、中に侵入した首猛夫が奥で発見したのは女性の服装をした首なし死体だった。念のため書いておくが決して人体模型ではなかった。

 それが誰の死体なのか? 首猛夫にはわからない。

 仮に首があったとしても恐らくわからない。首猛夫は会長の娘の良美の顔を知らなかった。知っているのは勝男の顔だけだ。会長に殺し屋として雇われた時、勝男の顔だけはしっかり頭に入れるように言われていたし、それ以外の会長の家族の顔は首猛夫は一切知らなかった。勝男の妻の良美ちゃんも顔は知らなかった。

 首猛夫は会長に電話した。首のない、女性と思われる遺体がある、そう告げると、会長は嗚咽した。

 ――本当に? 間違いないのか?

 何度も会長が訊くので、娘さんの身体の特徴が何かないか? それを確認した。

 会長はかなり躊躇していたが、重い口を開いた。

 ――アソコに特徴的なホクロがある……

 首猛夫は首無し遺体を確認して、会長に告げた。

 ――間違いないです。女性です。そしてホクロがあります。

 

 これで、会長は青服を別荘に向かわせ、黒服を麓のホテルに待機させた。そして首猛夫も別荘に向かった。

 三人ともサングラスとマスクで顔を隠していた。

 

 以後は、別荘での話になるが、その前にこの佐藤稔宅の殺人事件について書けることを付記しておく。

 致命傷はよくわからない。胸に深い傷があり、出血も酷かったが、それが生前のものか? 死後のものかは不明だ。首の切断は恐らく死後だと思うが、それも定かではない。

 簡単に家の中を捜索したが良美と思われる生首は発見できなかった。ただ、冷蔵庫の中に頭と首に電極らしきものが突き刺さった犬の生首はあった。

 凶器は奇麗に洗われてキッチンの流しに置かれていた肉切り包丁かと思われたが、それも定かではない。小説で水沼、すなわち佐藤稔が階段から突き落としたと告白しているが、それが直接の死因なのか? それも不明だ。

 そう、すべては藪の中……

 ただ、会長の娘、良美が殺されて首のない死体になっている、それは事実だった。殺したのが勝男なのか、佐藤稔=水沼なのかはわからない。

 しかし、首を撥ねたのは勝男しか考えられなかった。

 厳密な証明はできないが、少なくとも会長はほぼ決断したようだった。「首猛夫、命令を実行する時が来たかもしれない」会長は苦し気にそう言った。「準備はしてくれ、本当に実行するに当たっては改めて命令するから……」



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