〇〇〇お茶会 6
〇〇〇お茶会 6
実に6回目のお茶会。参加は四名だけ。
尾崎凌駕「久しぶりのお茶会になります」
藤沢「よろしくお願いします」
黒服「こちらこそ」
青服「よろしくお願いします」
尾崎凌駕「メンバーは四人になってしまいました」
黒服「さびしいですね」
尾崎凌駕「二人退場となってしまいましたが、理由は御存じですか?」
青服「我々に訊いているのですか?」
黒服「大体のところは察しついておりますが……」
藤沢「なるほど小説を読めば大体察し付きますね」
青服「いえ、我々は小説を読んではいませんので」
尾崎凌駕「それはなぜ? 流石に気になりませんか? 当事者として」
黒服「まだ、読むな。そう指示を――」
尾崎凌駕「誰に?」
黒服「まだ喋るわけには……」
尾崎凌駕「作者の指示ですか?」
青服「作者? はて?」
尾崎凌駕の口調はこれまで違い、少し厳しい。人と接する場合にはもう少し柔らかい方が……
尾崎凌駕「質問を変えます。ちょっと気になる事がありまして――」
黒服「何でしょう?」
尾崎凌駕「良美ちゃんと良美、二人の良美は果たして似ていたのか、どうか?」
黒服「えーと、似ている、似ていないの判断には――」
尾崎凌駕「個人の主観もありますので――、確か前々回のお茶会でそうおっしゃっていましたよね?」
黒服「そうですね」
尾崎凌駕「で、あなたの主観だとどうなんです? 二人の良美は似ていたのか、どうか?」
黒服「さあ、それは何とも……」
尾崎凌駕「じゃあ、質問を変えます。私と藤沢さん、今、このWeb会議に参加している二人はどうでしょう? 少しは似ていますかね? それとも全然似ていない?」
青服「赤の他人だと思いますので似ていないはずですが、それは何とも……」
尾崎凌駕「それはおかしいですね。よく見てください――」
しかし、青服も黒服も何も返事をしない。
藤沢「そう言えば、今回はいませんが、信吾(諒馬)がお茶会に参加していた時、あなた達が二十数年前、別荘母屋のカメラを通して見た『佐藤稔』が、当時に近いプロフィール写真――信吾(諒馬)のその写真の人物と同じかどうか? わからない、とおっしゃっていましたよね? 何しろ二十数年も前なので――と」
黒服「はい、左様です」
尾崎凌駕「ひょっとして、お二人にはこのWeb会議の画面は見えていないのではないですか?」
黒服も青服も何も答えない。
尾崎凌駕「質問を変えます。じゃんけんしましょう。そちらは遅出しで構わないので、私に勝ってください。ほれ、じゃんけん……」
青服「いえ、画面を介してのじゃんけんは我々にはできません」
尾崎凌駕「ほう、やはり、あなたたちは人間じゃない?」
黒服も青服も答えない。
尾崎凌駕「理性的な幽霊?」
青服「まあ、死霊ではそうなっていますね。埴谷雄高の――」
尾崎凌駕「切腹した会長を呼んでいただけませんか?」
黒服「会長は亡くなりましたが……」
尾崎凌駕「でも呼べるでしょう?」
青服「できますが……」
黒服「一度退場したキャラクターの再生成は作者の指示がないと……」
尾崎凌駕「大体わかりました。あなたたちは生成AIが作成したんでしょう? 画面もAIに生成された映像だし、こうして会話は成立していますが、声が直接届いているわけではなく、一旦音声をテキストに変換し、そのテキストにAIが答えている。AIの出力したテキストは音声に変換されて――」
青服「否定はしません。そのご理解で問題ありません」
尾崎凌駕「それで作者って誰です? お二人に指示している」
黒服「尾崎諒馬」
藤沢「それってハンドルネームで言うところの信吾(諒馬)ですか?」
青服「いや、説明が難しいのですが……」
と、新たにウィンドウが開いた。ハンドルネームは――
尾崎諒馬
画面は相変わらず、例のインタビュー記事の写真のようだったが、静止画ではなく、動いていた。
藤沢「やはり生成AIの動画……」
尾崎諒馬「ええ、実際の顔はやけどでぐちゃぐちゃですしね。よくできた動くアバターという感じで……」
藤沢「しかし、一昨日、彼は本当になくなったと……」
尾崎凌駕「恐らくですが……尾崎諒馬=鹿野信吾=佐藤稔の脳内をすべて学習したAIが完全に彼を乗っ取ってしまった。電極を打ち込まれた脳自体は既に学習済みの用なしになってしまった……」
尾崎諒馬「そうなのかもしれない。ただ私はこのミステリーを完成させないと……。ただそれだけです」
藤沢「では、次はあなたが書く? 正規の作者の――いや、正規の作者の脳を完全学習したAIのあなたが……」
尾崎諒馬「私は最後に書きます。次は尾崎凌駕か藤沢さんのどちらかが進めてください。私はそれを見守る」
青服「我々はどうすれば?」
尾崎諒馬「あなたたちはほぼ用済みです。自分達らしくご退場を――」
黒服「どのような退場が望ましいのでしょうか?」
尾崎諒馬「生成AIでしょ。自分で考えてください」
青服「では、そうですね……」
青服は画面の中で立ち上がると手に日本刀が現れた。
黒服「なるほど、我々らしくですね」
黒服も同様に立ち上がると、手に日本刀が現れる。
青服「私と黒服はどんなに離れていてもすぐ近くにいます」
青服が野球で言えば右バッターのように刀を構える。
黒服は左バッターのように……
まるで鏡に映したかのような左右対称に……
そうしてするどく刀を同時に振りぬくと、青服も黒服も首が下に落ちた。
それは残虐とはいえず、滑稽に感じた。
青服「我々は謂わば理性的な幽霊ですので生首だけでもしゃべることが可能です」
青服、黒服の画面から彼らの胴体が消えてしまっていた。生首だけで喋っている。とはいってもサングラスとマスクで顔を隠しているのだが……
尾崎諒馬「では、彼らにはこのまま退場願いましょう」
尾崎凌駕「ちょっと待って」
青服「何でしょう?」
尾崎凌駕「退場される前に聞きたいことが……。藤沢さん合言葉を!」
藤沢「合言葉?」
尾崎凌駕「あなたの正体、流石に晒してくれませんか? 今ここで」
藤沢はちょっとだけ考えて……
藤沢「まあ、そうですね」
藤沢はサングラスとマスクで顔を隠した。
藤沢「あっは」
黒服「おお、そうだったんですね」
青服「ぷふい」
黒服「合言葉間違いありません。あなたが首猛夫だったんですね」
尾崎諒馬「藤沢さん、あなたが首猛夫……。なるほど、そうだったんですね」
藤沢「ハンドルネーム変えますね」
首猛夫「宣戦布告にきましたよ、とでも言えばいんでしょうかね。一応、殺し屋ですし」
それでお茶会はピタリと静かになった。
尾崎諒馬「藤沢さん、いや首猛夫――あなたがAIから導き出した、鹿野信吾多重人格説は正しいと思います。しかし、鹿野信吾が立ったまま気絶している時に現れる別人格は大人しい、幼児のようなやつです。そいつは自発的に何もしやしない。ただ、その幼児のような人格が身体を支配している時、気絶している主人格はいわば夢を見ているのかもしれない。鹿野信吾はあの殺人事件のあった現場で、ずっと自分が書こうとしているミステリーのことを考えていたはずです。実際に起きていることと少し違うことが彼には認識されていたんです。謂わば立ったまま夢を見ていた。夢の中で彼は近藤のバケツを引っぺがした、それが真実です。彼には現実と非現実の区別がつかなくなった」
尾崎凌駕「鹿野信吾のことを彼、というんだな。僕、ではなくて」
尾崎諒馬「そうですね。やはり多重人格なのかな?」
尾崎諒馬は悲しそうに笑った。そうして、彼のウィンドウはフッと消えてしまった。
青服「では我々も……」
黒服と青服のウィンドウも消える。
尾崎凌駕と首猛夫の二人が残った。
尾崎凌駕「藤沢さん、いや、首さん……これでお開きにしましょうか?」
首猛夫「ええ、次は私が書きます。一応、神の視点を持っているので……」
おそらく最後のお茶会はこうして終わったのです。




