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殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)  作者: 尾崎諒馬
第五部 アンチ・ミステリーに読者への挑戦状は付くか否か?
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やられた(藤沢)

このエピソード少し書き直します 2025/02/28 8:08

⇒2025/02/28 8:41 書き直しました。


    やられた(藤沢)


 藤沢は「やられた」そう思った。

 事件後最初に駆け付けたのは消防だった。警察が駆け付けたのはだいぶ後で、別荘は全焼している。とても離れが密室だったかを直接確認できるわけがない。

 いや、そもそも密室は鹿野信吾がナタで破壊している。尾崎凌駕の誘導尋問に引っかかってしまったのだ。

 ――仕方ない……

 藤沢は一歩退いて、尾崎凌駕から距離をとった。

「私の正体ですか?」

 藤沢は左手を右耳の辺りに持っていき、右手で顔を隠した。そうして、ゆっくりゴムのような仮面を引き剥がしていく。

「あなたは一体?」尾崎凌駕が驚いた声を上げる。

「私は尾崎勝男――この夢の国では近藤勝男――つまりは近藤社長ですよ。生首は結局おもちゃで、首のない死体は近藤社長のものではなかった。よくある本格ミステリーの定番ですよ。死んだはずの男が生きていて、それが真の犯人――」

 藤沢の手にはいつの間にか牛刀が握られていた。

 

    *   *   * 

 

「このシーンも私が書いていいんですよね」藤沢が笑って訊く。

「あなたがよければ」尾崎が答える。

「だったら、遊びで嘘を書きますよ。変装を解いて仮面を引き剥がす。そうして『私は近藤社長だと』そう言い放つシーンを書くかもしれない」

「まあ、ご自由に」尾崎は呆れたように「あなたの本名は前、聞きました。でももう一つ名前があるでしょう?」

「なるほど、すべてお見通しですね」藤沢は笑った。「私は――いや、まだやめておきましょう」

 それで長い沈黙が訪れる。

「まあ、いいでしょう、今日のところは」尾崎が沈黙を破る。

「流石ですね。ひとつ教えてください。どうして私の正体に疑問を持ったのですか?」藤沢が訊く。

「間取り図ですよ。何故、あなたがあれほど詳しい間取り図が書けるのか? 現場をよく知らなければ書けないはずだ。警察が駆け付けた時、別荘はほとんど燃えていた」

「いや、基礎は残ってますよ。そこから間取り図は……」

「いや、基礎が残っていても二階は無理でしょう?」

「なるほど、おっしゃる通り……。脱帽です。私が正体を明かした後、いろいろ事件について話すことはできます。ただ私にもわからないことはあります。だからずっとこの小説を読んできたわけで」

「黒服、青服に指示をしていたのはあなたなんですか?」唐突に尾崎が訊く。

「いえ、違います。黒服、青服の二人がどうも……。あれは人間でしょうか?」

 尾崎凌駕は何かを考えるように返事をしなかった。そして徐に……

「作中人物のすべてが、物語を構成し進展し説明するためのロボットにすぎぬ、ですかね?」

「何ですか? それは?」

大下宇陀児(おおしたうだる)の『虚無への供物』の選評です。ミステリーの登場人物がまるで人間らしくない……。俗に言う()()()()()()()()()

「まあ、確かにWeb会議システムでしか会っていないし、更にマスクとサングラスで顔を隠しているわけで……」

「ふーむ、あなたもご存じない……。恐らくですが」尾崎は眉間に皺を寄せて「胡散臭いあいつらは……、いやまだやめておきましょう。とにかく彼らは誰かの指示で喋っている」

「誰かの指示? 誰の?」藤沢が訊く。

「あなたでないとしたら、おそらく、作者」投げやりな口調で尾崎が言う。

「作者? それは尾崎諒馬=鹿野信吾=佐藤稔?」

「そうだとも言えるし、既に違うとも考えられる」少し沈んだ声で尾崎が言う。

「はて、よくわからないですが……」

「尾崎諒馬=鹿野信吾=佐藤稔は亡くなりました。一昨日ですが……」

 藤沢は尾崎のその言葉の意味がすぐにわかった。「落ち着いたら」最初に尾崎凌駕がそう言った時に薄々感じてはいた。

「すると、この小説はどうなります? もう尾崎諒馬が書くことはない?」

「それがわからない」尾崎は首を横に振る。

 藤沢は意味が解らなかった。

 それを察して尾崎凌駕がこう言う。

「次は私が書きます。だから、あなたも書いてほしい。できればご自分の正体を明かした上で……。二人でこのWeb小説『殺人事件ライラック~』を完成させないと……」

「二人で書けば真実に到達する? そうですね?」

「ええ、たぶん」尾崎は笑った。

 そして、そのまま二人は別れた。

 言っておくが、藤沢の手には牛刀は握られてはいない。彼は尾崎凌駕を殺すつもりは微塵もなかった。

 だが、二十数年前、彼の手に牛刀があった――血に染まった牛刀が握られていた可能性はゼロではなかった。



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