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殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)  作者: 尾崎諒馬
第五部 アンチ・ミステリーに読者への挑戦状は付くか否か?
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別荘廃墟にて(藤沢と尾崎凌駕)


   別荘廃墟にて(藤沢と尾崎凌駕)


 Web小説「殺人事件ライラック~」の連載は最後「読者への挑戦状」で()()()()

 連載が止まったのでなく、()()()()のだ。なぜなら、三日後、すべてが削除されてしまっていた。

 驚いた藤沢は尾崎凌駕に連絡を取り、こうして会っている。医療センターに押しかけてもよかったし、Web会議でのお茶会でもよかったのだが、尾崎凌駕は別荘廃墟で会うことを希望した。

「すっかり、季節が変わってしまいましたね。秋というより、もう冬ですね。寒くて申し訳ない。こんなところに呼び出して……」尾崎は済まなそうにそういう。

「いや、別に構いませんよ。それより、連載が終わった――いや、すべて削除されましたよ、読者への挑戦状が掲載され、その数日後くらいに――」

「私が消したのです」

「なぜ?」

「いや、落ち着いたらまた最初からUPしますよ。今までの連載は謂わば下書きですよ。藤沢さんが書いた間取り図もきちんと適所に取り込まないといけない。とにかく落ち着いたら、最初からね」尾崎は少し悲し気にそう呟く。

「落ち着いたら? それは――」藤沢は何かを察したが「まあ、わかりました。とにかく最初からまたUPされるんですね」

「ええ、それが彼の望みですから、僕には邪魔する権利はない」尾崎はきっぱりと「挑戦状があったからにはこれでは終われない。密室の謎は解かれないと……」

「あなたが謎を解く?」藤沢が尋ねる。

 尾崎凌駕は質問に質問で返す。

「で、あなたがそれを小説に書く?」

「私がワトソンであなたがホームズ?」と藤沢。

「ご不満ですか? あなたがホームズで私がワトソンの方がいいですかね?」尾崎が茶化した。

「まあ、私がワトソンでいいですが――まあ、私の推理は間違っているに違いない」

「ほう、推理したんですか?」

「推理じゃなくて調査かもしれませんが……」

「調査? 何を?」

「良美ちゃん――謎の女、良美ちゃんの出生です。尾崎勝男――小説では近藤勝男、近藤社長の妻の――」と藤沢。

「本名は祐天寺良美でしたね」

「そう、尾崎凌駕さん、あなたが取った二人の戸籍謄本でそれがわかる。で、私はもっと戸籍を追ってみました」

「ほう、何がわかりました?」

「祐天寺良美の名付け親は祐天寺良美でした」

「ん? それはちょっと面白そうですね」

 この章は藤沢が書いている。セリフではなく良美の出生について地の文に書いてみると――

 祐天寺良美。父母不詳。戸籍はそうなっている。

 彼女は孤児だった。施設で育てられ、結局養親もいなかった。施設職員が付けた名前が嫌で、成人後に自分で姓も名も変更していた。変更前の名前は――

「いや、もういいですよ。祐天寺良美の変更前の名前なんてどうでもいいでしょう」尾崎が藤沢を遮る。

「そうですね。まあ、とにかく私も戸籍を追ったり、いろいろ調査したんです。祐天寺良美は孤児ですが、父親はわかりました」

「尾崎睦美――小説で言えば近藤睦美、会長だと言いたいんでしょう?」

「そうです。近藤睦美――会長には本妻以外に女性が多くいたんです。名は体を表すというか、避妊を嫌っていた会長にはそれで隠し子がいたんです。しかし母親の方も育てられなかったのでしょう、彼女は孤児になり施設で育った――」

「しかし、会長は見捨てたわけではなかった。少なくとも経済的には――」

「ええ、良美ちゃんの施設におそらく多大な寄付をしていますね」

「つまり、尾崎会長は成人した祐天寺良美を息子勝男の嫁に迎えることで――」

「ええ、それで義理の娘にできます。自分の娘――本妻ではない女性に産ませた娘――認知しなかった娘を義理ですが娘にしてあげられる」

 尾崎凌駕は複雑な顔をしていた。そのまま何も言わずにいる。

「しかし――」尾崎凌駕は少し苦しそうに「それは何かの間違いじゃないですか? 大体、祐天寺良美が本当に会長の娘だったとすると、息子勝男との結婚は異母兄弟の結婚になってしまうじゃないですか? 血が繋がっている。生まれる子供のことを考えると――」

「本当は会長は孫は諦めていたのではないでしょうか? 勝男は最終的に女性として生きていきたい、そう言っていたんでしょう? 実際身体つきも女性のように可愛らしかった――まだ手術はしてないにしても、ホルモン療法は受けていたとの情報があります。子供を作ることはかなり難しかったのでは?」

「まあ、そうかもしれませんが、藤沢さんのその調査結果を信じるのは難しいですよ」

「なぜ?」藤沢はじっと尾崎凌駕の顔を見た。

「戸籍謄本を役所から取得するのは結構やかましくて、誰でも取れるわけじゃないはずです。本人以外だと直系の親族とか、それも正当な理由がないと――」

「なるほど、正当な理由とは例えば遺産相続絡みとか?」藤沢はすこしふてぶてしく笑った。

「なるほどね」尾崎凌駕も降参という顔をした。

 尾崎凌駕はポケットから一枚の紙を取り出すと藤沢に渡した。

 

戸籍謄本(全部事項証明)

本籍地:xx県xx市xxx x丁目x番x号

筆頭者:佐藤 稔

戸籍編成日:200X年1月xx日


氏名     生年月日    続柄  婚姻日     備考

佐藤 稔  19xx年9月11日 本人 200X年1月xx日 尾崎良美と婚姻

尾崎 良美 19xx年6月7日  妻   200X年1月xx日 姓を「佐藤」に変更

                        200X年5月xx日死亡


証明事項:上記の内容が法務局の記録と相違ないことを証明します。

発行日:200X年6月xx日

発行役所:xx県xx市役所 戸籍課


署名・公印:

xxxx市長 印


 紙は戸籍謄本だった。紙は少し色あせていた。

「私の母の名前は良美です。尾崎睦美会長の初恋の人かはわかりませんが、会長とそうした関係のあった女性です。もう亡くなりましたが……」尾崎凌駕は少ししんみりと「確かに遺産相続絡みかもしれません。会長の二人の子供、良美と勝男は私にとって異母兄弟に当たります。それでその二人が亡くなった後、戸籍謄本を取って見たんですが、市役所職員もすんなり理解してくれましたよ。それをあなたは私に白状させたかったわけですね。それで祐天寺良美の戸籍調査の作り話を――」

「作り話? いや、そうですね。祐天寺良美が本当に会長の血を引いているかはわかりませんが、孤児で自分で名前を変更したのは事実です」

「それが、尾崎諒馬の『思案せり~』の登場人物と同姓同名なのは偶然でしょうか?」

「偶然かもしれないし、何かあるのかもしれない。彼女は尾崎諒馬の幼馴染なので、ひょっとしたら『思案せり~』の登場人物として祐天寺良美という名前もデビュー前に彼女には話してたのかもしれない」

「まあ……それより――ではないのですか? 藤沢さんが私に訊きたいのは?」尾崎凌駕が開き直ったように藤沢に訊いた。

「そうですね」藤沢は笑って「あなたは本名も尾崎凌駕で、今、さらりとご自分の母親が会長と関係のあった女性だと――」

「別に隠すつもりはありませんよ。会長と、会長の最初の妻良美の間に産まれた子供が一人いてそれが私、尾崎凌駕です。離婚後すぐ役場に届を出せば、婚姻中の姓をそのまま使用することができるんでね。まあ、新たな戸籍を作成することになるんですが。私が異母兄弟なのは戸籍を追えばわかるんでね、市の職員もちゃんと対応してくれましたよ。まあ、母が会長をどう思っていたかはわかりませんが、母の死後、会長が経済的な支援を僕にしてくれたのはありがたかったです。」

「それで、あの医療センターに?」

「まあ、ご自由にご想像ください」

「もう少し詳しくあの地下の……」

「いや、それより事件について――、折角この別荘にきているんですから――」尾崎凌駕は藤沢の執拗な詮索を嫌がっていた。

「まあ、そうですね」藤沢はそれで矛先を収めた。

 以前に尾崎凌駕からもらった尾崎勝男の戸籍謄本。あれの発行日は婚姻の翌月になっていた。すなわち、あの事件後すぐに尾崎凌駕は、何の調査のためか、その戸籍謄本を取っていたことになる。

 尾崎凌駕が自分で言った通り、本人以外だと直系の親族とか、それも正当な理由がないと戸籍謄本をとるのは難しい――

 それで尾崎凌駕を追い詰めるために祐天寺良美の戸籍の話をしてみたのだが、尾崎凌駕はあっさりと自分が会長の隠し子――いや、ただの前妻の息子というだけ……。

 尾崎良美の戸籍謄本も尾崎凌駕は取っている。二人は彼にとって異母兄弟――つまりは直系の親族。何もやましいことがあるわけではない。

 

 藤沢と尾崎凌駕は別荘廃墟のあの階段に腰を下ろして話をしていた。

「一回、やってみませんか?」尾崎凌駕が笑った。「いちりとせ、を」

 尾崎は立ち上がると階段を上っていく。

「十二段ありますね。じゃあ、行きますよ。いや、せっかくなので――」

 尾崎は階段を降りてくると、基礎だけになってしまった別荘廃墟の中を何かを求めて歩き回った。

「や、あった!」

 嬉しそうに尾崎が手にしたのはバケツだった。

 そのバケツを手に足早に再び階段を上がっていく尾崎。

「やりなおしましょう」尾崎はバケツの汚れを払い頭に被る。

「いちりとせ」

 尾崎は一段階段を降りる。

「やんこやんこせ」また一段。

「しんからほけきょ」また一段。

「は、ゆめのくに」また一段。

「どうしました? 藤沢さんも階段を上がってみてはどうです?」

「いちりとせ」尾崎が階段を一段降りる。

 藤沢も一段階段を上がった。

「やんこやんこせ」尾崎が階段を一段降りる。

 藤沢も一段階段を上がったが、あることに気付いた。

「あ。下からだとちょっと顔がわかりますね!」

「え、そうか」尾崎はバケツを外した「ちょっと汚いですね。いい男が台無しだ」

 尾崎はそのまま階段に座る。

「やはり鹿野信吾はバケツを引っぺがさなくても下から覗いて顔がわかったんじゃないでしょうか?」藤沢が言った。

「まあ、そうでしょうね。まあ、いくらバケツを被っていたとしても、これだけ近ければ近藤社長と見破るでしょうね」

 尾崎はバケツを置いて階段を降りていく。

「離れに行きましょうか? まあ基礎しか残っていませんが」

 尾崎はスタスタと歩いていくが藤沢は続かなかった。

「おや? どうしました藤沢さん」

「離れもですが、もう少し医療機関の闇についてご説明願えませんか?」藤沢がきっぱりと訊く。

「それは私が小説に書きますよ。まあ、この場面――私とあなたが別荘の廃墟で会っている場面は、藤沢さんあなたが書くでしょうから……。小説を頭からまたUPしていって、この場面の後に『尾崎凌駕の独白』とか何とか、そんな見出しで……」尾崎凌駕は少し悲し気な顔をした。

「わかりました。それを待ちます」

 藤沢は尾崎凌駕の後に続いた。

 

「離れは密室だった」尾崎凌駕が廃墟となった離れの前で「まあ、何も残っちゃいませんが――」

「窓は内側から施錠されていて、玄関ドアはドア・チェーンで十センチくらいしか開かない。ちょっと不完全ですが、まあ密室は密室」藤沢がそういう。

「何か? 考えられるトリックは?」

「十センチも開けば――」

「マジックハンドでも突っ込みますか?」尾崎が茶化す。

「それで首を撥ねるんですか?」

「バスルームの人体模型にポリ袋被せられますかね? マジックハンドで」

「無理ですね」即断する藤沢。

「小さなドローンを二機飛ばして――」尾崎が呟く。

「無理じゃないですか? 現在ならともかく、二十年以上前ですし――」

「いや、やっぱり殺人鬼が潜んでいたのでしょうな。最初から離れに――」

「首猛夫ですか? 彼は外にいたと――。黒服がそう言っていました」

「まあ、黒服は臆病でずっとカメラの映像を見ていたわけではないですからね。つまり、やはり首猛夫は離れに潜んでいて、犯行後すばやく抜け出した」尾崎が呟く。

「どうやって?」

「例えば――」尾崎がニヤリと笑う。「ドアチェーンを引きちぎったとしたら?」

「チェーンは鹿野信吾がナタでぶち破るまでしっかり機能していましたよ」

「例えば――そう磁石、ネオジム磁石のような強力なもので、チェーンと金具が繋がれていたとしたら?」

「磁石?」藤沢が怪訝な声を上げる。

「ええ、弱い力では外れないが、強く引っ張ればチェーンと金具は磁石で付いているだけなので外れてしまう。そうして抜け出した後、再び磁石で――」

「その磁石がどれだけの磁力を持っているかはわかりませんが、大人二人の力に耐えられるとは思えない」藤沢は首を横に振る。

「大人二人とは?」尾崎が笑って訊く。

「鹿野信吾と水沼です。二人はチェーンに気付く前に力を込めてドアを引いて――」

「でも、もし、それが演技だったら?」と尾崎。

「演技?」

「鹿野信吾はドアノブを手前に引いていたかもしれませんが、ドアのふちに手を掛けていた水沼は、実は反対方向――ドアが開かないように閉じる方向に押していたのかも……」

「水沼が?」怪訝な声を上げる藤沢。

「二階での殺人現場を呆然と見ていたのは水沼だった可能性もまだゼロではないのでは? やはり彼は怪しい」

「いや、あれはやはり鹿野信吾……」

「おや? なぜそう言い切れるのですか?」

「いや、とにかくドアチェーンについて尾崎さんの説は間違いです。それは違う……」藤沢が少し苦しそうに首を横に振る。「警察の現場検証でチェーンに細工はなかったのは確認されています」

「それは捜査当局の『上』の闇で細工が揉み消された結果では?」尾崎が不敵な笑顔でそういう。

「いや、それは違う。実際、現場の捜査で――」

「犯人が磁石で細工したチェーンと正規のチェーンを最後すり替えたのでは?」

「いや、それはあり得ない。現場で私が実際にドアを手で開こうとしてチェーンで開けなかったのを確認しています。私が実際に密室だったのを確認しています」藤沢は強い口調で断言した。

「ほう、藤沢さんがご自身で密室を確認した? チェーンには細工はなかった?」

「ええ、それは、絶対に――」

「いつ?」と尾崎。

「いつ? とは?」怪訝な顔の藤沢。

「藤沢さんが現場の離れが密室だったのを確認したのはいつです?」

「当然、事件後警察が駆け付けた、その時に――」藤沢はそこまで喋って不意にあることに気づいた。

「藤沢さん、あなたの正体は? あなたは誰なんです?」尾崎凌駕がニヤリと笑った。


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