ただ、〇〇には耐えられなかった
ただ、〇〇には耐えられなかった
ただ、抱えたバケツの重さには耐えられなかった……
すべてはその重さだった……
それは少しも祝福されてなんかいない……
僕はふらつき、脚がもつれた。
殺し屋が近藤社長を離れで殺して首を撥ねる。
近藤社長の首はウェディングドレスの上に――
ポリ袋はバスルームの人体模型の首に――
近藤社長が持ってきた生首は――
余ってしまったその生首は……
そのままバケツに入れて――
ベッドの近藤社長の首の部分にセットする。
殺し屋も僕を弄んで楽しんでいたのか?
ほら、本格ミステリー作家さん、
祝福された死がここに……
このバケツの中に……
殺したのは私じゃないですよ。
私はあなたに代わって復讐してあげたのです。
あなたの腕にバケツを抱いてあげてください。
そう楽しそうに最後の仕事をして……
僕が死体に首がないのを確認する時に――
頭のバケツを取るときに――
そのバケツの重さで僕を懲らしめる……
実際の殺しは本屋の棚に並んでいるような甘いものじゃないんだよ。
すべては夢……
そうだ――
僕はただミステリーを書いているだけだ。
夢の話をしてるだけだ。
密室は殺し屋の置き土産……
すまんな、でも褒美をやろう。
ほら、お前の考えようとしていた密室を再現してやったぞ――
これこそ、お前の好きな……
本格ミステリー
それが真相?
でも、密室の謎は少しも解けていない。
いや、これはアンチ・ミステリーだ。
密室の謎を解いても死者が生き返るわけでもない。
すべては僕が悪いのだ。
僕が「針金の蝶々」なんか書こうとしたのがいけなかった。
それを会長に話したのがいけなかった。
良美ちゃんは僕が執筆できるように骨を折ってくれたのに……
僕は良美ちゃんを助けることができなかった。
いや、助けるどころか……
この世界の悪意のすべては僕が引き受けなければならない。
僕は彼女を見殺しにした。
僕が良美ちゃんを殺してしまった。
少なくとも良美ちゃんが生きている世界を小説にすることもできたはずだ。
第一部の十二章で終わっていればそうなったはずだ。
虚無への供物も前半だけで江戸川乱歩賞に応募されている。
犯罪は何もなかった、で終わって江戸川乱歩をがっかりさせている。
でも僕にはできなかった。
僕はミステリー作家だから……
でも……
殺人のないミステリーはクソだ!
僕の書いた殺人の起こらない三冊のミステリーは少しも売れなかった。
夢から覚めた僕はこう書いて終わるしかない。
すまん、やはりこれで勘弁してくれ!
僕はミステリー作家失格……
これはアンチ・ミステリーだ。
ただ、僕は読者を責めることはしていないつもりだ。
悪いのはすべて作者の僕なのだから……
生首はおもちゃではなかった。
それは水沼も認めている。
その重さは物理的な重さではなく……
二度と戻らぬ命の重さ……
祝福された死なんてあり得ない……
生首の足し算なんて……
そんなものはどうでもいい……
繰り返す――
僕は読者を責めはしない。
悪いのはすべて作者の僕なのだから……
僕は彼女を見殺しにした。
僕が良美ちゃんを殺してしまった。
この世界の悪意のすべては僕が引き受けなければならない。
しかし――
作者は虚飾を行はない。読者をだましはしない。読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。失望するな。
密室は殺し屋の作者に対する置き土産……
そうであれば……
アンチ.ミステリー作者の……
読者に対する置き土産……
読者への挑戦状
密室の謎を解け。
せめて一つくらいトリックを考え出せ。
では、失敬。幸運を祈る。
佐藤稔




