離れの密室突入シーンを思い出してみる
離れの密室突入シーンを思い出してみる
やはり、離れの密室を破って突入したシーンを思い出すのはとても辛い……
とにかく僕は良美ちゃんが生きていてくれることだけを考えていた。それに嘘はない。
二階での良美ちゃん殺害と斬首が本当にあって、僕がそれを見ていたかどうか? は、やはり思い出せない。
やはり本当に僕は一旦、気絶をしていたのだろうか? そして夢を見ていたのかもしれない。夢……
階段で近藤社長が生首の入ったポリ袋を提げて降りてきた。黒服がいう「僕が見たくはない何か」とはそういうことなんだろう。確かに、そうだったのかもしれない。ただ、その生首が良美ちゃんかどうかはわからなかったのかもしれない。
二階にあった机の上の箱――いや、確かにあれはクーラー・ボックスだった。近藤社長が持ち込んだのかもしれない。あの中に……
ああ、きっとあの中に良美……佐藤良美、つまり水沼の妻の生首が入っていたのだろう。ひょっとしたら僕も見てしまっていたのかもしれない。思い出せないけれどもそうなのかもしれない。
もし、本当にそうだったのなら、僕はそれが――近藤社長が提げていたポリ袋の中身が、良美ちゃんの生首であってほしくなかった。良美ちゃんは指示通り離れで寝ているはずだ、とずっと思っていた。そうだ、そう思っていたのだ。しかし……
やはり、良美ちゃんは近藤社長に二階で殺されて斬首されてしまったのだと本当はわかっていたのではないか? ただ信じたくなかっただけではないか?
離れを覗いた時、近藤社長は既に死んでいた。彼は良美ちゃんか良美――どちらかの生首を離れに持ち込んだ……
しかし、それはおもちゃだった可能性もゼロではなかったはず……
近藤社長が離れに飛び込んで浴衣に着替えたあと、何があったかはわからない。中に殺し屋がいたのかどうか?
密室を破って突入した際は、まだ良美ちゃんは生きている、いや、生きていてほしい、そう思っていた。近藤社長が殺されているのは生首でハッキリしているけれども、まだ、良美ちゃんが生きている可能性をずっと考えていた。
バスルームの首無し死体が本物だと思っている時は、それが近藤社長で、ひょっとしてベッドの上は良美ちゃんがバケツを被って寝ている、そういう考えも、ふと、頭をよぎった。
しかし、バスルームのそいつがただの人体模型だと気づいた時、ベッドの上が近藤だとわかってしまったのだ。
バケツをとればそこに切断面が……
そう、予想され……
期待される残虐な光景……
だめだ、書けない……
いや、これはフィクションなんだ……
あの時、夢の国、ワンダーランドに入ったのだ。
僕は夢を見ていた。ただ、夢の話を書くだけだ。
ミステリーにおける残虐な他殺体は祝福された死。
僕はバケツを取る前に予想して……期待した?
鹿野信吾はそのままふらふらと倒れるようによろけた。バケツを取ると鹿野信吾の予想通りの光景が現れたはずだ。そして更にそれは期待通りだった。
僕は第二部の五章でそう書いている。
しかしそれにもかかわらず、何かにショックを受け、僕はふらつき脚がもつれてた。
何かがほんの少し予想及び期待からかけ離れていた?
これは夢なんだ。ミステリーという娯楽の――
フィクションなんだ。だから書けばいいのだ。
それが仮に真の絶望だったとしても……
ベッドの上のそいつの頭のバケツを取った時……
確かに予想通り近藤の死体の首の切断面がそこにあった。
振り返れば、床のウエディングドレスの上に近藤社長の生首――
ベッドには浴衣を着て仰向けに寝ている近藤社長の胴体――
その首の切断面を僕は遠のく意識の中でハッキリと見ている。
確かに気を失うには十分だが――
何かがほんの少し予想及び期待からかけ離れていた。
確かに近藤の斬首された切断面がそこにあるのは予想して期待していたのかもしれない。
しかし――
予想外のもの、期待していなかったもの――
ああ、そうか!
今、ハッキリとわかった!
近藤が玄関でバケツから鬼の仮面に取り換えたのは、生首をポリ袋ごとバケツに入れたのだ。小路を走るにはその方が身軽だった。そういうことだ。
そして……
僕が手にしたバケツは重かった。
ベッドで近藤社長の頭のバケツを外した時、そのバケツは重かった。
つまりはその重さだった。
カメラの映像にはバケツの重さは映らない。
しかし、僕はその重さをしっかりと抱えていた。
その重さが何グラムあったのか?
それはわからないけれども……
ああ、その重さをあの人も知っている。
その重さは方程式で算出できる……
〇〇方程式……
いや、物理的な重さではなく……
絶望的な……心からの悲鳴たるその重さ……
ブリキの花嫁はこの重さをどう感じていたのだろう?
どんな思いでその重いバケツを運んできたのだろう?
僕が一番見たくなかったもの――
バケツの中には生首があった。
本物の生首が……
死体の首の切断面は予想して……
ひょっとしたら期待していたのかもしれない……
僕はミステリー作家だから……
しかし、そのバケツの重さは予想も期待もしていなかった……
ポリ袋はなかった。恐らくバスルームの人体模型の首に被せたんだろう……
牛刀に滴る生血はグロテスクであったけれども……
僕が突き刺したあれはただの人体模型だった。
床に転がる近藤社長の生首も……
近藤社長の胴体の首の切断面も……
僕はそれには耐えられたけれども……




