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殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)  作者: 尾崎諒馬
第五部 アンチ・ミステリーに読者への挑戦状は付くか否か?
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〇〇〇お茶会 5

 

   〇〇〇お茶会 5

   

 Web小説「殺人事件ライラック~」の連載はまた少し停滞した。水沼も何も書かない。やはり医療センターで亡くなったのは水沼だったようだ。

 藤沢が要請したのか? 尾崎凌駕が自発的に開催したのか? とにかく五回目のお茶会が開かれた。

 メンバーは水沼を除く、五人。

 水沼の不在について何の話もなく、そのままお茶会は進行していく……


 尾崎凌駕「青服、黒服さん両名は、まだ小説を読んでない?」


 青服&黒服「はい、読んではおりませんが、いろいろ聞いてはいます」


 藤沢「誰から?」


 青服「それはちょっと……」


 黒服「読んではいないのですが、小説がアンチ・ミステリーだとか……、それで鹿野信吾さんがどうも精神を病んでいるような……」


 藤沢「病んでいるかはわかりませんが、どうも不安定なのは確かです」


 信吾(諒馬)は何も言わない。


 尾崎凌駕「彼は良美ちゃんを助けられなかったことに罪の意識を感じていますね。彼も被害者なんですが……」


 藤沢「彼が見殺しにしたわけではないので、あまり自分を責めてほしくはないのですが……。実際私が現場にいたとしても良美ちゃんを助けられたかどうか……」


 尾崎凌駕「二階の殺害及び斬首シーンを呆然と見ていたかもしれない、そのことが今になって心に強くのしかかってきている。記憶にはないとのことですが、辛すぎて思い出すのを無意識が拒否しているのかもしれない」


 青服「まあ、彼は実際に殺人事件の現場にいたので、『実際の殺人現場』にいたという現実と、ミステリーとして『書こうとしている』意識との間に葛藤があることが強調された小説になっているとか聞いています」


 黒服「まあ、やはり残虐な事件でしたから、理解はいたしますが」


 やはり信吾(諒馬)は何も答えない。


 青服「しかし、今のこれがお茶会と呼ばれている以上、事件の真相に迫っていく必要はあるかと……。我々が喋りすぎると推理ではなく、ただの真相の暴露になってしまうかもしれませんが」


 尾崎凌駕「これまでのところを纏めると、真相は水沼が……」


 黒服「いえ、我々は水沼と言われましてもわかりませんので」


 尾崎凌駕「佐藤稔が妻を自宅で殺し……」


 黒服「そこも我々にはわかりません。会長の御子息勝男が佐藤稔という――子会社メディボーグの研究員ですがその男の自宅で……」


 尾崎凌駕「あ、お二人はその佐藤稔とは面識はないんでしたね」


 青服「はい、ただ会長が『サイコパスの息子がついに――』と言われまして。御子息――勝男から直接電話があったようで」


 藤沢「殺したんじゃなくて、首を撥ねた、と。つまり、首を撥ねる前に殺されていた、と」


 青服「いえ、そこもわかりません。首がどうだったのか? それもその時はわかりませんでした。殺した犯人が誰なのか? 勝男かもしれませんし、その佐藤稔なのかもしれません」


 藤沢「まあ、いいでしょう。その殺人の後、別荘でパーティが開催された。そのパーティの後、二階で勝男が自分の妻良美ちゃんを殺害して首を撥ねた」


 尾崎凌駕「それを佐藤稔が見ていたと。それで近藤勝男が、女装して離れに引き籠り、そこで――」


 藤沢「殺されて斬首。そして密室」


 尾崎凌駕「真相はそれでいいんですよね。神に近い視点でそれを見ていた」


 青服&黒服「はい」


 尾崎凌駕「離れについて、もう少し教えてくれませんか? 外にもカメラあったんでしょう?」


 黒服「はい、ウェディングドレス姿の勝男がやってきて――」


 尾崎凌駕「顔には鬼の面?」


 黒服「いえ、離れに入る直前に外して、手に持ったバケツに被せておりました。なのでしっかりと顔を見ております」


 藤沢「なるほど」


 黒服「そのあと、お二人がやってきたのを憶えています。佐藤稔ともう一人知らない誰かが――」


 尾崎凌駕「鹿野信吾と水沼ですね。どっちが離れの裏に回りましたか? どっちが二階に戻りましたか?」


 黒服「さあ、ちょっと憶えてはおりませんで……。すみません」


 尾崎凌駕「離れの中は? カメラはあったんでしょう? 誰かいましたか? 勝男以外」


 黒服「さあ、私はすっかり怯えておりまして……面目ない。首猛夫と会長はあとでコピーを見たと思いますが……リアルタイムでは本当に怖くて……」


 尾崎凌駕「首猛夫は? 別荘に行ったのでしょう? カメラに映っている?」


 黒服「離れの前が無人になった時にちらりと映像に現れたサングラスとマスクの人物がいましたので、それが首猛夫かと」


 尾崎凌駕「首猛夫は何を?」


 黒服「憶えている範囲では離れのドアを少しだけ開けて中を覗いていました。二人――佐藤稔ともう一人がいない時に。すぐにフレームアウトいたしましたが――」


 藤沢「その後は?」


 黒服「戻ってきた二人が離れのドアを少しだけ開けて中を覗いていたところは見た記憶があります。それで私はそっと別荘を脱出しました」


 尾崎凌駕「脱出? それはなぜ? 黒服さんの仕事は後半のカメラ映像をコピーして会長に届けることでは?」


 黒服「本当に情けないですが、私は仕事を放棄して逃げ帰ったのです。リアルタイムでは恐ろしくてほとんど見てはいない、前にもそう言いましたが、見ていないだけではなく、逃げてしまって――。ただ引継ぎはしっかり、首猛夫に――。首猛夫が私の部屋に来まして『あとは任せろ』と」


 尾崎凌駕「サングラスとマスクで変装してたんでしょう? 本当に首猛夫でしたか?」


 黒服「あの……古臭いですが、合言葉がありますので……」


 尾崎凌駕「なるほど。とにかく黒服さんから伺えるカメラ映像の話は以上でしょうか? 他には何か?」


 黒服「まったくお恥ずかしい話です。臆病で……」


 尾崎凌駕「他に何か、ありませんか?」


 青服「いえ、こちらからは特に……」


 黒服「何か質問していただいた方が助かるのですけれども」


 尾崎凌駕「じゃあ、生首の足し算について……」


 黒服「はて? それはどういう?」


 藤沢「ああ、なるほど、何かそんな話がありましたね」


 尾崎凌駕「第二部の七章、事実として近藤社長と良美は死んでいる。状況から殺されたとしか思えない。ここまでの記述だと生首が二つに、首のない死体が三つ。足し算が合わないが、殺人事件が起きたのは事実。そうあります」


 藤沢「確かにそうでしたね。それと――」


 尾崎凌駕「第三部の『水沼の手記』にもこうあります。――離れの密室殺人はフェイクだ。俺は名探偵だった。それを一瞬で見抜いていた。大体、足し算が合わないではないか! 生首の数がおかしい。読者もそれは気づくだろう? ってね」


 藤沢「あれ? ちょっと変かな?」


 尾崎凌駕「ええ、第二部の七章の鹿野信吾はバスルームの中の首なし死体をまだ本物だと思っている。だから首のない死体が三つで、生首が離れと母屋の二階に一つずつ――計二個で生首が一つ足りない――足し算が合わないとはそういう計算」


 藤沢「なるほど、第三部の『水沼の手記』ではまだ水沼はバスルームの中を覗いていない状態での話なので、首のない死体が二つで生首も二つのはずですね。足し算は合っている。水沼さん、これは一体……。あ、彼はもう……」


 尾崎凌駕「鹿野信吾と水沼の違いはバスルームの首無し死体――まあこれは人体模型だった可能性が高いですが、その時点では死体だと思われていたわけで――その死体を見ているか? どうか? と」


 藤沢「生首を本物と思っているか? おもちゃと思ってるか? の違いですね? 水沼は最初、すべておもちゃだと信じている」  


 尾崎凌駕「ええ、第三部の『水沼の手記』に、それで生首のおもちゃを手に血が付かないように気を付けながらゴミ袋の中に()()()入れた。そうあります。『()()()』って……、この辺りがどうも何かあるような気が……」


 藤沢「そういえば、第二部の六章にも、それで()()をゴミ袋の中に()()()入れた。そう記述してますね。尾崎諒馬さん、これは? 水沼ではなくあなたも纏めてって書いているんじゃないですか?」


 尾崎凌駕「生首の足し算が合わない、と、この『()()()』については補足が必要じゃないか? え? 信吾?」


 しばらくの沈黙のあと――


 信吾(諒馬)「わからない……。それより水沼は? 参加してない?」


 誰も答えられない。


 信吾(諒馬)「もう、やめませんか? 結局何もわからない。それでいいじゃないですか……」


 投げやりなこの言い分に、耐え切れなくなったように――


 黒服「ふーむ、いけませんねぇ。彼はすっかりやる気を失っている」


 青服「これがミステリーとしてWeb小説になっている以上、お茶会は事件の真相に迫っていく必要があるのです。現実の事件が凄惨すぎて辛い気持ちになるのはわかりますが……」


 黒服「信吾(諒馬)さん、きちんとお茶会に参加してください。事件をもう一度整理して――」


 青服「まずは、二階で勝男が妻良美を殺して――」


 信吾(諒馬)「その話はもうやめてくれませんか」


 青服「いえ、やめるわけにはいきません。勝男の殺戮現場を見ていたのはあなたなのか、もう一人の――ええと、そうそう――水沼さんなのかは我々にはわかりませんが、ただ、あなたは二階に上がった記憶はある。小説は読んでいませんが、そう聞いております」


 信吾(諒馬)「……はい」


 青服「その時、何か見たでしょう? 二階の寝室で机の上に」


 尾崎凌駕「ああ、何かそんなことを書いていたな」


 青服「それがあなたは気になった。一体、何だったのでしょうね」


 信吾(諒馬)「マスクとサングラスだったような……」


 青服「ああ、確かにそれもカメラに映っていた。でも他に――」


 尾崎凌駕「確か何か箱のようなもの、とか――」


 信吾(諒馬)「いや、わからない。憶えていない」


 青服「その箱はクーラー・ボックスではなかったですか? 中は見ましたか?」


 信吾(諒馬)は何も答えない。


 藤沢「あなたが見た佐藤稔がその箱を開けたのですか?」


 青服「いえ、私も怯えていましたので、ハッキリ見たわけではないのですが……」


 黒服「私が替わりましょう。カメラの映像は三十分ほど空白がありまして、その後のシーンは階段で勝男がバケツを被って降りてくる――音声はありませんが、いちりとせが歌われた――」


 信吾(諒馬)「本当にもうやめてください」


 黒服「いえ、何も尋問しているわけではないのです。寧ろ心配しているのです。あなたの精神が耐えられなくなるのではないか? と。でも、むしろしっかり思い出した方が楽になると思うのです。恐怖で思い出すのを無意識が拒んでいるのだと思うんですが、逆にしっかり思い出した方が、楽になるかと――」


 尾崎凌駕「なるほどそうかもしれませんね」


 青服「信吾(諒馬)さんは辛い現実から目を背けている。見たくなかったもの、信じたくないものを思い出すことを拒んでいる。しかし――」


 黒服「階段から降りてくるバケツを頭に被った勝男は手に何か持っていたでしょう?」


 信吾(諒馬)「たぶん、ボイスレコーダーだと……」


 黒服「確かにそれも持っていたかもしれませんが……もっと大きな……」


 信吾(諒馬)「わからない……。いや……」


 黒服「思い出したくない? おそらく、それをあなたは見たくなかった。そしてそれがあなたの精神をボロボロにしたのでしょう」


 信吾(諒馬)「僕はただ、良美ちゃんが無事であることだけを考えて……」


 黒服「勝男は何かを持って階段の踊り場に現れた。違いますか? あなたが見たくはない何かを……」


 信吾(諒馬)「いや、わからない。思い出したくない! ただ、僕は社長のバケツを引っぺがした。僕は臆病者なんかではない!」


 藤沢「あなたにはバケツを被ったブリキの花嫁が誰だかわかってしまった。バケツを取らなくても――。もうバケツに拘る意味はないのでは?」


 信吾(諒馬)「僕はバケツを引っぺがさなかった……。社長だとわかったから……。そうか、そうだな……。すると僕はやはり……ああ、やはり、あまりのショックに立ったまま気絶していたのか……。信じたくはなかった……。ずっとドッキリであってほしいそう思ってたんだ」


 信吾(諒馬)のウィンドウは不意に消えた。

 残った四人でしばらく沈黙が続いた。

 

 藤沢「勝男が持っていたのは、ひょっとしてポリ袋? 中身はひょっとして……」


 尾崎凌駕「勝男が殺した良美ちゃんの――、あるいは……」


 藤沢「いや、そうか、彼は最後の最後まで疑っていた。いや、葛藤していたんだ。絶対にそうであってはいけない。良美ちゃんは生きている。生きていてほしい――それだけを願っていた」


 しばらく沈黙が続く。そしてようやく――


 黒服「今回の我々の役目は終わったと思います」


 尾崎凌駕「うーん、今回はここまでにしましょうか。ちょっと彼が心配ですが、黒服さんのショック療法が功を奏するかもしれません。何か書いてくれるといいのですが」


 それで五回目のお茶会は終わった。

 最後に尾崎凌駕がポツリと言った。

「近藤社長はポリ袋に生首を入れて離れに持って行った。それで生首の足し算は……」



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