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殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)  作者: 尾崎諒馬
第五部 アンチ・ミステリーに読者への挑戦状は付くか否か?
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とある医療センターにて(藤沢と尾崎凌駕)


   とある医療センターにて(藤沢と尾崎凌駕)

   

 藤沢は尾崎凌駕を強引に訪問していた。場所は彼が勤務するとされる、とある医療センター。

「うーむ。まさかここまで押しかけて来られるとは……」尾崎凌駕は驚き、困った顔をしたが、意外にまんざらでもなさそうだった。

「ここは地下二階……。一般の人は入れない場所だそうですね。まあ、ここも医療機関の闇の一つかと思いますが」藤沢が笑った。

「しかし、その闇にいとも簡単に踏み込んでこられるあなた藤沢さんも大したものですね。えーと、本名、苗字は〇〇さんでしたっけ?」尾崎が笑う。

「まあ、苗字には意味はないですよ。左程珍しくない苗字だし」

「そうでしたね。名前の方がちょっとね。でもそれも実際は関係ない――」

「そうでしょうか?」藤沢が笑った。

「おや、関係があるのかな? ありそうですけど、まあ、今のところ別にいいでしょう。で、今日は何です? わざわざ押しかけてきて」尾崎は少し身構える。

「Web小説『殺人事件ライラック~』の進行がちょっと停滞してませんかね。水沼は退場した感じだし――」

 と、その時、妙な音がした。尾崎凌駕のスマホにメッセージが入ったようだ。

「ちょっと失礼――」メッセージを確認して「藤沢さん、いや――」

「いや、このまま藤沢でいいですよ」

「じゃあ、藤沢さん、ちょっと一緒に――」   

 尾崎凌駕は部屋を出ていく。藤沢は後を追う。

 廊下を足早に進み、階段を更に地下に降りていく。

「地下二階以下は階段しかありません。()()()()()()()は階段を使うのが原則です」尾崎が意味ありげに言う。

 地下四階の薄暗い廊下を尾崎が進んでいき、藤沢はそれを追う。

「尾崎さん、一体どこへ?」

 藤沢がそう言った時、尾崎が足を止めた。

 前の方からストレッチャーが数人の白衣の人たちによって運ばれてくる。ストレッチャーには全体に白い布が被されていたが、(ただ)れた足首が見えていた。

 足首の反対が頭のはずだが、布で覆われていて見えなかった。ただ、頭がやけに大きな気がした。

 尾崎凌駕は白衣の彼らと何やら話をしていたが、すぐに脇にどいてストレッチャーを通した。そして深々と頭を下げる。

 藤沢もすぐに意味がわかり、軽くであるが頭を下げた。

 ストレッチャーは階段を行き過ぎ、奥へと消えた。

「ストレッチャーは階段は無理ですね。エレベーター?」藤沢は怪訝そうに呟く。「一体、誰ですか?」

「No.001  今は番号でしか呼ばれませんが、佐藤稔です」

「え? どっちの?」

「それがわからないのです」

「尾崎諒馬か? 水沼?」

「そうですね」尾崎凌駕は肯定した。

「尾崎諒馬、つまり鹿野信吾だったら、小説は一体?」

「さあ?」尾崎は少し困った顔をした「少し待てばわかるかもしれません」

「それは――」

「小説の続きが書かれるか? いや、手記かな? そして書き手は水沼なのか? 鹿野信吾なのか?」

「水沼は()()、本名――佐藤稔で手記を……」

「ええ、私も今のは水沼じゃないか? と思ってますが……。最初に失敗したのです、ナンバリングに……。片方――今の彼がNo.001ですが、もう一つにナンバリングがつけ忘れられてて……。No.000なのか002なのか? それがわからなくなっている。まったく恥ずかしい話です」

「白い布が掛けられてエレベーターで運ばれて……深々とお辞儀をしていましたが……それはつまり……」

「心臓は止ってます。実際は数週間前に止まっていて、人工心肺に繋げていたのですが、それも限界が来て」

「一応、訊きますが、つまり亡くなった?」

「前に」尾崎凌駕は真顔で「かなり前ですが、人間、どうなれば死ぬんでしょう? そう質問したのを憶えていますか?」

「ええ、勿論。今日訪ねてきた理由の一つが、それをそろそろハッキリしてもらおうと思って――」藤沢も真顔で答える。

「人は医者が『死亡診断書』を書けば死ぬんです」尾崎凌駕がポツリと言う。

「まさか! 生きているのに?」

「ええ、それが医療機関の『上』の闇です」

「それでまさか!」

「ええ」尾崎凌駕が(おごそ)かな声で「二人の佐藤稔の死亡診断書を書いたのは私です」

「しかし、なぜ?」

「先刻も言ったでしょう? それが『上』の指示です。『下』は従うしか……」

 唖然としている藤沢に尾崎が言う。

「あなたも――。わかると思うんですがね」

 藤沢は黙っていた。

「さあ、そのことはいずれ話しますが」尾崎凌駕は笑って「折角ここまでいらしてくれたんですから、会ってみますか?」

「誰に?」

「ナンバリングのない方の佐藤稔に」

 尾崎は廊下を奥へと歩き出す。藤沢が付いていくと、ある一つの扉の前で止まった。

 尾崎が扉を開けると、中はICUと言った感じの物々しい機械に囲まれたベッドがあった。ベッドには――

 人――というか、かつて人だったような物体が置かれている。赤黒く爛れたほぼ裸のそいつはチューブやらコードで機械に繋がれていた。ただ一番目を引いたのはその頭だった。

「ブリキの花嫁――いや、花嫁は違いますね。バケツを被った――」尾崎凌駕はそう説明する。

 ベッドの患者の頭にはすっぽりと金属製と思われる円筒状の筒が被されていた。その筒にもコードらやチューブが多数繋がっている。

「バケツを取ることはできません。取れば確実に彼は死にます」

「生きている? あ、呼吸している」

「心臓も動いてますよ。ほら、モニターもある」

 見ると、心電図のようなモニターが彼が生きていることを示していた。

「脳波は?」藤沢は聞く。

「それがよくわからない」

「どういう意味です。脳波がわからないと、植物状態なのか? 脳死なのか?」

「まあ、ここまでにして部屋に戻りましょう。地下二階の私の部屋に」

 尾崎に促されて藤沢はその部屋を出た。そして地下二階の尾崎凌駕の部屋に戻った。

 

 尾崎凌駕の説明によると、患者の脳波はこれまでの医学では考えられないようなものになっているらしかった。そもそも脳波は脳の電気的な活動が頭皮表面に出てきているもので、頭に電極を付けて測定されるものだ。

「患者の頭部はかなりグロテスクなものになっています。ほら、死刑囚の手記にあったでしょう? 先ほど見た患者の頭の筒は謂わば『死者の電話箱』いや、死者ではないな――まあ、つまり――」

 尾崎凌駕のその説明で藤沢にも何となく理解できた。

「眼も鼻も口も――すなわち顔がありません。頭蓋骨も大部分外してしまってます」

 藤沢はそれ以上想像するのはやめた。

 脳波は頭皮表面の電位波形だが、その頭皮がないのだ。

「勿論、多数の電極が脳に刺さっているので、何らかの波形データは得られてますが、それがどういう意味なのか、人間には皆目わからない」

「人間にはわからない。しかし――」

「そうです。もう二十年以上、その波形データをコンピューターに解析させてきてたんですが、AI解析に切り替え、機械学習が進んだところ――」

 尾崎凌駕の説明に合点がいく。

「それがあの患者の手記! するとあの手記を書いたのが先ほどの――」

「それがまだわからない」

「わからない、とは? なぜ?」藤沢はちょっとよくわからなかった。

「AI処理も結構大変で、処理エンジンはクラウド上――まあ、一般の人は使えず、この医療センターの地下というか闇の研究者が専用で使ってますが――そのクラウド上にサーバーがありそこで駆動しているのです。こっちはクライアントとして、脳からの波形データをただ送っているだけなんです。二人の佐藤稔のデータが送られているのはわかってるんですが、二つのデータをどうミックスしてるのか、すなわちデーターロガー――先ほど見た頭のバケツに繋がるデーターロガーの仕様がわからなくて……。もうどっちがどっちなんだか?」

「そんなバカな」

「いや、一人が亡くなったので、次に何か反応があればわかると思います。私としては鹿野信吾に生き残っていてほしい。仮に死んだとしても――」尾崎は不意に口をつぐんだ。「いや、今のは忘れてください。とりあえず、今喋れるのはここまでです」

「わかりましたがこれだけは――」藤沢があることを尋ねると尾崎は大きく頷いた。

 つまり、先ほど見た患者は脳に直接繋がったAIを通じて文章でのやりとりができるのだということだ。文字を直接やりとりすればチャットのようなものだし、その文字をAI音声に変換すればWeb会議システムのようなものだと――

「ただし、あちらが受け取れるのは文字情報だけで画像や音は受け取れないわけですね」藤沢が訊く。

「ええ、それに振動も感じない。大きな地震がきても何も感じない。あとネットには繋がってます。大昔のブラウザみたいに文字情報だけですが、Lynxみたいな。あ、受信だけで送信は制限してます。藤沢さんに一度だけ中継して尾崎諒馬からメールが届いたと思いますが、私が中継しました」

「折角なので、呼び掛けてくれませんか? チャットのようなもので、コミュニケーションは取れるんでしょう?」

 藤沢は尾崎凌駕のデスクのパソコンを示した。

「そうですね。少し怖いところもありますが」

 尾崎凌駕のチャットでの呼びかけに 信吾(諒馬)が答えたが、チャットはただ一言だけで終わった。

 

 また、手記か何かを書きます。そのあとはお茶会でも――

 

 これに尾崎凌駕は了解とだけ伝えた。

 

 とりあえず、生き残ったのは尾崎諒馬=鹿野信吾の方だったようだ。尾崎凌駕も少し安堵しているようだった。

「とりあえず、今日のところはお帰りいただけませんか? また日を改めて――」尾崎が促す。

「そうですね。またファミレスでも、お茶会でも」藤沢が笑って応じる。「それではこれで失礼します。尾崎凌駕さん、いや最後に……」

「何でしょう?」

「水沼の()()の手記は本名での『佐藤稔の手記』ですよね?」

「ええ」

「結局、彼の手記でもすべては解明されなかった……」

「そうですね。結局彼は妻の良美を殺したことは白状してますが、その斬首は否定している。近藤社長と良美ちゃんの殺害も否定している」

「信じていいのでしょうか?」

「さあ、でも信じたい気もしますね。人間、()()には嘘を吐かない気がします」

「でも、結局何もわからないまま……」

「ただ」尾崎凌駕がポツリと「生首の足し算を気にして死んでいきましたね、()()……」

「なるほど」

 藤沢は「尾崎凌駕」の部屋を出る。

 部屋には部屋の主のネームプレートが付いていた。

 

    特A医師 尾崎凌駕

    

 特Aというのは組織の中での身分なのだろうか?

 とにかく、尾崎凌駕、それが彼の本名だった。

 

 

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