佐藤稔の手記
佐藤稔の手記
もう何もかも嫌になった……
水沼とか近藤とか鹿野とか良美……
いや、良美は本名だ。
もう、本名以外で書きたくない……
俺も最後の手記を本名で残す……
俺は多分、良美を殺した。
しかし、良美ちゃんも尾崎勝男も殺してはいない。
生首も首無しの遺体も……
おもちゃ、人体模型だとずっと思っていた。
いや、今はそれが本物だとわかっている。
なるほど切断面……
確かにあれは怖ろしくグロテスクで……
二階も、離れも……
良美ちゃんと尾崎社長の斬首の切断面……
ただ……
とにかく俺は最初は、本当におもちゃ、人体模型だと思い込んでいたんだ――それだけは信じてくれ!
実際に人体模型は一つあった! そうだろう?
バスルームのあれは人体模型だった!
だとすれば、生首のおもちゃも一つはあったんだろう?
生首の足し算はそれで合うだろう?
俺の行動はそんなにおかしくはないさ。
ただ……
二階での俺の破廉恥な行動は……
あれは確かに破廉恥だったさ。
俺は良美ちゃんをかわいい娘だと常々思っていた。だから――
あれが良美ちゃんから型を取った人体模型だと――
どうしても、見ておきたかったんだ。
情けないが……
単なる性的な興味……
言い訳になるが、あの時は本当に殺人が起きているとは思っていなかった……
いや、俺は最低だ……
自宅で妻を殺しておいて……そんな破廉恥な……
いや、弁解させてくれ! 俺は確かに妻、佐藤良美を殺したんだろう、それは認める。
しかし首を撥ねたりはしていない。ちょっとした言い合いのあげく、階段から突き落とした。ただそれだけ――それで――
本当にそれで死んだかはわからない。しかし、俺は放置した。
別荘でパーティーがあるから……
小間使いの俺は会社の仕事を……
いや、それは事実だが……
あの時、変装をしていた。
俺は妻の死体をパーティーの後に別荘に隠そうかと考えていた。
いや、妻の死体は自宅にそのままだった。すべてはパーティーが終わってから……。あのパーティの後はしばらくあの別荘は使われることはない、それを知っていたから……
いや、尾崎社長のリアルな殺人ごっこの残骸を――
実際に血液で汚れまくった別荘を何か利用できないか? そう考えていたのかもしれない。
ちょっとだけミステリー的なことを考えていたのかもしれない。
しかし!
それは今回の事件とは何も関係ない! 俺は……
ミステリーを書くのは諦めた。ただ……
ホラーなら書けるかも、そう考えていた。
俺の自宅で発見された――
「サイコパスを連想させる類の猟奇的な資料等」
これはそのための……
ホラーを書くための……
ただ、それが妻に見つかって……
罵られて……
それもあって……
俺は妻良美を階段から突き落とした。
俺にとってあの事件はそれだけだ。
俺は尾崎勝男も祐天寺――いや、すでに入籍してたんだったな――尾崎良美も殺してはいない。
ただ、ずっとおもちゃ、人体模型だと――
しかし、あの時最後に気付いた!
二階の遺体は……
そうだ、あの時ずっと人体模型だと思っていた胴体が本物の死体だと気づき、首も本物の生首だと気づいたんだ。
本当に気づいたのは最後の最後だった。それまではずっと――
それで――
生首は良美……
いや、そう思っただけかもしれない。
俺は妻を殺しているからそう思ったんだろう。
ただ、少なくともその時は一瞬そう思った。
良美と良美ちゃんは顔立ちが似ていた。
でも、ちゃんと確認できたわけではない。良美ちゃんだったのかもしれないし、良美のような気もしていた。確認なんてできない! 俺は妻良美を自宅で殺した……かもしれない、そう思っていたから!
しかし、俺は妻の首の切断なんてしていない! ただ、階段から突き落としただけだ。
その妻がベッドで首を切られてうつ伏せになっている! 一瞬だけそう思った。
でもすぐに、気づいたんだよ!
胴体は妻のものではなかった!
佐藤稔――ああ、ここだけはペンネームで書く――尾崎諒馬は良美――俺の妻の良美の臍の左に手術痕があるのを知っていた。だが、二階の遺体にはそれはない。確認したわけではないが、そう断定できる。
つまり、俺と良美は夫婦だ。俺は手術痕以外に良美の裸のある特徴を知っている。
アソコに良美は目立つほくろがあるんだ。俺たちは夫婦だ。俺はそれを知っている。しかし、それが二階の遺体にはなかった。
だからあの死体は良美ちゃん――旧姓、祐天寺――結婚して尾崎良美だと俺にはわかった!
離れのバスルームは俺は詳しくは見ていない!
そこにあったのは良美ちゃんの人体模型だったんだろう? いや、ひょっとしたら近藤社長の人体模型だったのかな?
どっちでも大差ないな。とにかく、あれは人体模型だった。それはもうハッキリしている。そうなんだろう? 臍の左には手術痕なんてなかったんだろう?
あれだけは――離れのバスルームだけは人体模型だったんだろう?
ここにきて「それは嘘です。本当は本物の首なし死体でした」なんて言うんじゃないぞ!
俺は妻の死体を別荘に運び込んだりはしていない。
まして首を撥ねるなんて……
おれはサイコパスではない。
でも、どこかで妻の生首が俺を睨んでいた……
ああ、俺が妻を殺したんだ……
生首はすべて俺の家の冷蔵庫で発見されたのか……
でも、別荘に……
その一つが確かに俺を睨んでいた……
でも俺は首を撥ねたりはしていない!
絶対にそんなことは……
少なくとも生首のおもちゃはちゃんとあったんだ。
俺は血の通った人間なんだ。
人殺しでも人間なんだ!
俺は首を撥ねたりなんてしてはいない!
それだけは信じてくれ!
いや、もういい……
これはミステリーではなくて……
アンチミステリーなんだろう?
俺はまだ生きているのか?
ここから出して……
いや、それももういい……
意識を保つのが辛いのだ……
もう、どうでもいいよ……
俺はミステリー作家ではない……
ただの素人だ……
そしてただの……
人殺しだ……
もう、どうでもいいよ……
ただ、生首が少し気になっている……
足し算が合わない?
いや……
でも、もうどうでもいいよ……
もう生首には関わり合いたくはない……
頼むから睨まないでくれ……
佐藤稔




