もどかしく文字のみで会話する二人
もどかしく文字のみで会話する二人
尾崎凌駕は鹿野信吾と交代でテキストを紡いでいくのを辞めて白い画用紙を取り出し、鉛筆を手にした。
――確かに切断面そのものはおぞましい……
白い画用紙に鉛筆を走らせる。
医者なのに下手くそだな……
会長の介錯後の切断面はおぞましかったが、こうしたスケッチだと左程でもない。
――更に記号化して……
――記号化すれば更に見やすい……
これでも特徴はつかめているな……
――しかし変だな?
何かが可怪しい気がする……
国構え、合、呂、チョンチョン、チョンチョン。
――これは一体?
尾崎凌駕:この図が見えるかね? ってどう送ればいいんだ?
チャットシステムは文字しか送れないな……
鹿野信吾:僕は文字しか見られない。
尾崎凌駕:国構え、合呂、左右にチョンチョン、チョンチョン――これで伝わるだろう?
鹿野信吾:ああ、大体はわかる。
尾崎凌駕:何かがおかしい? そう思わないか?
しかし、鹿野信吾は返事をしなかった。
尾崎凌駕:君は別世界にいて、文章でやりとりできる。しかし、画像は送れないし、君も画像を示すことはできない。それは結構もどかしいな……
鹿野信吾:ああ、小説家は文章が綴れればそれでいい、そんな気もするが、本格ミステリーには画像が必要な場合も多い。
尾崎凌駕:密室殺人とかだと特に……だな。一応報告しておくが、藤沢さんが別荘の間取り図を書いてくれたぜ。勿論小説に取り込んでいるよ。
鹿野信吾:ありがたい話だ。とにかく僕は画像を示せないから……。本当にありがたい。
尾崎凌駕:君のこの作品「殺人事件ライラック~」はWeb小説として「小説家になろう」に僕がUPしている。「小説家になろう」は挿絵として画像が表示できるからね。
鹿野信吾:そうか、本格ミステリーには画像が必要なことが多いからね。
尾崎凌駕:確かに。でも画像がUPできないサイトもあるよ。
鹿野信吾は返事をしなかった。
とにかく、彼とは文字でしかコミュニケーションが取れなかった。
尾崎凌駕:ところで「針金の蝶々」の密室で「中で近藤会長が殺されている。状況から自殺ではない」とのことだが、自殺でない状況とはどういう状況なんだい?
返事はない……
尾崎凌駕:やはり首が撥ねられているのか? それとも心臓が……
鹿野信吾:もうやめてくれないか……
尾崎凌駕:いや、すまない。ただ……
鹿野信吾:ただ?
尾崎凌駕:「虚無への供物」の最初の二つの密室を思い出したんだよ。密室ゆえに最初のやつは「病死」、二番目は「事故死」、そう警察は判断している。そうであれば犯人が密室を構成した理由はわかる。しかし――
鹿野信吾:自殺、病死、事故死、いずれも「祝福された死」ではないから……。いや、もうやめてくれないか……
尾崎凌駕:まあ、わかるよ。君の今までの三つの作品には「祝福された死」は出てこない。しかし――
鹿野信吾:この「殺人事件ライラック~」には「祝福された死」しか出てこない。
尾崎凌駕:すると、この「殺人事件ライラック~」はミステリーなんだね? しかも密室殺人を扱っているから本格ミステリーだと?
鹿野信吾、いや尾崎諒馬は何も答えない。
尾崎凌駕:返事がないということはアンチ・ミステリーなのか?
やはり何も答えはなかった。




