鹿野信吾の手記 3
鹿野信吾の手記 3
水沼よ。外堀がだんだん埋まってくるようだな。ここまで事実はもうハッキリしてるじゃないか!
確かに良美――近藤の妻の方だが――ややこしいな、こっちも今後「良美ちゃん」とちゃん付けにするよ――良美ちゃんを殺して首を撥ねたのは近藤社長なんだろうが、水沼お前はそれを二階で見てたんだろう? それで、アリバイ工作のつもりか知らないが、近藤社長は良美ちゃんに化けて離れに引き籠る。それをお前がサポートしてたのは自分で白状したじゃないか。
水沼、お前がどうやったのか知らないが、離れは密室だった。まあ、それは置いておく。お前がどうやって近藤を殺せたのか? それもわからないが、それも置いておく。
ただ、お前は良美――お前の奥さん――かつてこっちも付き合っていた彼女を殺したんだな。奥さんを殺したあとにのうのうと別荘にやってきていた研究員、佐藤稔――それがお前だった、と。
奥さんを殺したあと、この別荘で何をしたかったのかはわからんが、顔を見られたくなかったんだな。サングラスとマスクで変装して昼間に別荘にやってきた。こっちもカルディナでやってきていたから、そこで鉢合わせだ。
死刑囚の手記に、変装したお前と俺、鹿野信吾=尾崎諒馬が出会うシーンがあったよな。俺は本当はお前の変装を見抜いていた。だからとぼけて「坂東善です」そうお前のペンネームを答えた。
その時の私はサングラスに大きめのマスクをしていました。正直顔を見られたくなかった。ということは既にこの時から事件を起こすつもりでいたのか? いや、どうも頭が混乱している。いや、わからないと書くべきか? それはここではまだ言えません。
お前はそう書いている。そうだよな。別荘に来る前に自宅で奥さんを殺してるんだよな。変装したくなる気持ちはわかるし、理由を言えない気持ちもわかるよ。
もう、すべてわかったよ。
もうすべて……
しかし……
本当にあの死刑囚の手記はお前が書いたのか?
お前は虚無への供物を読んでいない?
アンチ・ミステリーというのもよくわからない?
まして「世界の悪意のすべて」云々もピンとこない?
お前はそう書いた。
確かにそうだろうな。
「世界の【悪意】のすべてを一身に引き受けたような、そんな探偵小説を書くんだ」
その言葉の重い意味をお前なんかにわかるわけがない。
わかるのは……
僕……
鹿野信吾――尾崎諒馬と……
あの人……
お前にあの手記が――あの死刑囚の手記が書けるはずがない!
すると誰が書いたんだ?
何だ?
どういうことだ?
このままの流れでいくと、水沼の告白で事件が終わってしまう。
それではミステリーではなくなる……
本格ではないかもしれないが……
これはやはりミステリーなんだ……
いや、アンチ・ミステリーか?
いや、それでいいのかもしれないが……
せめて、あの密室の謎だけは……
水沼よ お前にとってもこれはミステリーなんだろ?




