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殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)  作者: 尾崎諒馬
第四部 以下、事件の真相に触れる箇所が……
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ファミレスにて(藤沢と尾崎凌駕)

 

    ファミレスにて(藤沢と尾崎凌駕)


「Web会儀でお茶会ではなく、直接のお誘いとは珍しいですね」藤沢は笑った。

「まあ、料亭とかではなくファミレスで申し訳ないですが、たまには直接会って話したいと思いましてね」尾崎凌駕もにこやかに応じる。

「今日は二人だけですか?」と藤沢。

「まあ、黒服とか青服とかも現実の世界に出て来れないでしょう」と尾崎。

「うーん、すると……」

「いや、名前はわかりませんが近藤名誉会長室にある二人が勤務している――いや、していた、と過去形かな……。とにかくその二人が実際別荘に泊っていてカメラの映像を監視していた、というのは本当だと思いますが……、やはりどうも胡散臭(うさんくさ)い……」

「なるほど、すると近藤会長――いや、名誉会長かな――彼の割腹自殺というのは……」

「まあ、たぶんですが……」

「しかし、近藤名誉会長は亡くなられましたよ」

「それは事実でしょうね。マスコミ報道もありましたし……。死因――病名は伏せられていましたが……結局は病死で自殺ではないでしょう」

「まあ、それは何となくわかるので……」と藤沢は頷く。

「じゃあ、この話はここまで……」

「このシーンもWeb小説に取り込まれるんでしょう?」藤沢が訊く。

「そのつもりで今日は来ていただいています」

「どういう御用で? Web小説の方は水沼の手記3が終わって次は鹿野信吾の手記だと思いますが……」

「水沼は水沼の手記3が書きやすくなったと思います。藤沢さん――あなたの挿入のおかげで――」

「何が言いたいのです? 佐藤稔――ややこしいな、近藤メディボーグの研究員で水沼の方ですが――その彼の妻の名前を伏せたのはそっちでしょう?」

「ええ、まあ、あの時点で彼の妻の名前が良美だという情報は読者を悪戯に混乱させるだけだと思ったのでね」尾崎はそう答えた。

「まあ、そうでしょうね」

「で、それに続けて、確かこうなってますよね。――藤沢はもっと多くの事件に関する情報を知っていたが、これ以上話すのはまだやめておこう、そう思っていた――とか何とか」

「それは――そっちが書いたんでしょう? 私の心中を勝手に――」藤沢は少し怒ったように言った。

「でも、あながち間違いではないでしょう?」

「まあそうかもしれませんが――何が言いたいのです」

「別に何も――」尾崎はふっと笑って「ここで、一度読者の代わりに事件を簡単に纏めておきませんか?」

「ええ、構いませんが」藤沢は頷く。

「神の視点を持つという黒服、青服の話を信じると、別荘で近藤社長が二階の寝室で婚約者――いや、妻良美を殺して首を切断する。そしてそれを佐藤稔が見ていた。近藤社長は良美になりすまし、離れに立て籠もるが、何者かに殺されて首を撥ねられる。まあ、離れが密室なのとバスルームの首無し遺体――おそらく人体模型ですが――はおいておきますが、ここまではいいですよね」

「ええ」藤沢はこれもすんなり頷く。

「で、その後、鹿野信吾と水沼はお互いを疑って、ナタとハンマーで殴り合い――その結果はまだ書かれてませんが、まあ、鹿野信吾がおそらく負けたのでしょう。負けて気絶したのならその後は書けないわけで。勝った水沼は別荘に火を放った、と。鹿野信吾も焼き殺そうとしたんでしょう。で、近藤社長夫妻の生首だけは自宅に持ち帰った――と」

「まあ、そうだと思いますが――」

「で、自宅で奥さんに見つかってしまって奥さんも殺してしまう。で何故か奥さんの首も撥ねて冷蔵庫にしまったあと、観念したのか、自宅に放火して焼身自殺を図ったと」尾崎凌駕はそれだけいうと、じっと藤沢の顔を窺った。

「尾崎さん、何を言いたいのか、わかりましたよ」藤沢は笑った。「それは捜査当局の『上』の妄想ですよ。『上』はそういうことにしたかった。とにかく犯人は佐藤稔――水沼の方ですが――で、彼が事件後二人の首を自宅に持ち帰って、見つかった奥さんも殺して焼身自殺を図った――そういう『上』の妄想ですよ。私も含めた捜査現場の一部には、実際には少し順序が違うことがわかっていて……」

「それがもみ消された証拠?」

「ええ」藤沢は説明を始める。「胴体の方は火事で損傷が激しくて――特に別荘の二人の方ですが――駄目でしたが、頭部の方は冷蔵庫に入っていましたからね、首を切られてからどれくらい時間が経過したか? それが凡そわかってるんですよ。正式な捜査記録にはありませんが――」

「ほう!」尾崎凌駕は目を輝かせて「もっと詳しく」

「佐藤稔、つまり水沼は頭部を冷蔵庫に入れることでごまかせると思ったのかもしれませんが――まあ、流石に首が切られた正確な時間まではわかりませんがね――少なくとも佐藤稔の妻の良美が先に首を撥ねられているのは確実なんですよ。少なくとも別荘のパーティが始まる前にね、彼女は先に殺されて斬首されている」

「なるほど! あとの二人は? 殺害の時刻は?」

「いえ、そんなに正確には――。でも少なくともあのパーティの最中に殺されて首を撥ねられたのは確かです」

「うーん」尾崎凌駕が押し黙る。

「どうしました?」

「いえ、ちょっと生首の足し算が気になってましてね」

「足し算?」

「ええ、いやまあ、それはまだよくわからないな。とにかく、佐藤稔が首を冷蔵庫に入れたのは死亡推定時刻を曖昧にしたかった?」と尾崎凌駕。

「どうでしょう? だったら三つとも燃やせばよかったんでは? 折角放火したのですし」

「いや、遺体をすべて燃やすと誰が殺されたのかが、わからなくなる。少なくともその三人が被害者であることは警察にも知ってほしかった――のでは?」と尾崎凌駕。

「それはなぜ?」

「別荘は全焼でしたが、佐藤稔の自宅は半焼でした。どれだけ燃えるのかは放火した本人には予想がつかない。遺体の損傷が大したことない――でも、首がなくて身元がわからないとなると、より精密な検証がなされるかもしれない。首――つまり顔で身元がわかってしまえば、精密な検証は行われないだろうと」尾崎凌駕は自分でそう言って納得してしまった。

「しかし、それは――」藤沢が怪訝な顔をする。

「つまり、警察の『上』に忖度した――まさかね」

「顔で被害者の身元がわからなければ、より精密な検証が行われる――もっともな感じもしますが、別荘で焼け出された男――鹿野信吾=尾崎諒馬だと思いますが、彼が死んだときは身元判明のために精密な検証はなされませんでしたよ」

「それは医療機関の『上』の闇かもしれません」尾崎凌駕は少し困った顔をする。

「ところで、その医療機関の『上』の闇はいつ話してくれるんです。大体、鹿野信吾と水沼は死んだはずですよね。それが生きていて小説を書いている」

「まあ、いずれ話しますよ」尾崎凌駕は微かに笑ってはぐらかす。「それより、一つ訊いていいですか?」

「何をです」

「藤沢さん、あなたの本名」尾崎凌駕は真顔で藤沢を見る。

「尾崎凌駕、あなたの本名の方が先では?」

「私の本名は■■です」

「それは一体?」藤沢は怪訝な顔をする。

「つまり、秘密です。仮に明かしてもWeb小説『殺人事件ライラック~』には一切関係ない」

「それを言うなら、私も同じです。Web小説『殺人事件ライラック~』には関係ない」藤沢は笑った。

「いや、藤沢警部と名乗るからにはあなたも尾崎諒馬のファンなんでしょ? 『死者の微笑』に出てくる名前だ」

「まあ、それは否定しませんが」藤沢は少し考えて「まあ、明かしてもいいですよ。私の本名は――」

 尾崎凌駕は藤沢の本名を聞くと思わず笑ってしまった。

「なるほどね」尾崎凌駕は笑って「まあ、あなたの『本名』は関係ないですね。これは失礼しました。お詫びに、どうです温泉にでもいきませんか? 背中でも流しますよ」

「なるほど。ここは南九州――いい温泉がゴロゴロありますからね」藤沢も笑った。

 

 Web小説は続いているし、〇〇〇お茶会も今後も続くのだろう。その意味では事件はまだ何も解決していないが、実際の事件――現実の事件は二十数年前の出来事だ。

 藤沢にも尾崎凌駕にも直接は関係ない。

 あれがどんなに凄惨な事件だったとしても――

 現実に起こった悲劇だったとしても――

 これは単なるミステリーなんだ……

 読者は楽しめばいいのだ……

 

 そう思った藤沢だったが、ふと……

 アンチ・ミステリー

 その言葉が頭をよぎった。

 

    *   *   *

    

 温泉でさっぱりと汗を流し、別れた藤沢と尾崎凌駕だったが、別れ際に藤沢は尾崎凌駕にこう尋ねた。

「あなたはこの小説内では探偵役ではないのですか? 本当に探偵めいたことは何もしない?」

「私は単に尾崎凌駕のモデルになったというだけですよ。鹿野信吾より年上で、予備校で知り合った。彼が早稲田に入学し、私は東大に入った。医学部を出て医者になった。ただ、それだけです」

「質問を変えます。先ほどあなたは本名を隠した。こっちは本名を明かしたのに……」

「私の本名は事件には関係ないでしょう。まあ、質問を戻しませんか?」尾崎は笑った。「私は探偵めいたことをするか? 否か?」

「その返答は?」

「推理する能力はありませんが、多少の調査くらいはしてみましたよ。現実の事件について――」

 尾崎凌駕は封筒を取り出し、藤沢に渡した。

「実際探偵ができる調査ってこれくらいですよ。あまり役には立たないから中は見ないでください。しかし――」

「しかし、何です?」藤沢が訊く。

「封はしてません。でも見ないでください。これは小説とは関係ない」

「もし、見ると……私が見てしまうと、どうなります?」

「あなたは本名を教えてくれたのに、こっちは秘匿した。それが少し後ろめたい。ただ、まあ、とにかくあの良美ちゃんという女性は謎が多すぎる。ただただ、鹿野信吾の幼馴染という情報しかない……」

「なるほど。すぐには中は見ませんが、絶対に見ないとと約束はできません。それでも良ければいただきます」



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