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水沼の手記 2

 

   水沼の手記 2

   

 そうだな……

 (へそ)の横とは右? 左?

 やはりお前は知っているんだな……

 しかし、君は相変わらず、嘘を書くんだな、まったく……

 本当は臍の右にも左にも手術痕はなかったんだろう?

 まあ、お前が何が言いたいのかはある程度わかるよ。

 その嘘で、この手記での俺の出方を窺っているんだろう?

 お前がどういう推理をして辿り着いたのかはわからないが、お前は俺に「本当に臍の『左』に手術痕があったのか?」そう俺に質問させたいのだろう?

 わかった、全部書くよ。俺の知っていることをいずれちゃんと書くよ。それしかないようだ。

 ただ、順を追わないと……

 読者が置いてきぼりになるだけだ……

 

 話はあのパーティの一週間ほど前に遡る……

 

 近藤社長と良美ちゃんと俺は三人で、あの別荘にいた。そして届いたある荷物を開梱していた。

 近藤メディボーグは義手、義足といった義肢も開発してたんだ。人体で型を取って、シリコーンか何かで見た目も肌触りも本物に近い義肢を――

 その技術を使って、首から下全部の人体模型を作ったんだ。良美ちゃんの身体から型を取って――

 それで良美ちゃんの首無し死体の人体模型が出来上がっていた。俺が見たのは既に服――下着とネグリジェを着せられていた状態のやつだったがね。本当に死体かと思う出来栄えで……

 勿論、生首の方も作ったんだ。ただね、やはり顔面も含めて型を取るのは大変――まあ、息はできるんだけど閉所恐怖症っていうか――でね。近藤も良美ちゃんも頭の型を取るのは諦めたらしい。で、あまり出来はよくなかったと聞いている。

 そう、俺は生首の方は見てないんだよ。近藤と良美ちゃんと二つ作ったと聞いただけだ。見てはいない。

 いや、これは確信はないが、良美ちゃんは生首の出来に落胆し、再発注してたのかもしれない。だから俺は生首のおもちゃは三つ――近藤社長が一つに、良美ちゃんが二つ――そう思っていた。

 いや、違うか? 思い違いかもしれない。やはり良美ちゃんの生首のおもちゃは一つかもしれない……

 いや……、やはり二つか? うーん……

 とにかく「出来がよくない」というのもそう聞いただけで……。実際の出来栄えがどうだったかは知らないのだ。

 どうもうまく思い出せない……

 あ、そうだ。俺は見てはいないが、近藤社長も人体模型を作っていたのかもしれない、そう思っていたのだ。離れと二階で二体の首無し死体を俺は見ているが、俺は両方とも人体模型だと思っていたんだよ。良美ちゃんと近藤社長の……。俺はバスルームは覗いていないからな。いや、俺も見たんだっけ? どうもまだ混乱しているな。とにかく、首無し死体は離れのベッドと二階のベッドの二体だけだと思っていたんだ。

 それで冷静だった、そういうことだ。二つとも本物の死体ではなく人体模型――そう思っていたんだ。

 それで……

 話は飛ぶが、近藤と良美ちゃんは二人とも多血症で、定期的に瀉血処理――献血みたいに血管に針を刺して血を抜くんだそうだ――それをやってるんだ。近藤は医者の免許持っているし、良美ちゃんは看護師だし、お互い瀉血の処置をしあっていたそうだ。まあ、一度だけ見せてもらったんだけど、ちょっと気持ち悪い……

 そうして、冷蔵庫に血液の貯まった血液バックが保存されていたよ。二階の寝室の冷蔵庫にね。まあ、なんかあった時の輸血用とか言ってはいたが……

 そうなんだ、本物の血液のストックは常時あったんだよ。まったく変な夫婦なんだが……

 それで近藤はシリコーンで作った心臓の形をした血液バックも作っていたよ。良美ちゃんの首なし死体の人体模型の胸にポケットみたいなのがあって、そこにその心臓型血液バッグをセットできるんだ。チューブが頸動脈よろしく首にセットしてあってそれに繋ぐらしい。胸を押すと首の断面から血が噴き出るし、ナイフで胸を刺しても血しぶきが上がる。まったく悪趣味なおもちゃだよ。

 会長はそこまで知ってたんだろうか? まあ、とにかく、そういうリアルな小道具を使って、君の「針金の蝶々」の惨劇を再現する。そうそう、ちゃんとカメラもセットしてあって映像を記録してたんだよ。

 会長は――いや、それと良美ちゃんもだな、二人は君のミステリー――それも君の苦手な殺人事件のあるミステリー執筆の応援で、純粋な気持ちで取り組んでたんだろう。それは確かだと思う。しかし近藤は……

 近藤社長は君を馬鹿にしていた。いや、白状するが俺もだ。すまん。馬鹿にするというか、俺の場合は嫉妬だな。この小説を読むと二人のミステリ―作家が次回作が書けないとか悩んでいるが、俺はもうミステリーは諦めていた。君は――まあ、確かにあまり売れなかったのだろうが――ちゃんと三冊は本になって……

 俺は正直、お前に嫉妬していた。そういう気持ちもあって、ちょっとだけ近藤の「悪意」に乗っかっていたわけだ。

「針金の蝶々」のトリックとかプロットがどうなっていたのか、本当のところは俺は知らない。その辺は良美ちゃんの方が詳しかった。まあ、君もよく覚えていないとか言っていたが――

 とにかく、骨子は二つだろうと……

 一つは仮面を付けて女装して、すれ違った時に変装を見破れないという――そう階段での「いちりとせ」だよ。

 あれは俺もよくわかってないんだが、良美ちゃんが言い出したことだ。えーと、ああ、そうだ。

 近藤が言うには「仮面付けたやつとすれ違ったら仮面を引っ剥がせばいいじゃねえか」と。

 まあ、俺はお前が臆病なのは知っていたし、引っ剥がす勇気はねぇだろうな、とは思っていたが、流石に急ぎ足ですれ違ったらそんな余裕はないだろうと、それは近藤に言っておいたんだがね。

「ゆっくりすれ違うんだったら『いちりとせ』はどう?」って良美ちゃんが提案したんだ。


 いちりとせ

 やんこやんこせ

 しんからほけきょ

 は ゆめのくに

 

 これを夜這いの歌だと思った近藤は即採用したよ。

 

 そうだな、良美ちゃんは信吾、お前のことがまだ好きだったんだな。まあ、近藤グループの御曹司と売れない作家じゃ、良美ちゃんも近藤の方を選ぶだろうな――女は現実的だからね。好きだけじゃ結婚はしないだろう。

 でも、良美ちゃんがまだ君、信吾、尾崎諒馬に想いを持っているのがわかって近藤は面白くなかった。それで君の前で良美に夜這いを掛ける――いや、これは階段で君がバケツを被ったブリキの花嫁の正体を近藤だと見破った場合だが――

 いや、まあ良美ちゃんがバケツ被るわけないし、怪しい女装の変装だったら中身は男なわけで、見破られるのは当然――それは俺も近藤もそう思っていた。焦点は君がバケツを引っぺがすかどうか……

 引っ剥がしたらハードボイルド

 引っ剥がさずにあとでウダウダ推理を始めれば本格ミステリー

 って、近藤は本格ミステリーを馬鹿にしていたんだ。

 俺は……

 確かに昔は本格ミステリーが好きだったさ。しかし、いつまでもそんな気持ちは持てなくてね……

 馬鹿にするといえば、バケツもそうだ。まあ実際は仮面だと、目の部分は剥き出しなんだし、引っぺがさなくてもその目を見れば誰だかわかってしまう可能性がある。実際、良美ちゃんか近藤の二択なんだしね。仮面越しでも目を見ればわかるだろう?

 でもバケツなら顔は完全に隠れるから――

 これも発案は良美ちゃんだった。まあ、頭のいい娘だよ。それに可愛いしね……

 バケツだと前は見えないけど顎を引けば下は見える。階段だと寧ろ仮面よりいいかもしれない。流石に離れまでの小路を走るのはバケツじゃ無理なんでバケツから仮面に――鬼だっけ――鬼面に玄関で取り換える……

 まあ、階段の「いちりとせ」はこんな感じだった。

 正直に言うと二人ともノリノリだったが……

 近藤は君を馬鹿にするつもりで……

 良美ちゃんは結構真剣に……

 それがあの階段での「いちりとせ」だった。

 

 実は俺はちょっとシラけてしまっていて、そのあとどうなるのか? よくわかっていなかったんだよ。

 ただ、信吾お前がどうするか? に臨機応変に対応するように近藤に言われていただけだ。良美ちゃんの人体模型をどうするのか? それはよくわかっていなかった。離れと母屋の二階、どっちで殺人ごっこが起こるのか? それがわかっていなかったんだ。まあ、適当に動いて重要な時には近藤から電話かメッセージが来ることになっていた。スマホじゃなくてガラケーだけども。

 最初は本当に良美ちゃんは二階で寝てると思っていた。近藤が離れでおもちゃの生首と首無しの人体模型で何かやるんだとね。

 とにかく自分の部屋で近藤からの指示のメッセージか、電話をずっと待っていたんだが、果たして電話は鹿野信吾、お前からだった。

 君の狼狽ぶりは痛々しかったので、真相を早めに白状しようとは思ったんだが、本当に良美ちゃんの声で「いちりとせ」が歌われて――多分、ボイスレコーダーを準備してたんだろうな――廊下に出てみると階段にバケツを被った近藤が降りてくるところだった。ちらと見ただけだが、まあ最初の計画通りだった。

 俺はちょっと呆れながらお前の電話の相手をしていた。それで俺はよくは見ていなかったんだけど、お前はバケツを引っぺがして「近藤だ」と――

 いや、お前は怯えていてただ突っ立っていただけだと思うけど、まあ、バケツ引っ剥がさなくても近藤だ、とは見抜いていたんだろう? まあすぐわかるよな。ただ、臆病者と思われたくないが故にバケツを引っぺがした、と書いたんだろう?

 まあ、いいや、とにかく――

 俺は半分シラけながらも、このお遊びに付き合うことにしたんだ。お前と一緒に近藤のあとを離れに追いかけた。バケツは手に持って、鬼の面を被った近藤が離れに立て籠もる。それを見届けて……

 実はその後どうなるのか? 俺はよくわかってなかった。事前に近藤から指示があるはずだが、いきなり寸劇が始まってしまったからね。それで一度母屋に引っ込んで、近藤に電話したが出ない。二階の寝室を覗いてみると良美ちゃんが寝ていた。

 いや、本当にその時は寝ていると思っていた。なんだかんだで彼女も疲れて寝てる、と。あとは近藤だけが君をおちょくって遊んでいると。本当にそう思っていた。

 俺は自分がどう立ち回ればいいのか? よくわからなかったが、すっかり目も覚めていたし、何も知らないお前の怯えぶりが面白くて、そのままその遊びに付き合ったんだよ。

 そう、俺はずっと遊びだと思っていた。ドアチェーンで少ししか開かないドアの向こうに見えた近藤の生首もずっとおもちゃだと思っていた。確かによくできているが、あの時は本当にそう思っていた。そしてそれはお前にもわかるだろうと思っていた。お前が最初別荘に来た時――

 ああ、話が飛ぶな……

 昼間、カルディナでお前が別荘に来てた時、マスクとサングラスで変装してたのは確かに俺だ。お前が「坂東善」なんて嘘つくから、そのまま遊んでいたんだが……

 犬神家の菊人形の生首の話をしたのは、仮に近藤が計画どおり密室殺人ごっこを敢行しても、お前が目にする生首はおもちゃだよ、そうすぐに気づくように親切に……

 いや、しかしあの生首はリアルだった。やはり本物……

 いや、とにかくあの時、俺はあれはおもちゃですべては近藤の芝居だと思っていたんだよ! 

 前に書いたようにドレスの上にはそのおもちゃの生首を置いて――

 心臓も作り物で――

 ベッドには頭にバケツを被った「生きた近藤」が寝てて――

 お前が気絶したあと、ノソノソと起きだしてくる!

 本当にそうなる――そう思っていた。

 母屋の二階の寝室は結局使わなかった「良美ちゃんの人体模型」と作り物の生首。心臓は作り物の血液バック、そのはずだった。

 そのあと、離れのベッドで近藤の首無し遺体も見てはいるが、あれも人体模型だと思っていたんだ。

 ――ああ、良美ちゃんだけでなく近藤も人体模型作ってたんだって――

 俺が冷静だったのは、そう信じていたからだ。それはわかってくれ。

 いや、お前もそれはわかってて小説を書いてきたんだろう?

 それでもお前が俺を追い詰めるのは……

 いや、今はまだ書けない……

 

 疲れたので、一旦ここまでにさせてくれ――

 ただ……

 

 俺は逮捕され、死刑を求刑された覚えはない……

 あの死刑囚の手記を書いたのは俺ではない……

 確かにお前――尾崎諒馬=鹿野信吾=佐藤稔に犬神家の話をしたのは俺――坂東善=水沼=佐藤稔だったのだが……

 

 いや、それより――

 俺は離れのバスルームは詳しく確認していない。

 確かに最後チラッと見てはいるが……

 バスルームの首無し死体は誰なんだ?

 臍の横の手術痕? 良美……ちゃん?

 それについては信吾、お前の方がわかってるんだろう?

 次は君が書く番だろう?

 もう諦めて君の期待通りにこう質問するよ。

「本当に臍の『左』に手術痕があったのか?」

 でも……

 手術痕はたぶんなかったんだろう?

 たぶんそうだと思っているが……

 いや、俺にもわかっていないところがかなりあるんだよ。それに俺はまだこのWeb小説「殺人事件ライラック~」を全部は読んでいない。特に後から足された藤沢さんとかいうやつとか、尾崎凌駕のパートは拾い読み程度だ。

 俺は今からそれを確認するから、次は君が書いてくれ。

 

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