鹿野信吾の手記 1
鹿野信吾の手記 1
ふーむ、どうやら水沼と交代で手記を書く、という形に落ち着くのか……
第二部の五章は混乱が酷いが、こう書いている。
手術痕はあったのだ。それは間違いない。自分が知っている良美の手術痕と同じ形の傷跡が確かにあった!
つまり、離れのバスルームの首無し死体は良美だった! しかし、そのあとこうも書いている。
ベッドの死体はまだ暖かく、バスルームのそいつは冷たかった。
そうだ! 非常に冷たかった。
ベッドの死体が殺される遥か前にバスルームの良美は殺されていた、か、若しくは――
さあ、水沼お前はどう考える? いや、どう説明する?
私は離れの密室に突入する前に母屋の二階の寝室に行って、水沼、お前が「良美ちゃん、首を切られて死亡……」そういうのをハッキリ聞いている。それに会長もカメラの映像で息子の近藤社長が二階の寝室で良美を殺して首を撥ねたところを見ているわけだ。
すると、やはり母屋の二階の死体は良美で間違いなく、バスルームの首無し死体は良美ではない。しかし、手術痕はあった。これをどう説明する。
繰り返す。離れのバスルームの死体には私の知っている良美の手術痕が確かにあった。それをどう説明する。
あの時、私はまだどこかで「良美は殺されてない」そう思っていた。二階の死体は私はよく見ていない。だからあれはフェイクで……
そうだ、離れに良美がいる。生きている。そう思っていた。いや、生きていてほしい、と心から思っていたのだ。あそこでこう書いている。
すごく単純じゃないか!
恐ろしいほど単純……
読者も当然そう思うだろう。
もし、バスルームの首無し死体が近藤で、母屋の二階の殺人がフェイクだったら凄く単純になる。
良美は離れで寝ている。
近藤がウェディングドレス姿で離れに入ってくる。
近藤はネグリジェに着替える。
何者かが近藤を殺し、首を切断する。
離れは密室。
凄く、単純。
近藤を殺したのは良美でベッドでバケツを被って横になっている。
そう思った私は心から恐ろしかった。だから混乱していたのだ。心からの恐怖も感じていた。
しかし――
会長がカメラを通じて良美が二階で殺されているのを見ている。
水沼、君も二階で良美が殺されているのを知っている。
すると、どうなるんだね?
君の方が知っていることが私より多いんだろう?
私は恐怖と混乱で完全に我を見失っていた。ああ、確かに私は臆病者だよ。それに比べて君はずっと冷静だった。それはなぜだね?
さあ、君が知っていることを書いてくれ! 全部書いてくれ!
私の大昔の「針金の蝶々」はどう関わってくるんだい?
それに、臍の横とは右? 左? どっちだと思うんだい?




