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水沼の手記 


   水沼の手記 

  

 さて、何から書くべきか……

 まずは、人称を決めよう。一人称がいい。私、僕、拙者、小生、どれもピンとこない。まあいい、やけくそな気持ちもあるが、俺、でいくことにする。

 俺は……

 ああ、いやだな……

 俺は佐藤稔――それが本名なのだが、そうなるとあの死刑囚の手記を書いたことになりはしないか? 俺の中には逮捕されて裁判に掛けられた記憶はまったくない。勿論あの手記を書いた記憶もない。

 俺はペンネーム坂東善――まあ、確かにそうだが……

 実際のところ、本当の意味でデビューした作家ではない。ほんのマイナーな……一般人は誰も知らないような同人誌というかサークル機関誌の小さな賞をとっただけで……

 確かに「完全な密室」というどうしようもない作品は書いたのだが……

 すると、消去法で俺は「水沼」ということになる。これもしっくりこない名前――いや、苗字だな、名前は何だろう? 俺も知らない。要するに、鹿野信吾=尾崎諒馬が俺のことを勝手にそう呼んでいるだけだ。

 しっくりはこないが、このWeb小説「殺人事件ライラック~」の世界では「水沼」なんだろうし、そういうことで話を進めた方がいいだろうな。まあ、他も全部小説内の固有名詞に合わせて――近藤グループに鹿野信吾ってことでいいんだよな。まあ、勝男と良美ちゃんは本名なんだな。

 とにかく本名の「佐藤稔」で進めるとややこしくなる。鹿野信吾も本名「佐藤稔」なんだからな。要は同姓同名というやつだ。

 さて、俺の現状だが……

 自分でもよくわからない。丁度、このWeb小説「殺人事件ライラック~」の第一部の最初の方、「とある入院患者の手記」の状況に近い。とはいってもあの「とある入院患者の手記」を書いたのは俺ではない。俺も暗闇で目覚め、ただ窓越しに文章が読める、そういう世界にずっといる、そういうことだ。

 俺も文章が書けるようになった――というか呟きがそのまま文章になっているのだが――その文章が第二部の最初の方――

 

 なんだ?

 ここはどこだ?

 何がどうなってる?

 

 というとこ……

 

 彼女も社長も死んだ……

 殺されたんだ。首を撥ねられて!

 

 そう真実を書いたら、十二章で「何もなかった」で終わったのが(くつがえ)り、第二部の一章が始まった……

 そう、ちゃんと殺人事件が……

 ああ、そうだった……

  

 やはり俺は……人殺し……

 いや……

 

 そう書いて――いや、呟いてしまっているな……

 そうだな……

 俺もよく憶えてはいないところもあるし、わからないところもある。あの部分は「いや……」に注目してほしい。

 では、あの事件について書いて行ってみる。しかし素人――そう言い切ってしまうが――なので、うまく書けるかはわからんが――

 それにこれが本格ミステリーになるのかどうか?

 ただ、努力はする、としか言えない。

 

    *   *   *

 

 とりいそぎ、あのシーンから書いておく。第二部の六章――鹿野信吾がチェーンをナタでぶった切って離れに入ったあと、俺――水沼も入っていったシーン……

 

 

 俺は再び離れにやってきていた。玄関のドアは既に鹿野がチェーンを壊していたので、難なく中に入ることができた。

「しかし、ここは密室だった、と」

 そう呟く俺は確かに冷静だった。

 ――しかし、やはり生臭い血の匂いは少し気色悪いな。

 俺は先ほどとは向きが変わって後頭部しか見えない近藤の「生首」をあまり見ないようにした。

 奥にはバケツの花嫁――ウェディングドレス、いや浴衣に着替えた近藤がベッドに仰向けになっている。毛布が邪魔で上半身はよく見えないが、確かめるつもりもなかった。たぶんバケツを被っているのかもしれない。

 ――近藤さん()殺されました、と。

 俺は頭を掻いた。

「近藤さんがバケツの花嫁になって死んでます!」少し大きな声でそう言ってみた。

「更に母屋で良美ちゃんが首を切られて死んでます!」

 そう付け加えてみても何も変わらなかった。

「俺が後始末をしないといけないのかな?」

 水沼にしてもよくわからないことが多すぎた。しばらくベッドの方をじっと見ていたが、ようやくベッドの上の近藤がむくりと起き上がった。

「すまん、つい眠ってしまっていたよ」頭のバケツをとり、変な癖がついた髪を撫でつけるように頭を掻きながら近藤が俺に笑いかけた。

「後始末、やっといてくれ」

「俺がですか?」少し不満だったが、上司なので逆らえない。

 バスルームの入り口に鹿野信吾がうずくまっている。

「気絶してるのか? 情けないやつだ。介抱、よろしく。俺はちょっと戻って寝るから――。二階はああいう状況なんでお前の部屋を借りるからな」鹿野信吾を一瞥すると、近藤社長が俺にそう言った。

 ――しょうがねえな

 近藤社長に聴こえないようにそう呟いてから――

「おい、しっかりしろ!」そう声を掛け、鹿野を抱き起す。「外の空気、吸おうか」

 そうして鹿野を外に連れていく。離れの玄関の脇に鹿野を座らせて俺は再び離れの中に入った。

 そうして周りを見渡すと、部屋の隅にあった黒いゴミ袋を見つけて手にした。それで()()()()()()()を手に血が付かないように気を付けながらゴミ袋の中に()()()入れた。血の入った作り物の心臓も一緒に。そう、生首も心臓もすべて()()()なのだ――

 なるべく顔は見ないようにした。作り物とはいえ気持ち悪い。

 ――パワハラ

 そう呟く。しかし、俺は社畜だった。本心は俺はムカついていた。

 ――おお、そうだ。念のため。

 俺は鹿野の浴衣の(たもと)に手を入れるとスマホを取り出した。

「気が付いて警察に電話されるとまずい」

 固定電話は心配しなくていい。ここに固定電話がないことを俺は知っていた。

 ――サプライズ、つまりはただのドッキリ

 鹿野も最後は笑ってくれるだろう。

 俺はそのまま、ゴミ袋を提げて再び母屋に戻った。階段を二階に上がり、ゴミ袋を寝室の扉の脇に置くと中に入る。

 ――正直嫌な気分だ。

 俺は嫌な気持ちを何とかしたかった。

 ――ちょっと不謹慎だがバチは当たらんだろう。こんな目に遭ったんだ、ちょっとぐらいはいいだろう。

 

    *   *   * 

 

 うーん……


 こんなこと書いても読者は誰も信じないな。ただ、鹿野信吾だってこれまで多くの嘘を書いてきた。十二章で「何もなかった」とか、嘘だらけで進めていた。

 しかし、その嘘はあとで訂正されていたな……

 それにしても、俺の嘘は酷いな……

 嘘か……

 いや、鹿野信吾も薄々わかってたんじゃないのか?

 今第二部の水沼のパートを読み返しているが……

 ここの水沼のパートは鹿野信吾が類推して書いているわけだが……

 確かに俺は冷静だったさ……

 しかしな……

 やはり本人が書いた方が……

 やり直すか……

 

 今の近藤が生きていた話は「そうなる予定だった」という話だ。実際は違ったのだから、やはり嘘はよくないな……

 

    *   *   *  


 俺は再び離れにやってきていた。玄関のドアは既に鹿野がチェーンを壊していたので、難なく中に入ることができた。

 ――しかし、ここは密室だった、と。

 相変わらず、俺は冷静だった。

 ――しかし、やはり生臭い血の匂いは少し気色悪いな。

 俺は先ほどとは向きが変わって後頭部しか見えない近藤の生首をあまり見ないようにした。

 奥にはバケツの花嫁――ウェディングドレス、いや浴衣に着替えた近藤がベッドに仰向けになっている。毛布が邪魔で頭は見えないが、確かめるつもりもなかった。たぶんバケツを被っているのかもしれない。

 ――近藤さん()殺されました、と。

 俺は頭を掻いた。

「近藤さんがバケツの花嫁になって死んでます!」少し大きな声でそう言ってみた。

「更に母屋で良美ちゃんが首を切られて死んでます!」

 そう付け加えてみても何も変わらなかった。

 ――俺が名探偵にならないといけないのかな?

 名探偵とはいえ、俺もまだよくわからないことが多すぎた。しばらくベッドの方をじっと見ていたが、結局諦めて近づかなかった。

 バスルームの入り口に鹿野信吾がうずくまっている。

「おい、しっかりしろ!」そう声を掛け、鹿野を抱き起す。「外の空気、吸おうか」

 そうして鹿野を外に連れていく。離れの玄関の脇に鹿野を座らせて再び離れの中に入った。

 そうして周りを見渡すと、部屋の隅にあった黒いゴミ袋を見つけて手にした。それで()()()()()()()を……

 とにかくそれらを手に血が付かないように気を付けながらゴミ袋の中に()()()入れた。なるべく顔は見ないようにした。

 ――サロメ

 そう呟く。本当に気持ち悪い。本心は俺は困っていた。

 ――おお、そうだ。念のため。

 俺は鹿野の浴衣の袂に手を入れるとスマホを取り出した。

 ――気が付いて警察に電話されるとつまらないからな。

 固定電話は心配しなくていい。ここに固定電話がないことを俺は知っていた。

 ――名探偵は俺なのだ。警察より先に俺が捜査するんだ。

 俺はそのまま、ゴミ袋を提げて再び母屋に戻った。階段を二階に上がり、ゴミ袋を寝室の扉の脇に置くと中に入る。

 ――離れの密室殺人は()()()()だ。

 俺は名探偵だった。それを一瞬で見抜いていた。大体、足し算が合わないではないか! 生首の数がおかしい。読者もそれは気づくだろう?

 ――本当の殺人現場は二階の寝室だ。それを先刻確認している。

 俺は二階の寝室に入る。ノックも「すみません」の一言も必要なかった。鹿野信吾は離れで気絶している。意気地なしのあいつは意識が戻っても何にもできないだろう。やはりここは俺が探偵役を務めるしかあるまい。

 彼を相手にするのはもうちょっとあとでいい。意識が戻っても恐らく興奮してるだろうから――まあ、こんな血塗られた惨劇の真っただ中にいたら、いくらミステリー作家でも……、おっと彼はミステリー作家失格だったな、殺人事件が苦手らしいし。俺は殺人事件も平気だ。やはり俺が探偵役だ。

 さて、と――

 ベッドに近づくと、ベッドの上の良美ちゃんを見た。

 ――いや、この死体は良美ちゃんなのだろうか?

 生首は()()()だ。つまりは顔のない死体。本当は誰なのだろうか?

 ――いや、しかし近藤の生首の作り物は実にリアルだったな。

 ふと、そう思ったが、今はそんなことより確認したいことがある。

 ――ちょっとごめんね。

 薄明りの中でネグリジェの裾が捲りあがっている。先刻、自分がまくり上げたままだった。多少の後ろめたさはまだ俺にあったのだろうか? 俺は部屋の照明は常夜灯のままで、その薄暗い中で作業した。

 うつ伏せで見えている良美ちゃんの下半身。ショーツで隠された臀部と両脚。俺は手を伸ばしショーツを膝辺りまで引き下げる。

 覗き込むと、肛門と――

 そっと手で押し広げる。

 ――おや、結構暖かいな?

 一瞬ドギマギした。ただ、しっかりと女性器は確認できた。

 ――やはり女性だったな。ということは良美ちゃんなんだろうな。

 そこの茂み――陰毛も確認できた。

 と、急に明るくなった。振り向くと鹿野信吾が照明のリモコンを持って後ろに立っていた。鹿野信吾はナタを手に持っていた。

「よせ!」俺は叫ぶ!

 いや、勘違いしないでくれ!

「これは名探偵の捜査なんだ! 首のない死体。顔で誰なのか判断できなけば身体で判断するしかない。最低限死体が女性である――つまり良美ちゃん……」


    *   *   *  

    

 いや、これも無理がある……

 大体、離れの殺人がフェイクだとしたら、飛び込んでいった近藤社長はどこに消えたのか? やはり適当に書いても矛盾だらけだ……


 そうだよ。俺は……

 ただ……弁明は聞いてほしい。これを書くとミステリーでなくなるのかもしれないが……


 とにかく本当のことを書くしかないか……

 書きたくない部分はあるのだが……


    *   *   *  

    

 さて、どこまで遡るべきか……

 まずは、尾崎諒馬=鹿野信吾との関係からかな。

 彼は本名、佐藤稔――つまり俺とは同姓同名だった。彼の生年月日は知らないが、学年は一緒で同じ高校の同窓生。学校名は伏せておく。

 同じクラスになったことはない。当たり前だ。同姓同名を同じクラスにする馬鹿な高校はないだろう。

 「佐藤」も「稔」もありふれた名前だから、同姓同名というのもそれほど珍しくはないだろう。ただ、本人同士はなんか変な感じだ。

 高校の時、お互いミステリーが好きだった――それも自分でも書こうとしていた、というのは事実だが、少し温度差があるかもしれない。俺はそこまで熱心なミステリーマニアではなかった。

 ただ、同姓同名同士、何か「ニックネーム」を付ける延長でお互いに――俺は彼を「いるまんま」と呼び、彼は俺を「坂東善」そう呼んだ、というのがことの発端だった。まあ、彼はデビューに当たって「尾崎諒馬」と改名したが――

 俺の方は……

 実際のところ、本当の意味でデビューした作家ではない。ほんのマイナーな……、誰も知らないような雑誌の小さな賞をとっただけで……

 まあ、確かに高校時分、二人でとあるトリックをつついて……

 というか、ほとんど彼が考えて、俺はチャチャを入れる程度だったんだが……

 とにかく「針金の蝶々」という作品があって、彼が途中まで書いていたのは確かだろう。

 この「針金の蝶々」については良美ちゃんの方が詳しいだろう。俺も彼女からいろいろ聞かせてもらったというのが本当のところだ。要は彼は俺より良美ちゃんの方に「針金の蝶々」の話をしていたわけだ。

 で、俺と良美ちゃんが知り合ったのは……

 そうだな。その前に近藤社長と知り合ったのが先だから、そっちからか――

 うーん、やはり小説は難しいな……

 話があちこち飛んで――読者に申し訳ない……

 まあ、俺は正式にデビューした作家ではなく素人なのでこれで勘弁してほしい……

 

 俺は熱心なミステリーマニアではないと書いたが、大学ではミステリー同好会に入ってはいた。まあ、ある先輩に強引に引き入れられただけなんで、熱心な会員ではなかったが……

 ミステリー同好会『威圧』……

 あいつはそう書いたが、果たしてそんな変な名前だったか? まあ、先輩諸氏の威圧は結構きつかったのは確かだったかもしれない。

 そう、そういう威圧的な先輩が――

「紹介する。これ俺のツレで、近藤君。同郷のよしみだ、仲良くしてやってくれ」

 とかなんとか言って会わせてくれたのが可愛い――そう、化粧させればアイドル女性歌手とも言えるような――それが近藤君だった。

 それにしても、今、かわいい近藤君、そう書いてしまったな。まさか、彼が近藤グループの――

 そういえば、先輩も意味ありげな顔をしていたな……。

 まあ、それはもう少し後に書こう。

 先に「アイドル女性歌手」そう書いたが、実際に彼は女装して地下アイドルらしき活動をやっていた。芸名は苗字は忘れたが「何とか好美」だったはずだ。それで良美ちゃんと婚約――ああ、入籍してたのか――結婚するんだから名前とは面白いものだ。

 とにかく偶然何かの地下アイドルライブに行った時に

「こんにちは 誰だかわかる?」

 そう笑いかけてくれたのが近藤君だった。

 まあ、それは俺が大学を出てまだ東京にいた頃の話で、いろいろあって、こっち――南九州に引っ込んだのでそれ以降はその威圧的な先輩とも、近藤君ともしばらくは会っていないのだが……

 うーん、どうも書きにくいな……

 端折って書くとその後、こっち南九州で良美……ちゃんと知り合って……、その良美ちゃんの婚約者が近藤君で……

 とにかく、近藤君は近藤グループの子会社「近藤メディボーグ」の社長――いや、あの当時は専務だったな、社長はグループトップの近藤会長が子会社の社長を兼務していたはずだ――専務、近藤勝男だったとは驚きだった。

 俺に紹介してくれた先輩が意味ありげな顔をしてたのはそういうことだったわけだ。

 そして俺はミステリー作家を諦め、「近藤メディボーグ」に就職した……

 いや、どうも書きにくい。いや、書かないといけないだろうな……

 しかし、ちょっと休ませてくれ……

 


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