六章
六
水沼は再び離れにやってきていた。玄関のドアは既に鹿野がチェーンを壊していたので、難なく中に入ることができた。
「しかし、ここは密室だった、と」
相変わらず、水沼は冷静だった。
水沼は近藤の生首をあまり見ないようにした。
奥にはバケツの花嫁――ウェディングドレス、いや浴衣に着替えた近藤が首を切られて死んでいるが、確かめようともしない。
「近藤さんも殺されました」
水沼は「近藤さんも」と言った。
水沼は頭を掻いた。
「近藤さんがバケツの花嫁になって死んでます!」水沼は少し大きな声でそう言った。
「更に母屋で良美ちゃんが首を切られて死んでます!」
そう更に大きな声で付け加える。
「俺が後始末をしないといけないのかな?」
バスルームの入り口に鹿野信吾がうずくまっている。
「おい、しっかりしろ!」そう声を掛け、鹿野を抱き起す。「外の空気、吸おうか」
そうして鹿野を外に連れていく。離れの玄関の脇に鹿野を座らせて水沼は再び離れの中に入った。
そうして周りを見渡すと、部屋の隅にあった黒いゴミ袋を見つけて手にした。それで生首をゴミ袋の中に纏めて入れた。ビニール袋に入った心臓も一緒に入れた。
「サロメ」そう呟く。
外に出た水沼は鹿野の浴衣の袂に手を入れるとスマホを取り出した。
「気が付いて警察に電話されるとまずいからな」
水沼はそのまま、ゴミ袋を提げて再び母屋に戻った。階段を二階に上がり、ゴミ袋を寝室の扉の脇に置くと中に入る。
――正直嫌な気分だ。
水沼は嫌な気持ちを何とかしたかった。
――ちょっと不謹慎だがバチは当たらんだろう。こんな目に遭ったんだ、ちょっとぐらいはいいだろう。
* * *
鹿野信吾は外の空気を吸ったおかげか、正気を取り戻してきた。正気を取り戻すとは、気絶から意識を取り戻したの意味なのか? それとも狂気から正気に戻ったの意味なのか? それは定かではない。
ただ、ぼんやりと離れから誰かが生首を持ち出したことを憶えていた。確か、ゴミ袋に入れていったはずだ。心臓の入ったビニール袋もない。それと――
鹿野は袂を確認する。
――スマホがない!
誰かがスマホを奪ってしまった! それは警察に連絡できないように!
――水沼だ!
もうこれで水沼が犯人だと確定した! 弁解の余地はない!
勿論、あの密室の謎は残る。ただ、今一番考えなければいけないのは! そう、身を守ることだ。とりあえずスマホを奪うことで凌いだつもりなんだろう、幸い水沼は鹿野に危害をまだ与えていない。しかし、こっちは水沼を疑っている、それを知ったら、水沼は私を殺すかもしれない。
どうする? スマホを奪われたことに気付かなかったことにして、このまま気絶してるべきだろうか?
いや、近藤もそうだが、水沼も私を馬鹿にしていた。これがミステリーだったら――その現場にミステリー作家がいたら――
行動を起こさなければならない。水沼を――、動かぬ証拠を掴まないと!
鹿野は起き上がるとふらふらと歩きだした。母屋を目指した。母屋に入ると階段を上がって寝室の前に来た。扉の脇にゴミ袋が置いてある。中を確認すると、例の心臓の入ったビニール袋と生首が入っていた。本物の生首が――
これを今、一気に書いた。少しわからないこと、思い出せないこともあるが、こうしてミステリーとして物語が動いていくのは少し気持ちがいい。
近藤と水沼は怪しすぎる。しかし、近藤は被害者でもある。そう、殺されてしまった。無残に首を切断されて……
そして水沼は犯人としか思えない。サングラス&マスクの変装男、あれは水沼の変装だった。仮に違ったとしても、あの研究員は共犯なのかもしれない。とにかく水沼が犯行にかかわっていないはずがない。私からスマホを奪った。証拠はそれだけで十分だ。
このあとどうなったかは、ある程度ハッキリ憶えている。謎解きより、身を守る方が優先だった。鹿野信吾は再びナタを手に取った。
――とにかく、水沼を問い詰めなければ!




