表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺人事件ライラック (ブリキの花嫁と針金の蝶々)  作者: 尾崎諒馬
第二部 太陽が眩しかったから
16/144

 四章

 

     四


 鹿野信吾は何が起きているのか? さっぱりわからなかった。ただ、近藤社長が死んでいるのはわかっていた。たった今ドアの隙間――ドアチェーンで僅かしか開かないドアの隙間から見える近藤の生首は決して作り物ではなかった。それに微かだが、血の匂いもした。ウェディングドレスを染めているのも本物の血で間違いない。そして何やら血で染まった何かがビニール袋に入れられて生首の隣に置かれている。

 更に、奥のベッドに仰向けに倒れている浴衣姿の下半身――

「あれは近藤社長だ! 社長が首を切られて死んでいる!」思い切ってそう声を上げてみる。

 それで何とか頭の中の混乱と恐怖を追い出そうとした。

 

 ああ、これを書いている今でさえ、混乱している。あの時、鹿野信吾はどう思ってどう行動したか? 懸命に考えている。現実をそのまま書けばいいのかもしれないが、その現実をハッキリ書き下すことができるのだろうか?

 この近藤の死体発見シーンはこのミステリーの焦点であるのだ。あの階段でのバケツの花嫁とのくだらない遊びのような「いちりとせ」のシーンはくどいほど描写しておきながら、この一番重要なシーンを書こうとすると頭が混乱してどうしようもない。しかし先を書かねばならない。

 

 近藤社長の生首を前にして彼の死を悼む気持ちは少しも起きなかった。ただただ、良美を心配していた。

 ――水沼は二階で良美は寝ていた、そう言っていたが……

 心の中で良美は死んでいるのかもしれない、そう思っていた。今頃、水沼は死体と対峙しているに違いない。

 そう思うと今でも恐ろしくなる。

 ――いや、これはミステリーなんだ。とにかく現場を確認しないと。

 しかし、ドアチェーンで中には入れない。

 念のためもう一度裏に回る。窓は二つとも鍵が掛かっている。誰かが脱出などはしていない。

 中に入れない以上、この状態で一番確実なのは自分でも二階の寝室を確認することなのかもしれない。明らかに水沼は可怪しい。彼が「良美は寝ていた」と再度報告したところで、それは嘘かもしれない。

 ふと、近藤がウェディング姿で階段に現れた理由に思い当たった。

「良美に化けて、良美がまだ生きている、そう私と水沼に思い込ませようとしたのだ!」声に出すと混乱した頭がスッキリとしてくる気がした。


 鹿野信吾は母屋に走り、二階へ駆け上がった。そして寝室の扉をほんの少し開けた。

 と――

「良美ちゃん、首を切られて死亡……」

 そういう水沼の声が聴こえてきた。非常に冷静な声。

 ――冷静すぎる! 殺したのは水沼なのか?

 そういうことになる? 頭の中がぐるぐるわけがわからなくなってくる。

 水沼はベッドの下を気にしていた。ウォーキングクロゼットもバスルームも扉を開けて確認していた。ただ、何もなかったようだ。

 

 鹿野信吾は混乱していた。この時も、そしてこれを書いている時も――

 

 いや、とにかく、水沼は少なくとも犯人の一人だ。水沼が良美を殺して近藤がアリバイ工作を手伝おうとした? いや、殺したのはやはり近藤で水沼がその手伝いをしたのかもしれない。いや、近藤も離れで殺されている。とすれば、他にも誰かいるのか? マスクとサングラスのあの――

 そのまましばらく水沼の行動を見守ったが、やはり水沼は鬼畜だった。ベッドに横たわる亡骸(なきがら)に対して信じられない行動を見せた。

 

 鹿野はそっと扉を閉めた。今、水沼にとびかかっても逆にやられるだけだ、と思った。先に離れの中を確認しよう、そう思った。そのまま階段を駆け下りて、裏の物置に急いだ。

 物色するとナタが見つかった。これで離れのドアチェーンを破壊できるだろう。

 それに、もしも、の時は――

 とにかく、中に入らないと詳しいことは何もわからない。ドアチェーンを壊してしまっても、死体発見時、密室だったのは確かだ。水沼は今のところ放っておいて、密室の謎を解かないと……

 ――ここはミステリーの世界、夢の国なんだ。

 密室というキーワードで一瞬そう思ったが、すぐに思い返す。

 ――いや、違う! ここは現実の世界だ。俺は何を言っているんだ! 現実に殺人が――

 ナタには密室を破るため以外にも重要な役割があった。自分を守らなければならない。近藤と水沼以外にあの研究員――サングラス&マスクの小間使いもまだ近くにいるかもしれない。とにかく訳の分からないことが現実に起きている。ここがミステリーの世界、夢の国だとしても、現実の世界でもある。

 ――ハードボイルド!

 あの階段で近藤のバケツに手を掛けた時、この世界は本格ミステリーではなくハードボイルドになったのかもしれない。ハードボイルドもまた夢の国の一つなんだろう。安楽椅子に座って事件が終わってから一同を集めて「さて」とやる余裕は微塵もなかった。

 離れの前まで行き、ドアチェーンをナタで叩き壊す。力の足りなかった一回目の打撃は無残に跳ね返され、気を取り直して力を込めた二回目の打撃で、チェーンは壊れた。ドアを開け、中に飛び込んだ。

   

   *   *   *

   

 さて、このあとの鹿野の行動は追って記すとして、再び水沼の様子を見てみよう。鹿野信吾が鬼畜と断定したその行動は何であったのか?

   

   *   *   *

   

 水沼は二階の寝室のダブルベッド脇で、これからどうすべきか? それを考えていた。

 念のため、本当に誰も隠れていないか、ベッド下、ウォークインクロゼットの中、バスルームを念入りに確認する。

 ――誰もいないな。

 そう思うと、ある欲求がフツフツと湧いてくる。不謹慎だとは思いながら、その要求を抑えきれなくなる。

 ――後からでもいいが、誰もいない今の方が……

 水沼はダブルベッドに近づき、ネグリジェの(すそ)(まく)った。薄明りの中でショーツを履いた臀部(でんぶ)と両脚が見えた。

 ――いや、やはり不謹慎か……。しかし、かわいいな……

 水沼はショーツ越しであったが、薄明りの中で臀部とその下のアソコをじっと眺めていた。

 水沼は常々、良美ちゃんのことをかわいい女性だと思っていた。その感情は良美ちゃんが誰かの婚約者だとしても、自分が妻帯者だとしても関係なかった。

 ふと、後ろに気配を感じた。振り返ると扉が僅かに開いている。

 ――信吾かな?

 鹿野信吾に見られたようだ。気になった鹿野がそっと二階に上がってきたのかもしれない。言い訳を考えながらそのまま待ってみたが、入り口の扉は大きく開かれることなく、逆に閉まってしまった。

 意を決して扉を開けて寝室の外に出てみると、鹿野らしき男が階段を下に降りていくのが見えた。少し追いかけて確認するとそのまま玄関から出ていく。

 水沼は寝室を出た。ゆっくりと階段を降りて離れに向かう。

 見ると離れの玄関ドアにナタの一撃を浴びせている男が見えた。鹿野信吾だった。

 ――一人で密室に突入したか……


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ