表紙 まえがき
表紙 殺人事件ライラック(ブリキの花嫁と針金の蝶々)
まえがき
その人の写真を二葉ほど見たことがある。
いけない――「葉」などという気障な助数詞は作者の辞書にはない。二枚と言い換えておこう。
そうしてその二枚の写真の顔の印象をずらずらと記していけば、この小説のタイトルは「〇〇失格」とでもなるのかもしれない。なるほど、そうだな! 「〇〇失格」それがいいかもしれない。「ミステリー作家失格」それがこの小説のタイトルに相応しい。
ネットで検索してもその作家の情報は少ないが、ある読者がこう言っている。
わずか三作を発表した後は沈黙してしまったらしい……
しかし一方で、
三作も出してらっしゃるので「一発屋」なんていったら失礼なんですが……
そう言ってくれる読者もいる。
「わずか三作」なのか? 「三作も」なのか? それはどちらでもいいのだが、やはり「ミステリー作家失格」ではある。ここで作者が記していくこのフィクションはそういう小説だ。「人間失格」という小説が「人間」を描いた小説なら「ミステリー作家失格」という小説も……
いや、もう、この辺でやめておこう……
話を戻して、冒頭の二枚の写真というのは、ある新聞記事に載ったミステリー作家の写真である。その人が第十八回横溝正史賞で佳作を受賞し、デビューした時の――
地方在住のその人が、地元紙のインタビュー記事に掲載されたその写真。一紙は明らかに写真写りがよくないが、もう一紙はまずまずである。そのまずまずの写真が載った方のインタビューでその人は笑って「ここ地元で殺人事件が起こるかもしれませんよ」そう言ったことになっている。
いや――これも、やはり、やめておこう。
とにかく――
これから記される小説は「失格」を自認する作者によるフィクションである。それがミステリーなのか? 似非ミステリーなのか? いや、仮にそれがミステリーだとして、その前に「本格」が付くのかどうか? その判断は読者に委ねられる。
「思案せり我が暗号」でデビューする遥か以前に「針金の蝶々」というタイトルの本格ミステリーを書こうとしていたことがある。しかし四百字詰め原稿用紙に鉛筆で三十枚程度書いたところで頓挫した。そのプロットもトリックも――つまりはミステリーを構成する骨格がどうもうまく思い出せない。密室だったような気もするし、首のない死体だったような気もするのだが……
そんな大昔の――かつ(自虐か? 謙遜か? はわからぬが)出来の悪い素材を持ち出さなければならぬのは、ビートルズの最後のアルバム、レット・イット・ビーにおける one after 909 のようなものかもしれないが、一応、現在作者の頭の中には一応のミステリーの断片が渦巻いている。まだ断片に過ぎず、骨格というには程遠いのだが……
タイトルは――殺人事件ライラック――
ライラックの咲く、とある別荘で起きた殺人事件――
ライラックはモクセイ科ハシドイ属の落葉低木。フランス語からリラ とも呼ばれる。標準和名はムラサキハシドイ。
綴りはLilacだが、強引に言葉遊びすれば――
ライ Lie 嘘 欺く
ラック Luck 幸運
まだまだ書きたい事が、あれこれとあるような気もするが、前書きとしてはこれでだいたい語り尽した気もする。作者は虚飾を行はない。読者をだましはしない。読者よ、命あらばまた他日。元気で行かう。失望するな。では、失敬。幸運を祈る。その幸運が仮に「偽りや嘘」だったとしても……
(気障に一部旧仮名遣い)
ライラック
花言葉
紫のライラックは「初恋」
ピンクのライラックは「思い出」