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5話

「ふぅ……」


 口に咥えたたばこを吸った息を吐きながら、1人の女性が目の前の巨大なモニターに映り出される映像を見ていた。

 そこにいるのは自分達がいる高層マンションの上空、そこに浮かんでいる人ひとりの全身を覆う西洋の甲冑だ。


「で、あれが勇者様って訳か。え?執事様」


「恐らくは……」


 女性は長い黒髪を自身の耳に掛けながら後ろに立つ黒服に横目で見ながら訊く。

 黒服はやや答え辛そうにしながらも目の前の現実を受け入れるしかない。


「私はあくまで英司様の指示に従っているだけの身……故に最低限のことしか知らされていない」


「最低限のことったってなぁ……あいつが私達の敵だってんだろ?今このタイミングで現れたってことはよ」


 このタイミング、それは勇太を自身達の仲間として招き入れようとしたこの日……そして自身の上に立つ神崎 英司と会っている今であった。

 魔人からの接触予測自体は英司からされていた、それは英司の特異性と勇太の巨大な力により魔人を間接的に刺激する可能性があるのではないかと考えることが出来たからだ。

 そして現れたのは魔人という言葉からはイメージされる姿とはかけ離れた……純白の騎士がそこにいた。


「して、どうする鵜井三佐。ここの指揮官は君だ、戦闘においては……いやこの場においては君がこの指令室の最高指揮官になる」


「はぁ……私はただ楽したいだけだってのに……偉くなるもんじゃないね本当……」


 女性、鵜井はため息を吐くともう一度煙草を口に咥える。

 彼女の仕事は今現在の状況を把握、分析し的確に組織の各人に的確に指示を出すことだ。

 指示は早ければ早く的確であればいい、しかし彼女は一向に何かを周りに指示を出す素振りを見せない。

 それは1つ確認しなければならない事項があるからだ。


「で、我らが首相はご無事なのかね?」


「……何を言っている?」


 鵜井の言葉に黒服は顔を顰める。

 その様子を見て鵜井は少しふざけた様に笑ってみせた。


「いや、だってそうじゃないか?私達が想定していたのはあくまでも魔人の末端だ。あぁそうさね、魔人って言うからには悪魔みたいな恐ろしい奴だな。しかし……あの真っ白な鎧姿に魔人なんて言葉は似合わない……そちらかって言えば勇者様……そんな言葉がお似合いかね」


「何が言いたい」


「おい、あいつが現れてどのくらい経った」


 鵜井は黒服から視線を移し、目の前で自分達の持ち場で必死に自分の仕事をしている大勢のオペレーターに目を向ける。

 そして鵜井の指示に一人のオペレーターが答える。


「140秒ほど経過しています」


「ほらな?」


「ほらなって……何が言いたいんだお前は先程から」


「待ってんだよ……あの様子じゃブラック・ライオか?」


 黒服は鵜井の言葉でモニターに映っている純白の騎士の様子を伺う。

 両腕は胸の前で組まれ、頭部にあたる仮面の部分はやや俯き気味だ。

 確かに見方によっては待ち人にも見える。


「ここら一帯はブラック・ライオの戦闘を支援するために至る所に武装砲台やらが仕込まれてる。そんじょそこらの魔人なら追い返せるだろうって想定くらい出来る数の火器がな。何より最悪の場合自爆すりゃ道連れだ、ここが終わったらこの日本の終わりと同義だしな」


「……それで?」


「あいつがそれをわかってるかどうか……いや、それは問題じゃない。あれは少し暴れただけでこの拠点の、組織の武力じゃあ抑えられない、少なくとも空間を斬って現れるような魔法を使う相手なんて想定してないね。でだ、そんな魔法を使うやつがこんなところで何もせずに2分半も時間を無為に過ごすかね?」


「……」


 鵜井の言葉を聞き、黒服はスーツの懐にある携帯電話を取り出そうとする。

 このタイミングで英司への連絡は厳禁であったがそんなことを言っている場合ではない。

 いや……この指令室で既に正体不明の何者かが出現しているのを認識している時点でオペレーターから英司への報告は行われているはずだ。

 しかしそれなら本来自身の主からの指示が伝わってくるはず……少なくとも何かしらの反応が起こるはずなのだ。

 鵜井との会話でそのことが頭から抜けていたことをこのタイミングで気付いた。


「あ、あの……」


「ん、どうした?」


 オペレーターの一人が困惑した様子で鵜井と黒服の方に視線を送る。

 鵜井がどうしたのかとオペレーターから報告を聞こうとした瞬間、モニターに2人の少年の顔が映し出される。


『やいやいやい!やっと繋がったか!』


「誠様!それに……勇太君!?」


「おい、どこからの通信だ」


「ブ、ブラック・ライオです!」


 オペレーターの報告に黒服は驚愕する。

 何故ならこのタイミングで本来であればブラック・ライオが起動する予定はなかったのだ。

 いや、既に敵が出現している以上予定もくそもないのだが、しかし英司から何も連絡はない。

 完全に予想外の事態が起こったのだ。


『おい!何か言ったらどうだ!え!?』


『あ、兄貴落ち着いてよ』


 指令室からの反応がないことに誠は苛ついている様子でそれを勇太が諫めようとする。

 その様子に鵜井は口端を吊り上げる。


「おいガキども!確認したいことがある!」


『あ?確認したいことだぁ?こっちからはそんなもんねえ、早く外に出しやがれ!』


「この国の首相、神崎 英司はどうした?」


 鵜井の質問に先程まで騒いでいた誠は動きを止める。

 その様子だけで鵜井は何が起きたのか、ブラック・ライオの目の前でどのような寸劇が繰り広げられたのか容易に想像できた。


『……殺されました。どこからともかく現れた男に……それでそいつが姿を消すときに言ったんです、ブラック・ライオに乗って外に来いって』


『……俺達は今すぐに外に出てあいつをぶん殴る。早く外に出せ』


「……そうかねそうかね」


 鵜井は2人の言葉に煙草を吹かしながら呟く。

 そして黒服の方を横目で見る。


「……殺された、そう……か……英司様が……」


 覚悟はしていた。

 何を英司がやろうとしているのか知らされた時から命を懸けたものになることはわかっていたことであり、そしてお互いの死は覚悟していた。

 しかし彼の従者である自身が主の盾になれないどころかその死の目にも立ち会えなかった……その事実が彼の両肩に圧し掛かりそうになり、膝を思わずつきそうになるがそれを堪える。

 そして真っすぐ目の前のモニターの2人を見つめる。


「誠様……どうしてその機体に乗っておられるのですか?本来であればそれに搭乗するのは下田 勇太……彼のはずだ」


『みたいだな……でも知らねえよ、あいつをぶん殴るにはこいつがいる。それでこいつを動かすには勇太が必要で、丁度勇太と俺が座れる椅子が2個あった。後は簡単だ……こいつに乗ってあいつをぶん殴る、ただそれだけだ』


「……」


 幼少頃から知っている誠の初めて見る真剣な眼差しに、確固たる決意を見た。

 その決意を見れば誠のしようとしていることはただ流されるだけでない、自身で決めた確固たる行動であることはすぐわかる。


「……おい、丁度奴の位置的に第7ハッチが丁度いい。ブラック・ライオに位置情報を送れ、誘導してやる」


「鵜井三佐!?」


「私がこの指令室の最高指揮官、なんだろ?それに第一ブラック・ライオの力は必要不可欠、パイロット2名のモチベーションも申し分ない。初乗りが実戦なのが頂けないが……まあ魔人なんて未知の存在相手するにはこれくらいがちょうどいいのかもな、がはははは」


「しかし……」


 不意に鵜井は立ち上がり、黒服のネクタイを掴み上げる。

 首を絞められ苦しそうに顔を歪める黒服は困惑した声色で鵜井に問い掛ける。


「何を……それにふ、2人はまだ……」


「何を?2人はまだ?なんだよ言ってみろよ。わかんねえのか?あのくそったれのボンボン、いつもは自分だけが不幸ですみたいな不貞腐れたような顔してんのにいい顔するじゃねえか。あれは誰かに乗せられたた奴の表情か?」


「だが……」


「だがもくそもあるか!あいつらは自分でブラック・ライオに乗ることを選んだ!いいんだよ、世界を救うやつがどんな奴だって……でもな、それは自分の意思で、誰かにやらされた奴じゃない。あいつみたいなやつじゃねえとダメなんだ!」


 そう言うと鵜井は黒服のネクタイを投げ出すように離す。

 そしてモニターに向き直り、誠と勇太の2人に話し掛ける。


「いいか?今この地下に存在する基地から地上にブラック・ライオを上げるリフトの座標をそっちに送った。移動できるな?」


『は、そんくらい!』


『大丈夫です!こいつ……動かせます!』


 二人が言うと何か重いものが落ちるような音が規則的に鳴る。

 それはブラック・ライオが動いている足音であった。


「よし……いいか、リフトに着いたらそのまま地上まで一直線だ。出先はあいつの真下、お膳立てはしてやったぜ?」


『ありがたいこったな!』


「ブラック・ライオ、第7ハッチ着きました!」


 オペレーターの報告に鵜井は満足そうに頷く。

 そして片側の口端を吊り上げ、煙草を灰皿に押し付ける。

 その顔は笑っていた。


「ブラック・ライオ、発進!」

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