2話
黒いリムジンの後方に誠と勇太は座っていた。
しかしその態度は対照的で、小さく縮こまっている勇太に対し前の座席の頭部に足を乗せ、両手を頭の後ろに回し深く座っていた。
「……もう少しお行儀よく座っていただけませんでしょうか?」
「けっ、俺がどんな座り方で座ろうが勝手だろうが」
運転している黒服に誠は悪態をつく。
その様子を見てため息を漏らしながら黒服は目の前の景色に目を移す。
その様子をバックミラー越しに誠は見ていた。
「あ、兄貴……」
「んあ?」
「僕達どこに向かってるのかな?」
「……さあな」
勇太の疑問に誠はそっけなく答えた。
周りの景色は大通りを通り抜け、高層ビルが立ち並ぶビル群の中を進んでいた。
その景色を誠は黙って眺めている。
その様子を勇太はこの先に何があるのかわかっているように思えた。
しかしそれ以上喋ろうとしない誠と運転をしている黒服の沈黙が車内を支配し、勇太は更に身を縮こませ、小さくしていた。
それくらいの時間を走っただろうか……車はある高層ビルに入り、中にあるカーリフトへと乗った。
そして地下へ、地下へと下っていく。
「こ、ここは……」
「ここは誠様の御住所です。階数は30階、その全てが誠様のお住いになられるはずの御住所になります」
「えぇ!?!?!?」
「……けっ」
バツが悪そうに誠はそっぽを向く。
その様子をバックミラー越しに見た黒服はやれやれと少し肩を竦めるが、すぐに正面を向き直った。
カーリフトが止まると黒服が先にリムジンから降り、誠と勇太の方の扉を開ける。
開いた扉からリムジンを降りると黒服の後をついてエレベーターの横の廊下を歩いていく。
「おい、どこに行こうってんだ?そっちには別に何もないだろ?」
「えぇ、普段はそうです」
それだけ言うと黒服は何も言わずまた歩いだす。
その様子に誠と勇太は顔を見合わせ首を傾げた。
しばらく三人の靴の音だけが響いた。
「ここです」
そこからしばらく歩いていき、突き当りまで着くと黒服はそう言った。
「おいおい、なにもないじゃねえか」
少し嫌味も入った誠の憎まれ口に黒服は反応せず、壁の一部分を押す。
すると押された部分がくぼみ、そしてその部分を中心に縦に一本の筋が生じる。
するとそこから壁は左右に分かれ始め、大きな扉となって隠していた階段の姿を現した。
「……なんだここ」
「こんなところで驚かれては困りますよ。さ、お2人とも下へ……」
黒服に促されるまま、二人は階段を踏みしめる。
すると後ろの扉は閉じられ、僅かに壁から一筋光る緑色の光だけがその空間を照らしていた。
「行くしかない……よね?」
「……まあだろうな」
二人は後ろの扉が再度開かれる様子がないことを確認すると下へ、下へと足を進めていく。
「あのさ、兄貴……」
「ん?」
「兄貴って……どんな人なの?」
ふと、勇太が誠にそう訊いた。
そう訊かれた誠は少し眉を顰めたが勇太は言葉を続ける。
「僕は兄貴のこと何も知らない……僕が知ってる兄貴は喧嘩してるところとバイクに乗っているところ……あとは一緒にラーメンを食べてるところ、こんなもんだよ。でもこれは今までの兄貴からじゃ想像もできない……僕、兄貴がどこに住んでるのかも知らなかった……兄貴の夢がそんなものなのか、俺は知らない……!」
誠は自身のことをあまり話したがらない。
いつも勇太のことを肯定してくれているが、自分のことを大っぴらにひけらかすようなこともしない。
いつも何かに抗っているような……ただそんな雰囲気だけを勇太は感じ取ることができた。
「……俺の夢、か」
「だってそうだろ?僕は兄貴のこと何も知らない……なんで僕の夢を肯定してくれるのかも、何もかも!」
勇太の言葉に足を止め、誠は天を仰いだ。
その表情は誠よりも身長の低い勇太からは伺うことは出来ないがしかし今まで見たことも感じたこともない雰囲気は感じることができた。
「……俺はこの先のことを何も知らねぇ」
「ん?」
「親父の敷いたレールにただ乗っかるのが無性に嫌だった……ただそれだけで生きてきた。だからこの先のことも、明日すらもわかんねぇ」
そう言うと誠は顔を下ろす。
そしてゆっくりと拳を握り締めた。
「この先に何があるのかすらわからねぇ。けどよ、全部が終わったら話してやるよ、俺のこと……」
「兄貴……」
それだけを言い残し、誠は階段を更に下っていく。
それについていくようにして勇太も階段を下りていく……ただそうすることしかできなかった。
階段を下りていく間、2人にそれ以上の会話はなかった。
それから幾らか階段を下りていき、辿り着いたのは一寸先も見ることのできないただの暗闇であった。
腕を伸ばせば空間が広がり、そのためある程度の広さがあることはわかるがしかしわかることはそれだけであった。
「なんだここは……」
「よく来たな、勇太。それに……誠」
誠が呟くのと暗闇の先から声が聞こえたのは同時であった。
幾つかのスポットライトが暗闇の中で一点を照らし、そこには一人の男が立っている。
スーツ姿のやや白髪が混じる、しかし背中に一本筋があるように背が立つ男がそこにいた。
「親……父……?」
「待っていた……下田 勇太君……」
「貴方は……!」
勇太には目の前の男に見覚えがあった。
いや、この国で彼の顔と名前を知らない人間はいないだろう。
そして隣にいる誠の苗字が目の前の彼と同じことに気付いた。
「ま、まさか……親父って……兄貴のお父さんは神崎 英司総理大臣!?」
神崎 英司、それはこの日本の総理大臣……勇太とはまさにテレビの先の人がそこにいた。
しかし誠はそんな英司の前に臆せず勇太の前に立つ。
「てめえ!今更なんの用だ!?」
英司を指差し、誠は叫んだ。
そんな彼に英司は首を傾げる。
「誠か……今の私はお前に用はない。いや……第一お前は何故ここにいる?」
「なんだと……?」
「私はそこの下田君に用があり連れてくるように言ったのだが……お前に関係ないことだ、すぐに自分の部屋に帰りなさい」
「てめぇ……!」
英司の物言いに我慢のならない誠は勢いよく詰め寄り、そのまま胸倉を掴みかかろうと右腕を伸ばすもスーツの襟に指が届く前に英司が彼の腕を掴んでいた。
そして並大抵の相手であればどかすどころか抵抗することすらできない誠の腕を捻り上げる。
「もう一度言う。これからの話はお前には関係のない話だ。速やかにここを去り、自分のやるべきことをやるんだ」
「っ……この野郎……!」
誠は英司の掴む手を振りほどくと痛みがあるのか右腕を抑える。
その様子を見ていて勇太は信じられなかった。
確かに誠は頭の部分では自分に勝てないし周りからもそこの部分に関しての評価は高くない。
しかし身体能力、喧嘩で負けたところどころか苦戦をしたところも見たことがなかった。
しかし今、目の前に広がる光景は誠が格上の人間に圧倒される、そんな見たことのない光景であった。
「くそ……あんたはいつもそうだ……いつも俺のことを無視してあれをやれ、これをやれと命令しやがる……自分の敷いたレールに歩かせようとしやがる……そして肝心なことには遠ざけて……え?俺はあんたにとって邪魔者か?この野郎!」
苦笑交じりに叫ぶ誠に英司は表情を変えない。
まるで感情がないかのように誠の様子を見つめている。
振りほどかれた手は何事もなかったように既にしまわれていた。
「言っているはずだ。今すぐここを去れ、と」
英司は誠の言葉などなかったかのように言う。
まるで自分の言葉が届かず、彼にとってはノイズですらないことに一瞬面食らい、そして誠は思わず奥歯を噛みしめる。
只々悔しさとやるせなさがこみ上げ、膝をつきそうになる。
「あ、あの……」
「ん?あぁ、すまない。もう少し待っていてくれないか?この馬鹿息子をここからどかさなければ話が進まないのでね」
「え、えっと……その……兄貴がここから出るなら僕もここを出ます……」
勇太の言葉を聞き、英司の眉が僅かに動く。
「その……僕に何ができるのかわからない……僕、ただの中学生ですし……でも本当ならテレビの先の大統領がいて、兄貴の様子も見てて、なんかただならないことがあるってことは察せます。でも、それでも兄貴がここから出るなら何がこの先起きるとしても僕もここから出ていきます」
「勇太……」
少し気まずそうに頬を掻きながらすいませんと謝罪する。
その様子を見て、英司は誠と勇太を交互に見てため息を溢す。
「……兄貴とは、この誠のことでいいのだね?」
「は、はいそうです。俺の尊敬する……僕の兄貴です!」
「そうか……君は中々意思が固そうだ」
英司はそう言うと数歩下がり腕を上げる。
「まずは実物を見せた方がわかりやすい」
ぱちんと指を鳴らす。
鳴った音が響くと同時に暗闇の中に再度スポットライトが当たる。
そこには黒い巨人がいた。
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