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1話

「うおりゃあああああ!」


 拳が目の前の学生服の少年の頬を貫き吹き飛ばす。


「はあ!」


 そのまま振り回される太い脚からの蹴りが何人かの学生服を吹き飛ばす。


「おりゃ!はぁ!とう!」


 学生服の集団の中で大立ち回りしているのは裸の上に学ランを着ている少年だ。

 逆立った黒髪に細身ながらも引き締まった身体つき、平均よりかは長身な四肢は同世代の少年たちを吹き飛ばし、圧倒していた。


「おうおうおう、誠ぉ。ようやってくれ」


 集団の中から出てきたのは周囲から頭一つ二つ抜けた、いわゆる番長だ。

 しかし少年……誠は意に介さず彼の言葉が終わる前にその拳が顔面を打ち抜く。

 打ち抜かれた顔面に引っ張られ、高い高い放物線を描きその巨体が吹き飛んでいった。


「……」


 自分達のボスが一発で倒され、学生服の集団の動きが止まった。

 自分達が従っていた人間は目の前の、今の今まで喧嘩をしていた人間にたった一発で打ちのめされてしまったのだ。


「……で」


 誠は静止した集団のど真ん中で逆立った髪をかき上げる。

 口端には笑みを浮かべ、狂犬さが垣間見える。


「まだやるかい?」


「うあああああ!」


 その一言で烏合の衆は一目散に誠の前から姿を消す。

 1分もしないうちにさっきまでの騒動が嘘の様に誠の周りは静かになってしまった。

 その様子に少しのため息が漏れそうになる。


「はぁ……歯応えねえなぁ……」


「兄貴!!」


 誠から離れた木の陰から1人の少年が飛び出してくる。

 誠とは対照的に小柄な、気弱そうな少年だ。


「おぉ勇太、大丈夫だったか?」


「それはこっちのセリフだよ兄貴!またあんな大人数相手にして……」


「へっ、あんな奴ら物の数じゃねえぜ。それに元を正せばあいつらがお前のことを馬鹿にしたのがいけねえんじゃねえか。それでこっちがぼこぼこにしたら目の仇にしやがって……」


 誠の言葉に勇太は困ったように言葉にならなず唸った。

 それは確かに誠の言う通りであり、何回やられても手を出してくるのはあちらなのだ。

 ただただ火の粉を払っているという認識しか誠にはないことを勇太は知っていた。


「そ、それはそうだし……それにあの時のことはありがたかったなって今でも思ってるよ……でもやっぱり……」


 元々勇太は人よりも身体が弱く、いじめられていた。

 それを助けてくれたのが誠であり、それ以降勇太は彼のことを兄貴と慕っていた。

 しかし勇太のことを助けたのをきっかけに因縁を掛けられ、こうして喧嘩を吹っ掛けらることが増えたこともまた事実である。

 それが勇太にとっては申し訳なかった。


 しかし少し俯く勇太の頭を誠は撫でた。


「いいんだよ。何よりあいつらはお前の夢を笑った、それが許せなくてこうやってんだ」


 そう言いにっこりと勇太に誠は笑ってやる。

 そしてラーメン食い行こうぜ、と遠くに止めてあった誠のバイクの後ろに乗せられる。

 ヘルメットを被り、誠の身体に腕を回すとバイクのエンジンが掛かり排気音と共に出発する。


 こうして誠のバイクに乗ることはよくあった。

 そして色んな場所に行き、彼と一緒に時間を過ごすのが勇太は好きであった。

 傍から見れば一匹狼で粗暴……いわば不良という人種である誠のことが勇太は好きであったし一種の憧れでもあった。

 こうして彼のバイクに乗る時間は2人の間に会話はなかったが、風になったとも思えるこの時間が勇太は好きであった。


「っととと、着いた着いた」


 着いたのは二人の行きつけのラーメン屋であった。

 店の前にバイクを置き、暖簾を潜ると嗅ぎなれた匂いが鼻を突く。


「へいらっしゃい!……って坊主どもじゃねぇか」


「おうおっちゃん!ラーメン二つ!どっちも特盛な!!!」


「兄貴勝手にやめて!?普通のラーメンでいいです……」


 店主の初老の男に誠は注文をすると奥にあるテーブル席に座る。

 そこは二人……というよりも誠の特等席であった。

 勇太もそれに続き誠の眼前の席に座る。


「しっかし今日も多かったなぁ……ま、俺様を倒したかったら刀でも銃でも持ってこいってんだ」


「刀とか銃とかって……そんなの喧嘩じゃないよ!?」


「へっ、俺とあいつらの間にはそのくらいの実力差があんだよ!」


 誠の身体能力はそんじゃそこらの不良では……そう世代では太刀打ちできないのではないかと思える程高かい。

 それこそ喧嘩で負けるどころか苦戦をしたところですら勇太は見たことない。

 誠の言葉を信じるのであれば生涯無敗だそうだ。


「だいたいあいつらもさっさと詫び入れてやめりゃあいいのによ。あの分じゃ3日後にはまた来るね」


 そう言いながら誠は三本指を立てる。


「ま、まあもう引っ込みつかないんじゃないかな?凄い兄貴にやられてるんだもん……最初のきっかけなんてもう忘れちゃってるよ」


「かぁぁぁぁぁ……ろっくでもねえなおい。大体あいつらの弟が勇太をいじめてたのがきっかけじゃねえっか。身内の恥から始まってるっつうのにそれを忘れるなんたぁ世も末だな」


 大声で高笑いする誠の前にどんぶり2つが置かれる。

 店主が二人のラーメンを持ってきたのだ。


「へいお待ち」


「お、来た来た!」


 誠はテーブルにある割り箸の山から一本取り出すとそれを割ってラーメンを食べ始める。

 勇太もそれに倣って自身の割り箸を取り出し自分のラーメンの麺をすする。


「うっめぇ!やっぱおっちゃんのラーメンはうめえな!!!」


「あったりまえだこの野郎。何年この商売やってると思ってんだ」


 そう言いながら店主は餃子が乗った皿をテーブルに置く。


「え、頼んでないですよ?」


「いいんだよサービスサービス。また喧嘩したんだろ?喧嘩の後は腹いっぱい飯食っとけ食っとけ!」


 がははと店主は高笑いした。

 その様子を勇太は誠に似ているなと感じた。


「しかしまあ今時珍しく飽きないねぇお前は……勇太、人付き合いは考えた方がいいぞ?こいつは進むことしか能がねえからな」


「おいおっちゃん!なぁに言ってんだよ!」


「ははは……」


 店主の言葉に勇太は苦笑いで応えた。

 それを見て彼は懐に手を入れると煙草を取り出し、口にくわえて火をつける。


「おいおい、客の前だぜ?」


「け、お前ら以外に客なんているかよ」


 誠は持っている箸で指さしながら言うが店主はそれを笑い飛ばす。


「しかし勇太が誠につてられてここに来るようになってもう半年か……進路はどうすんだ?まさか誠と同じ高校に行こうなんて……」


「おいおいおっちゃん、こいつは運動はてんでだめだが頭はいいんだぜ?俺みたいな馬鹿学校行くよか新学校行った方がいいに決まってんだろ」


 誠の通っている高校はここらでは一番偏差値が低い学校であり、そこの2年生であった。

 対して中学3年生、15の勇太は偏差値的にもトップ校に行くことができる。

 誠は勇太が自分のことを慕ってくれていることは分かっているが、しかしだからと言って自分と同じ学校に来てほしいとは思っていなかった。


「……迷ってます」


 勇太は目の前で言い合う二人に少し躊躇いながら答えた。


「お、おま……こいつと同じ学校に進学しようってのか!?」


「え、あ……えっと……その、違くて……」


 驚く店主に少し言いづらそうに頬を掻く。

 その仕草に店主は首を傾げた。


「進学はしないつもりなんです……俺……」


「進学しない!?おいおいまさか本当にこいつに……!?」


「違いますよ!?……その、うちには母ちゃんしかいなくて……だから負担を掛けたくないっていうか……」


「……」


 父ちゃん、気付いたらいなくなっちゃって……と気まずそうに笑いながら勇太は言った。


「別に昨日今日の話じゃないんです。俺が小さい頃に海に出て、それ以来……だから母ちゃんが俺のことを女手一手で育ててくれた……だけどもう、母ちゃんに迷惑かけたくないんです。それに、夢を叶えたいんです、早く」


「おめぇ……」


 勇太の夢を叶えたい、その言葉には何か強い覚悟のようなものを店主は感じた。

 母親に迷惑を掛けたくない、それ自体は本音であろう。

 しかしそれ以上に夢に対しての覚悟を目の前の気弱な少年から感じられた。


「……誠よぉ、お前は知ってんのか?」


「あぁ、知ってんぜ?言っとくが俺はそれ自体は止めはしねぇよ。そりゃ学校に行けるなら言った方がいいとは思うが、勇太が選んだ男の花道を邪魔はできないぜ」


「ははは……まぁそれを漠然にじゃなくて早く叶えたいって思えたのは兄貴に出会ってからなんですけどね」


 照れながら勇太に店主はため息を漏らした。

 そして勇太の目の前に腕を組み、ふんぞり返って座る誠に躊躇わずチョップを頭上に振り下ろす。


「いて!?いきなり何すんだよおっちゃん!?」


「おめえの悪影響を受けたいたいけな少年を憂いてんだよ!」


「なにおぉ!」


 店主の言いように我慢ならなかったのか誠は立ち上がり彼の胸倉を掴みに掛かる。

 それに応戦しようと誠の胸倉を掴み、勇太は二人を止めようと慌てて間に入ろうとする。

 そんな時、店の扉が開かれ、その音に3人は顔を向けた。


「探しましたよ、誠様」


「お前は……」


 入って来たのは黒いスーツに身を包んだ、これまた黒いサングラスで目元を隠した長身の男であった。

 誠はその男を見るなり店主から手を離し、彼の前に歩み寄る。


「なんだよ、俺を連れ帰りに来たのかよ」


「いえいえそんなことは……第一はじめてでしょう?こうして見つけられたのは」


 ちっ、と誠は舌打ちをした・

 その様子に動ずることなく、男は誠の後ろにいる勇太に目を向ける。


「君が下田 勇太君、で合ってるかな?」


「え、は、はい……」


 男に声を掛けられ反射的に勇太は返事をした。

 その様子に満足げに頷くと男はサングラスのブリッジを指で押し上げ、掛け直した。


「下田 勇太君、ついてきてもらいます。これに対しての拒否権はございません。仮に同行を拒否すれば君はこの国の反逆者として逮捕されます」

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