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幼児探偵  作者: 時輪めぐる


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2/14

ノリコ先生救急搬送事件

 

 ピーポー、ピーポー、ピーポー


 昼下がりの静けさを破って近付く救急車のサイレン。


 言いようのない不安が増し、耳を塞ぎたくなるような音量になると、音はフッと消えた。




 直後、アユちゃんが、園指定のスモックとおさげを揺らしながら、すみれ組の教室に走り込んで来た。


「じけんよ~! じけんよ~! ノリコせんせいが、たいへんよ~!」


「ノリコせんせいが、どうしたの?」


 クリスティが、聞き返す。


 不安そうな顔の皆と一緒に、アユちゃんの周りに集まった。


「いま、きゅう、きゅう、しゃで、はこばれていった!」


 アユちゃんは、肩で息をした。


 皆は、息を呑んだ。


「うそっ!」


「ほんと?」


 どちらも、疑う言葉なので、アユちゃんは、少しムッとした顔になる。


「うそじゃない、ほんとう。あたし、このめで、みたんだから」


 アユちゃんは、物見高い。サイレンが鳴れば、直ぐに何事かと確認に行くタイプだ。自宅に居れば、母親と一緒に見に行くという。血筋なのかもしれない。


 サイレンが止まったので、何事かと裏門の方へ見に行ったのだという。


「せんせい、おめめ、ぎゅって、つぶっていた」


 物陰から、こっそり見ていたアユちゃんは、ストレッチャーで運ばれるノリコ先生の表情まで確認していた。


「えーっ」


「なんで」


「なんでなのかは、しらない」


 アユちゃんは、それ以上の情報を持っていなかった。


「そういえば、ノリコせんせい、おへやに、こないね」


「いつも、おしたく、すんだら、かみしばい、よんでくれるのに」


「きゅうきゅうしゃって、しにそうなときに、よぶんだよ」


 誰かが怯えたように言った。


「えっ、そうなの?」


「ノリコせんせい、しんじゃうの?」


「しんじゃうの、いやだ」


 早くも泣きそうな子がいる。


 どの子も、どうして良いのか分からず、オロオロし、ソワソワと落ち着きが無くなった。爪を噛んだり、カバンからお気にいりのタオルを取り出して、ギュッと握り締めたりした。


 クリスティも何が起きたのか分からないので、胸がざわざわした。


 皆の不安が、頂点に達しようとしていた時、更に、追い打ちをかけるように、節分の鬼の様な顔のヨシミ先生が、ノリコ先生に代わって登場した。巨体の副園長で声が大きい。


「静かに!」


 ヨシミ先生は、だみ声を張り上げ、グルリとすみれ組を見回した。


「ひいっ」


 一同、震えあがり、泣きそうな子の涙も引っ込んだ。


「ノリコ先生は、御用があって帰ったの」


 先生は、ニッコリとしたつもりなのだろうが、地顔が怖いので、それは逆効果だった。


「こわいよ~」


「何が怖いの? ヨシミせんせいに、お・し・え・て?」


 皆の顔は、恐怖に引きつった。


 その後、すみれ組は阿鼻叫喚の状態になり、お迎えに来た保護者達は、口角を上げてニィッと笑顔を作るヨシミ先生が、子供を追い掛けまわしている姿を目撃した。


「あらあら、お部屋で追い掛けごっこですか?」


「ノリコ先生は、どうされたのかしら」


 保護者達の疑問に、ヨシミ先生は、ノリコ先生が用事で早退したのだと告げた。


「子供たちは、どうして半泣きなの?」


「さぁ?」


 さっぱり分からないと首を捻る。


「かおが、こわ……ムグッ」


 田中タロウの口は、マイちゃんの小さな手で塞がれた。


「タロウくん、くちは、わざわいのもとよ」


 マイちゃんこと上島マイは、首を横に振って頷いた。




 探偵志望の阿形クリスティは、頭の隅に何かが引っ掛かっていた。


 アユちゃんは、「ノリコ先生は救急車で運ばれた」と言っていた。だけど、ヨシミ先生は、「御用があって早く帰った」と言った。どういうこと? 何か、変じゃない?





 預かり保育のお昼寝の時間に、アユちゃんとマイちゃん、タロウくんに、こっそり相談してみた。担当のユカ先生が様子を見に来た時は、寝たふりをするのを忘れない。


「ねぇねぇ、へんだとおもわない?」


 クリスティは、隣に寝るアユちゃんにヒソヒソ囁いた。


「あたしも、おかしいとおもう。だって、ノリコせんせいが、きゅうきゅうしゃに、のせられるのを、みたもん」


 その隣のマイちゃんも「へんだよね」と頷く。


 クリスティ達と頭合わせに、寝ているタロウくんの声が、頭の方から聞こえた。


「ぼくたちに、なにか、かくしているのかな」


「それって、じけんよ~!」


「シーッ」


 アユちゃんは、マイちゃんに窘められて、あわてて口を噤んだ。


「おひるねが、おわったら、ききこみ、かいしよ」




 お昼寝の後は、おやつタイム。


 クリスティ達は、食堂に集まったすみれ組や、年長のまつ組の園児に聞き込みを開始した。自分達より年下のひよこ組は、ちょっと頼りないので除くことにする。寝ぼけて、むにゃむにゃしているから。


 今日のおやつは、ホットケーキと飲むヨーグルト。どちらも好きだから、ゆっくり味わいたいが我慢する。後で、食べよう。皆が集まっている間に、聞き込みをしなくてはならない。最初は、すみれ組のテーブル。


「ノリコせんせい、いつもと、ちがうところ、なかった?」


 聞き込みはこんな感じだったはず。


 クリスティは、赤い伊達眼鏡と手帳、鉛筆をスモックのポケットから取り出した。


 赤い眼鏡を掛けると、気が引き締まる。


 父親に買ってもらったキャラクターの付いた可愛い手帳を広げ、鉛筆を構える。


「かわいかった」


「それは、いつも」


「みずたまのおリボン、つけてた」


「いっしょの、ほしいよね」


 金髪クルクル巻き毛が揺れる。


 アユちゃんが、つんつんつついたので、クリスティはハッとして鉛筆を構え直した。


「えっと、ほかには?」


「ピンクのエプロンしてた」


「きゅうしょくのときかな」


「きゅうしょくのときは、いたよ」


 タロウくんは、先生と違うテーブルだったが、普通に食事していたと言う。


「わたし、となりで、たべた」


「うんうん、それで?」


「おうどん、たべるの、はやかった。ちゅる、ちゅるって」


 今日の給食は、キツネ月見うどん。いつもと特に変わりが無かったように思ったが。


「うーん」


 給食時に変わった点は無かったようだが、先生が救急車で運ばれたのは、給食の直ぐ後だったのが気になる。


 給食が、関係あるのかな。まさか、毒が、入っていたとか?


 そこまで、考えてクリスティは、頭を振る。


 だめ、だめ。今、分かっていること以上の、想像をしては。この間、パパに叱られたのを、忘れちゃだめ。


「おかわりしてたよ」


「おうどん、すきーって」


「たべすぎで、おなかが、いたくなったのかな?」


 マイちゃんとアユちゃんは、顔を見合わせた。


 クリスティも、食べ過ぎて苦しくなることがあるが、救急車を呼んだことはない。




 次に、年長のまつ組のテーブルで聞き込みを始める。


「そういえば」


 まつ組のお姉さんが、顎に人差し指を当てて上を向いた。お口にホットケーキの欠片が着いていて気になる。


「ノリコせんせい、ヨシミせんせいに、なんか、いわれてた」


「おこられているみたいだった。モグモグ」


 隣に座る同じくまつ組のお兄さんが、ホットケーキを頬張る。


「ヨシミせんせいに、おこられている?」


 クリスティは、手帳に鉛筆を走らせる。


 ヨシミ先生が怒ったらと考えて、タロウくんは身が竦んだ。


「そのときのこと、く・わ・し・く」


 クリスティは、赤い伊達眼鏡をクィッとする。


 まつ組のお姉さんと、お兄さんによると、給食の時、ヨシミ先生が、おうどんのお代わりをするために席を立ったノリコ先生を、大きな声で呼び止めた。




「ノリコ先生、ちょっと!」


 ノリコ先生は、困ったようにモジモジした。


「おうどんのお代わりをするの?」


「は、はい」


 空の丼と、ヨシミ先生の顔を交互に見た。


「お代わり禁止でしたか?」


 きまり悪そうに、曖昧な笑顔を作る。


「いいえ!」


 ヨシミ先生は、ニィッと笑った。




 まつ組のお兄さんは、思い出すのも怖いというように首を振った。


「それから、どうなったの?」


 クリスティは、震える声で訊ねた。




「お代わりするなら、こっちに来て!」


 怒るような口調で言うと、ヨシミ先生は、ノリコ先生を給食室の奥の方に連れて行った。




「ぼくが、みたのはそこまで」


 給食を食べながら、振り返って見ていたが、給食室の奥は、棚に遮られて見えなかったのだという。


「うーん」


 クリスティは、右手のグーを顎に当てた。


「みえないところで、なにがあったの?」


 アユちゃんが、好奇心丸出しで、目をキラキラさせる。


「なんだろう」


 全く分からないというように、マイちゃんは、首を捻った。


「ノリコせんせいが、ごようで、かえったって、いったのも、ヨシミせんせいだよね」


 タロウくんは、腕組みをする。


「ヨシミせんせいが、なんだか、あ……」


 怪しいと言いかけて、クリスティは言葉を飲み込んだ。確かな証拠もないのに、自分の考えを言ってはいけない。


「もうすこし、ききこみを、しようか」


「あたし、ホットケーキたべたい」


「わたしも」


「ぼくも、おなかがすいた」


 クリスティも、皆が美味しそうに食べているので、もう我慢ができなかった。




 おやつの後、タロウくんは、体操教室に行き、マイちゃんとアユちゃんは、お母さんがお迎えに来たので、クリスティは、一人で聞き込みを続けた。


 体操教室に行ったり、帰宅したりした子がいて、預かり保育のお部屋に残っているのは十人ほどになっていた。


 すみれ組とまつ組の園児には、もう訊いたので、あまり、期待できないが、年少のひよこ組の子達に訊くことにした。


「こんにちは、ちょっと、おしえて、くれるかな?」


「おねえちゃん、だえ(だれ)?」


「わたしは、すみれぐみの、クリスティ」


「くりってい?」


「うん、そう」


「ノリコせんせいを、しっているかな?」


「のいこせんせー? しやない(しらない)」


 首を左右に振る。


「わたし、しってる」


 隣りで積み木を積んでいた、ひよこさんが声を上げた。


「きゅうしょくのときに、ノリコせんせいを、みた?」


「みたー」


「なにを、していたのかな」


「んとね、んとね。おどんぶり、もってた」


 お代わりに行く時だろうか。


「もうひとり、せんせい、いたよね?」


「いたー」


「こわいかおのせんせー」


 さっき、ノリコ先生を知らないと言った子が横から口を挟む。ヨシミ先生が印象的だったのだろう。


「なんか、おこられてた」


「こわかった」


「そのあと、ふたりは、きゅうしょくしつに、いったんだよね?」


「うん。ぼく、ついていった」


「えっ! きゅうしょくしつのなかに、ついていったの?」


 クリスティが大きな声を出したので、ひよこさんは、叱られるとでも思ったのか、怯えた顔をした。


「ごめん、ごめん。おおきなこえ、だしちゃって」


「きゅうしょくしつに、はいっては、だめなの?」


 上目遣いに見る。


「ほんとうは、だめなの。ひや、ほうちょうが、あぶないから。でも、おねえちゃん、ないしょに、しとくね。もう、しちゃだめだよ」


 うん、うんと頷く。


「これは、わたしたちの、ひみつ。ないしょ」


 クリスティが、閉じた唇の前に人差し指を立てて「シーッ」とすると、ひよこさん達は、真似して「シーッ」とした。人差し指は、口の前でなく、鼻の穴に入っていた。


「ちがーう」と言いたいのを我慢して、クリスティは、聞き込みを続ける。


「それで、なにか、みた?」


 給食室の奥の方へ行ったのまでは、分かっている。


「おうどんに、なにか、ふりかけていた」


「えっ、そうなの?」


 新事実だ。手帳にメモする。


「こわいかおの、せんせーが、わたしてた」


「ふむふむ」


 ヨシミ先生が、うどんに、何かを、かけさせたの?


「それから、どうしたの?」


「こわいかおのせんせーが、こっちにきたから、しょくどうに、もどった」


 何を、振りかけたのだろう。


「こわかった」


 そう言って、両手を顔の所に持っていこうとして手が当たり、隣の子が積んだ積み木を崩してしまった。


 ガラガラガラガシャーン!


 一瞬、時間が止まる。


「グッ、グスン、グスン、ウワーン!」


 壊された子が泣くと、壊した子も一緒に泣き出して、ユカ先生がやって来た。


「どうしたのかな?」


「つみき、せっかく、つんだのに」


 泣きながら崩れた積み木を指差す。


「わざとじゃ、ないもん。ウワーン!」


 もはや、聞き込みができる状態ではなかったので、クリスティは諦めた。


 振りかけたものは、何だったのだろう。給食室に行けば、分かるかな。




 クリスティは、おトイレに行くふりをして、食堂にやって来た。ガラス張りの向こうの給食室は、今は、誰もいないようだった。


 境の引き戸に手を掛けると、施錠されておらず、スルスルと開いた。


 年少さんには、さっき、入っちゃダメと言ったけど、これは調査。だから、仕方ないよね。


 しかし、禁止された場所に入って行くのには勇気が要る。辺りをキョロキョロと見回し、誰も居ないのを確かめると、クリスティは、意を決して、恐る恐る一歩を踏み出した。胸がドキドキする。両手を胸の前で握り締めた。


 クリスティの身長では、流し台やガス台から、ちょうど、頭一つ分出るくらいだった。


 右と左を見ながら、ゆっくりと歩く。


 大きなお鍋から、ほんのりカレーの匂いがする。たくさんのお玉やフライ返しが並んでいた。壁もダクトも調理台も銀色に光り、鏡のように、歩く自分の影を映すので、何度もギクリとして立ち止まる。


 クリスティは、ノリコ先生とヨシミ先生が行ったという、奥に向かって進んで行った。


 給食室は、窓からの採光で明るい。


 ステンレスの調理台が、ピカピカに磨かれ、その上部に棚が吊り下がっていた。


『サトウ』『シオ』『コショウ』と、書かれた容器が並んでいる。奥の方には、小さな瓶に入ったスパイス類が並んでいた。


 あのビンは、お家にもある。ママが「スパイス」って言っていた。


 ふと、調理台の上を見ると、何かが少し零れていた。何だろう。粉の様に見える。


 腕を伸ばして、ギリギリ届く辺りだった。


 クリスティが、腕を伸ばすと、指先にわずかに付着した。


 これかな? 振りかけたものって。


 指先に着いた物を観察してみる。


 赤い粉だった。何かを砕いたような荒い粉。


 これもスパイスだろうか。確かめるために、指先を舐めてみた。


「うっ! か、からーい! ゲホッ、ゲホッ」


 辛いというより、熱い。


 咳き込んで、涙が出た。思わず、その手で目を擦ってしまう。


「いたーい!」


 目を開けられない。咳と涙が止まらなくなった。口の中と目の周りがヒリヒリして、どうして良いのか分からず、その場にしゃがみ込んだ。その時、給食室に、だみ声が響いた。


「そこにいるのは誰! 何をしているの!」





 ずしずしと、重い足音が近付いてくる。逃げようにも、先は行き止まりだった。


「あなたは……」


 ヨシミ先生は、屈んで顔を覗き込んだ。


「すみれ組の阿形クリスティちゃんね!」


「ばい、ごべんだざい、グスッ」 


「どうして、泣いているの?」


「あそごの、あがいごな、なめぢゃっだ」


 ヨシミ先生は、調理台の上を確認した。


「あらまぁ、これは。……一味唐辛子を舐めてしまったの? 目も触っちゃったのね」


 ヨシミ先生は、クリスティの真っ赤になった目を見て、目も触ったと気付いたようだ。


「まず、これを飲んでね」


 コップの水を手渡される。


「飲んだ? じゃあ、石鹸で手を洗いましょう。それから、お目目の辺りを洗って!」


 流しに届かないクリスティを、抱き上げて、手と目を洗わせた。


 それから、タオルで優しく拭いた。


「どうかしら?」


「……さっきより、いたくない」


「そう、それは良かった。じゃあ、こっちに来て!」


 ヨシミ先生は、クリスティを食堂に連れて行き、椅子に座らせると、テーブルを挟んで向かい側に座った。


「さて、では、どうして、給食室にいたのか教えてね!」


 クリスティは、俯いて黙ってしまった。


 ヨシミ先生が怪しいと思ったなんて、言えない。でも、嘘をつくのも、いけない。


 クリスティは、スモックの裾をギュッと掴む。


「ノリコせんせいが、きゅうきゅうしゃで、はこばれたって」


「あら、よく知ってるわね!」


 ヨシミ先生は、驚いたような顔をした。


「みたこが、いたの」


「そうなの!」


 いちいち、声が大きくて、ビクッとなる。


「でも、ヨシミせんせいは、ごようで、かえったって、いった。だから、へんだなって」


「あー、なるほど!」


「しらべていたの。おうどん、おかわりしたあとだったから、なにかあるのかなって」


「ノリコ先生は、御用で帰ったと言ったのは、すみれ組の皆を心配させない為だったの。だけど、ちゃんと、本当の事を言えば良かったわね!」


「ほんとうのことって?」


「ノリコ先生は、お腹がすごく痛くなって、救急車で運ばれたの!」


「ノリコせんせい、だいじょうぶ?」


「ええ、大丈夫です。明日は、登園すると思います。余計な心配をさせてしまったわね!」


「おうどんに、なにを、ふりかけたの?」


「あらま、そんな事まで知ってるの?」


 ヨシミ先生は、節分の鬼の様な顔を破顔させた。


 近くで見ると、一層迫力がある。


「ノリコ先生が、お代わりをするっていうから、『七味唐辛子を、かけると美味しいわよ』って、言ったの。だけど、一味しかなくって。一味って、さっきクリスティちゃんが、舐めちゃったやつね!」


「すごく、からかった」


「そうね。一味は辛いわね!」


 それでと、少し言い淀む。


「ノリコ先生のおうどんに、一味が沢山かかってしまったの。中蓋が外れて、ドバっと。できるだけ取ったのだけど、辛過ぎたのね。お腹が痛くなってしまった」


「からすぎると、おなかが、いたくなるの?」


「なるのよ。お腹といっても、ノリコ先生は胃痙攣だったけど」


「いけいれん?」


「この辺りが痛くなる」と、おへその上辺りに手を当てた。


「痛がり方が普通じゃなくて。もしかして、違う病気だと困るから、救急車を呼んだの」


「ノリコせんせいが、だいじょうぶで、よかった」


 クリスティは、ホッとした。


「私が、余計な事を、言わなければ良かったわね」


 クリスティは、ヨシミ先生が、しょんぼりするのを初めて見た。いつも、大きな声で怖い顔で、のしのし歩いているのに。


「さぁ、謎は解けたかしら? そろそろ、預かり保育のお部屋に戻りましょう。ユカ先生が心配してるわよ。あと、給食室は、子供は入ってはいけないの。これからは、気を付けてね」





 クリスティは、迎えに来た母親と帰宅した。


「ねぇ、ママ。きょう、ノリコせんせいが、きゅうきゅうしゃで、はこばれたのよ」


「えっ?」


 カバンから、連絡帳を取り出して読んでいた母親は顔を上げた。


「いけいれん、なんだって」


「あら、まぁ」


「からいものを、たべちゃって」


「あー、それで、あなたは、給食室に入ったのかな」


「なんで、しっているの?」


「ここに書いてある」


 母親は、連絡帳を見せた。


「一味唐辛子を舐め、触った手で目を擦っちゃったのね。今は、大丈夫?」


「うん」


 一味唐辛子が、あんなに危険な物とは知らなかった。これからは気を付けよう。


 でも、自分で確かめられたのは、良かったのかもしれない。


「探偵さん、今日の事件は解決できたわね」


 母親は、サムズアップして微笑んだ。


「まぁね」


 嬉しいような、嬉しくないような。





「パパがいったことは、まもった。しょうこが、ないから、ひとを、うたがわなかった。ヨシミせんせいが、あやしいって、いわなかったよ」


 ベッドの上で、愛猫のミス・マープルに話しかける。


 ミス・マープルは、クリスティの持つ、猫じゃらしに夢中だ。


「きょうね、わかったの。ひとは、みかけによらないってこと」


 ヨシミ先生は、怖い顔をしているけれど、唐辛子で泣いていたクリスティに、優しくしてくれた。給食室に入ったことを、いきなり、怒るのかと思ったのに、ちゃんと、訳を聞いてくれた。


「それと、おとなは、ほんとうのことを、いわないことがあるってこと」


 ヨシミ先生は、「すみれ組の皆が心配しないように言わなかった」って言ったけど、そのことで、余計に心配してしまった。


「しんじつは、ひとつっていうけど、おとなは、ちがうのかな。ねぇ、きいてる? ミス・マープル」


 白いペルシャ猫のミス・マープルは、猫じゃらしを、両方の前足で挟んでゴロンと転がった。






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