サンタクロースの謎事件(後編)
「たんていの、でばんのようね」
クリスティは、スモックのポケットから赤い伊達メガネと可愛い手帳を取り出した。
「みんな、きょうの、サンタさんで、きがついたことを、おしえて」
「ふとって、なかった」
「せが、たかかった」
「ゆびわを、していた」
それは、クリスティも気が付いていた。左手の薬指の指輪が照明に反射してキラッと光った。どんな指輪かは、分からなかったが。
「あたくち、みました。こんな、じが、ついてました」
ユウカちゃんは、両手の人差し指を、縦横にくっ付けて、T字を作って見せた。
クリスティは、手帳に書き込んだ。
「しわが、なかった」
「おひげの、さきを、ゆびで、クリクリさわって、いた」
(おひげの、さきを、クリクリ?)
クリスティが考えこもうとした時、ノリコ先生がニッコニコしながら皆を呼びに来た。
「給食の時間だよーっ! 食堂に行こう!」
食堂はクリスマスの飾り付けがされていて、各テーブルには、ミニサイズのクリスマスツリーが飾られていた。
「きょうは、ケーキが、でるんだよね!」
甘いものが大好きなマイちゃんの声は弾んでいる。
クリスティは、同じテーブルのノリコ先生にも訊いてみることにした。
「せんせい、あのね。きょう、きた、サンタさんは、ほんもの?」
「えっ、えっ?」
ノリコ先生の、目が一瞬泳ぐ。
「本物だよ。どうして?」
「アユちゃんと、タロウくんの、おうちに、きた、サンタさんと、さっきの、サンタさんが、ちがうみたいなの」
「ふ、ふーん。そうなんだ」
自分達の名前が聞こえたので、アユちゃんとタロウくんは、こちらに顔を向けた。
ノリコ先生の声が上ずった時、給食のおばさんが皆の食事をワゴンに乗せて運んできた。
「うわぁっ、おいしそう!」
星型のチキンライスとフライドチキン、ブロッコリーとポテトのサラダ、クリスマスケーキがワンプレートに盛り付けられ、それにカップのコーンポタージュが付いている。皆が好きな物ばかりだ。
「では、皆さん、いただきます!」
ヨシミ先生の声に続いて、「いただきます」をした皆は給食に夢中になった。もう、誰もサンタさんの事など気にしていないようだ。
しかし、クリスティは、チキンライスを頬張りながら、皆から聞いた事を思い出していた。
『ふとって、なかった』
(しゅっとしていた)
「クリスちゃん、フライドチキン、おいしいね!」
隣のアユちゃんに、モグモグしながら頷く。
『せが、たかかった』
『ゆびわを、していた』
『しわが、なかった』
(おじいさんではなく、せがたかい。Tのついたぎんのゆびわ)
ブロッコリーを齧る。
『おひげの、さきを、ゆびで、クリクリさわって、いた』
(みおぼえある、くせ)
それと、自分が引っ掛かっていたウィンク。
ここまでの情報を合わせると、よく知った人物が思い浮かぶが。そんな訳はない。その人は、今日いつものようにお仕事に行った。「行ってらっしゃい」もした。
(ダメ、ダメ。いま、わかっていることいじょうの、そうぞうをしては。もうすこし、じょうほうが、ひつよう)
クリスマスケーキを食べ始める。
そこで、クリスティは、今朝アユちゃんが、職員室を張っていたのを思い出した。
(きゅうしょくが、おわったら、しょくいんしつへ、いってみよう)
給食が終わって、預かり保育でない子達は、教室でお着替えをし、帰り支度をしている。
クリスティは、こっそりと職員室に向かった、はずだった。
「クリスちゃん、なにしてるの?」
急に、後ろからアユちゃんの声がしたので、クリスティは、飛び上がった。
「びっくりした! ……サンタさんの、てがかりを、さがしているの。あさ、アユちゃんは、しょくいんしつに、はいるのをみたって、いっていたから」
「プレゼントを、くばったのは、きゅうしょくの、まえだよ。みんなが、きゅうしょくを、たべている、あいだに、かえっちゃったんじゃ?」
「……そうだよね。せかいじゅうの、こどもたちに、プレゼントを、くばるのだものね」
クリスティが溜息を吐いた時、アユちゃんが目を見開いた。
「あ、あれ!」
職員室の窓を指差す。
職員室の中に、赤いサンタクロースの服を着た人が、こちらに背中を向けて机に向かって何かをしていた。
「なにしているのかなぁ?」
「うーん、ごはんを、たべているのかな」
時折、左手で湯飲み茶わんを掴んで、首を後ろに傾ける。お茶を飲んでいるらしい。
「あ、おわったみたい」
サンタさんは立ち上がると、容器と湯飲みを載せたお盆を持って、隣の給湯室に向かって歩いて行き、視界から消えてしまった。
「いまの、ようき、みたことある」
「うん。うしのやの、ぎゅうどんの、ようき!」
「サンタさんって、ぎゅうどん、すきなのかな?」
クリスティの頭に、また何か引っ掛かった。
(うしのやの、ぎゅうどんが、すき?)
「うちの、おとうさん、うしのやの、ぎゅうどん、すきだよ。よく、かってくる」
「うちのパパも……」
二人とも父親がテイクアウトして買ってくるので、容器の柄を覚えていたのだ。
「サンタさんが、ぎゅうどん、すきって、なんか、へんだよね」
そういうと、アユちゃんは、おトイレに行ってしまった。
(おひるごはんを、たべたなら、そろそろ、かえるはず。ソリは、ちゅうしゃじょうに、あるのかな)
クリスティは、靴を履き替えて、正門まで歩いて行った。通常保育の子達は、今は開いている正門付近で、通園バスの順番を待っている。
正門の向かい、道路を挟んで駐車場があり、通園バスの他、先生方の通勤の自家用車や、来客の車を停めることが出来る。
正門の所まで行って、向かいの駐車場を見渡したが、ソリは無かった。
その代わりに、クリスティは、見覚えのある車を見付けた。びっくりしたカエルみたいな顔している、頭が白くて青いボディの車。ナンバーは、1188。
間違いない。父親の愛車だった。
(パパが、えんに、きている! やっぱり、サンタさんは?)
だが、しかし、まだ決定的な証拠が無い。
クリスティは、首をブンブン振った。
父親の車があるということは、此処で待っていたら、父親が来るということ。クリスティは、通園バスを待つ子達に混ざって、正門の門柱の陰で待っていた。
しばらくすると、園の塀の外を父親が歩いて来た。職員室に近い裏門から園の外に出て、塀沿いに歩いて来たらしい。
(あれって! ……パパ、きが、ついてないのかな?)
顔を見てクリスティは、確信した。
父親はサンタクロースだと。
クリスティは、サンタさんの正体を突き止めたが、これを皆にどう話したら良いのかと考える。
(うちのパパが、サンタさんだよって、いっていいのかな?)
夏の『七夕暗号事件』の時に、誰かが秘密にしたい事を、勝手にばらしてはいけないことを学んだ。父親が園に来ているのに、自分と会わずに、こっそり行動しているのは、秘密にしたいからなのだろう。
探偵として、依頼者に応えたい気持ちとの間でクリスティは悩んだ。
「クリスちゃぁん、お腹いたいのぉ?」
預かり保育の部屋で、ユカ先生が眠そうな声を掛ける。クリスティが、体を丸めて床をゴロゴロしていたからだ。
「ううん、ちがうの」
どうしたら良いのか分からずに、ゴロゴロしてしまったらしい。
「だいじょうぶ?」
タロウくんやマイちゃん、アユちゃんも心配そうに近付いて来た。
探偵として、答えを出さなければならない。
クリスティは、体を起こして床に座った。
「タロウくん、きょうの、サンタさんのこと、しらべたの……」
「サンタさん、うしのやの、ぎゅうどん、たべていたね!」
アユちゃんが横から口を挟む。
「えっ! サンタさん、ぎゅうどん、すきなの?」
「うちの、おとうさんも、すきだよ」
タロウくんの言葉にマイちゃんが答えると、タロウくんも「うちもだよ」と言った。
皆、大好き牛野屋の牛丼。
「……ぎゅうどんが、すきなのは、わかったの。サンタさんが、ほんものか、どうかは……」
皆、クリスティの次の言葉を待っている。
ドッキン、ドッキンと胸が苦しい。
皆の目が自分に注目していた。
スゥーッと、クリスティは大きく息を吸い込んで、深く吐く。心が決まった。
「きょうの、サンタさんは、ほんものだと、おもう。アユちゃんの、おうちに、きた、サンタさんも、タロウくんの、おうちに、きた、サンタさんも、ほんものだと、おもう」
「じゃあさ、じゃあさ、なんで、ふとっちょとか、メガネとか、しゅっとしているの?」
アユちゃんが食い下がる。
「サンタさんはね、いっぱい、いるんだよ」
クリスティは、先程、ゴロゴロしている時に思い出した。
「さむい、とおいところに、サンタさんの、くにが、あるの。まえに、テレビで、やっていた。サンタさんが、たくさん、いてね、みんな、ソリで、しゅっぱつ、するの」
「えーっ、そうなんだ!」
「サンタさんは、いっぱい、いるんだね」
「きょう、きた、サンタさんも、うちに、きた、サンタさんも、アユちゃんちに、きた、サンタさんも、ほんものなんだ。よかったぁ。ぼくたちの、おてがみは、ちゃんと、とどいたんだね。クリスちゃん、ありがとう!」
アユちゃんとマイちゃん、タロウくんは、安心して、口々にクリスティに感謝を述べた。
(パパの、おしごとが、サンタさんなのは、ないしょ)
父親は、自前のポアロの様な髭を貯えているので、サンタクロースの顎髭は取ったが、鼻の下の髭は違和感がなく、取り忘れて着けたままだった。
今日、園に来たサンタさんは、父親だ。
クリスティは、すごい秘密を知ってしまったと、ワクワクが止まらない。父親のお仕事はサンタクロースだということ。何故、サンタさんの国に住んでいないのかは、分からないけれど、お爺さんの白い髭で変装して、プレゼントを配っているのだ。でも、それは、皆には内緒にしなくてはいけないことのようだ。
「ママ、きょうね、えんに、サンタさんが、きたよ」
帰宅したクリスティは、母親に打ち明けようかどうしようかと考えた。
「良かったわね。去年のも可愛かったけれど、このブーツのお菓子、可愛いわ。イギリスに、こういうのは無かったかな」
母親がクリスマスブーツの話から、イギリスのクリスマスのお菓子の話をし始めたので、クリスティは、それ以上サンタさんの話をすることが出来なかった。
再び、話せたのは、父親の帰宅後だった。
夕食時に、父親の左手をじっくりと見る。
(Tのついた、ぎんのゆびわ)
「何だい? クリスティ。パパの手がどうかした?」
「ううん、なんでもない」
クリスティは、一人でニマニマした。
「あのね。アユちゃんや、タロウくんは、おうちに、きた、サンタさんを、みたこと、あるんだって。ふたりとも、きょうの、サンタさんと、ちがうって、いうの。それで、わたしに、きょうの、サンタさんが、ほんものかどうか、しらべてって、いったの」
「……調べて、分かったのかい?」
母親が右手を伸ばし、テーブルの上の父親の左手を握った。
「うん、わかった」
両親は、息を殺して、幼い娘の次の発言を待った。
「きょう、きた、サンタさんは、ほんものだった。アユちゃんやタロウくんのおうちに、きた、サンタさんも、ほんものだった。サンタさんは、たくさんいるの。ほら、まえに、テレビで、サンタさんの、くに、やっていたでしょ? いろいろな、サンタさんが、いるみたい」
両親は拍子抜けしたように、顔を見合わせた。母親は握っていた父親の手を離し、父親は紅茶のカップを口に運んだ。夕食後の紅茶を楽しむ余裕が出たようだ。
「どうして、本物って分かったんだい?」
「んー、それは、ひみつ」
「秘密なんだ?」
「うん」
クリスティは、ホットミルクを飲みながら、
『あがたクリスティ・じけんぼ』を書いた。
『サンタクロースの なぞ じけん』
『いらいしゃ タロウくん』
『サンタさんが ほんものか しらべる』
『サンタさんは ほんもの たくさんいる ぎゅうどんが すき』
『ほうしゅう すごいひみつ』
「ねぇ、ミス・マープル。たなばた、あんごう、じけんのこと、おぼえている?」
パジャマに着替え、ベッドにもぐりこんだクリスティは、愛猫の白いペルシャ猫に訊ねた。ミス・マープルはクリスティを不思議そうに見つめる。
「だれかが、ひみつに、したいことを、かってに、いっては、いけないことが、わかった、じけん」
あの時、クリスティは大泣きして学んだのだ。タロウくん達に全てを伝えられないのは、探偵を志す者として、もどかしいけれど仕方がない。
十二月一日から開けているアドベントカレンダーの扉の残りは、あと六つになった。
それから、二日後、終業式があった。
園長先生のお話の後に、PTA会長のクリスティの父親も挨拶をした。
「寒さに負けないで、ご家族と楽しい時間を過ごしてください」
「風邪を引かないようにね。来年のお正月に、 皆の元気なお顔を見せてね」
ノリコ先生は「皆と会えなくて寂しいよ」とちょっと涙ぐんだ。
それを見て、皆も「せんせー」「せんせー」とハグをしに行った。二週間後には、また会えるのだけれど。
四日後、アドベントカレンダーの最後の扉を開く、クリスマスイブ当日になった。
クリスティの家では、母親がチキンのローストやミンスパイ、クリスマスプディングを作った。
居間には、シックなクリスマスツリーが飾られている。
クリスマスディナーが始まった。
「クリスティは、サンタさんに何を頼んだのかな?」
父親が、ローストチキンを食べながら訊ねる。
「めいたんていに、なるための、ほん。サンタさんに、おてがみを、かいたの」
クリスティは、芽キャベツのローストを口に入れた。母親が追加の玉ねぎや人参、カボチャのローストをクリスティの皿に取り分ける。
「ママが、ちゃんとお手紙を送っておいたわ。今夜は早くベッドに入りましょうね」
(ふふふ)
クリスティは、また一人でニマニマする。
「クリスマスソックをベッドに吊るすのを忘れないようにね」
父親がウィンクした。
「パパ、ママ、おやすみなさい」
「おやすみ、クリスティ」
クリスティがベッドに入ると、ミス・マープルが顔の側にそっと寄り添った。
今夜は遅くまで起きていて、家のサンタさんを見るつもりだったが、もう必要ない。
父親のお仕事がサンタクロースと知ってしまったのだから。
ミス・マープルは眠そうだ。目がショボショボしている。
「ミス・マープル、おやすみ」
ニャァ……
言っているそばから、ミス・マープルは眠ってしまう。それを見て、クリスティの瞼も下がってくる。やがて、クリスティも眠りに落ちて行った。
夜が更けた頃、クリスティの部屋のドアが静かに開いた。
ミス・マープルはピクリと耳を動かし、目を開ける。誰かが入って来て、目を開けているミス・マープルに気付いてウインクする。唇に人差し指を当て、シーッと合図すると、ベッドに近寄り、柵に吊り下げられたクリスマスソックに、リボンの付いたプレゼントをそっと入れて立ち去った。
しゅっとしたサンタクロースだった。




