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第十六話 船幽霊のエレジー(哀歌)

 山田美妙の持つ【らしさ】は、鍋島栄子の【女らしさ】とは色合いが違う。

 栄子の【女らしさ】は武器である。道具である。それを操るには【私の技量をご覧じろ】といった【人格】が必要になる。

 もちろん、【人格】を前に出さぬように彼女は隠す。隠し方がいちいち鮮やか。結果的に誰も栄子のことを悪く言わないという状況が用意される。そこに、社交術の天才と呼ばれる栄子の【人格】が表現される。

 山田美妙は【人格】を持つことを拒絶する。

 彼は死ぬ間際において、自分が硯友社を裏切ったことを石橋思案に謝りつつ、その理由を母親ヨシと義祖母マスの抑圧に求める。

 人生の最後の瞬間まで、個人責任の主体となる【人格】を拒絶する。

 僕は悪くない。


 他者から抑圧されて【人格】を持ちえない者。

 それは、中島梓(栗本薫)が指摘するところの、【JUNE小説を必要とする少女】ではないだろうか?

 往時の『JUNE』誌の投稿者の性差の傾向。 

 少年(男性作家志望者)は、キャラの書き分けはできるが、情念が足りない。少女(女性作家志望者)は、キャラの書き分けはできないが、情念が氾濫する。

 山田美妙の持つ【らしさ】は、【JUNE小説を必要とする少女】のそれと同一ではなかろうか?

 彼の作品のうち、詩集『少年姿』、小説『いちご姫』、小説『女装の探偵』、作詞『敵は幾万』などを鑑賞していただきたい。

 同性に対する肉欲・異性装・敵の徹底的撃滅。

 破壊的で抑圧的。

 自己の属する集団の外の者の心情に対する関心の不足。

 近代的な個人は存在しない。

 統合された【人格】が形成されないまま、利己的な情念だけが暴走する(自己を利する。自己エゴ人格パーソナリティは明確に区別されるべき概念である)。


 明治時代の小説のテーマ(ストーリー・キャラ)を重視した文学諸派の対立について【人格】をキーワードに説明を試みたい。 写実主義は、外部との交流のためのペルソナ(仮面)を用意する人格パーソナリティーの存在を前提にして、事実のデフォルメを一定程度に許容しつつ、他者に受け入れられる客観的な真実(理想)を追求しようとした。【人格】の存在のためにヨコの関係(社会との関係)を重視する見解である。

 浪漫主義は、個人内部の【人格】の一貫性を重視して、時には極端な事実のデフォルメも認め、一貫性のある【人格】を有するオリジナルキャラ(類型的ではない独自の登場人物)を造形の大切を説いた。【人格】の存在のためにタテの関係(個人内部の過去・現在・未来の【人格】同士の関係)を重視する見解とである。

 自然主義は、理解困難な人物や出来事について事実そのままに社会的資料として書き残すことが後の社会の発展のために有益であると説く。【人格】の存在のために必要なタテの関係とヨコの関係が所与として扱われている。


 山田美妙について、写実主義・浪漫主義から自然主義へのミッシングリンクとして独自性を坂井優は認める(坂井優「実験小説から私小説へ/美妙スキャンダルとゾライズム」『京都語文 / 仏教大学国語国文学会 編』第一四号)。

 山田美妙の作品は、他者からの抑圧のゆえに【人格】を持ちえなかった者による利己的な情念の暴走であるがゆえ、そこに【人格】の形成に必要なタテの関係もヨコの関係も存在しない。

「現実の近代的な【人格】の形成においてタテの関係もヨコの関係も必要だ。しかし、商業小説を書くのならば、必要に応じて現実から離れ、それらを少し犠牲にしても、読みやすさを確保するべきである。タテ(キャラの一貫性)とヨコ(ストーリーテーマの客観的な明示)のいずれを優先するべきか?」

 そのような写実主義と浪漫主義の対立に山田美妙の小説は割って入る。

「いや、【人格】なんて上等なものは最初から持っていないよ!」

 文学史の流れとしては、【人格】の存在を当然とする私小説(自然主義)が多数派になる。

 その時に文学のメインストリームの視界からこぼれ落ちたのは、他者からの抑圧のために【人格】をまともに形成しきぬれぬ人々の存在だ。

 山田美妙の叫びは、他者からの抑圧の問題に悩む者に対して、同様の問題について悩む者が他にいることを示した。 

 男社会からの抑圧に苦しむ当時の女学生たちは、山田美妙本人の容姿の良さとあいまって、山田美妙の小説を熱狂的に支持した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 幼き日の山田美妙(武太郎少年)は、美少年であった。儚く美しい幻想詩の世界の住人。少女としても見ても美少女で通る。

 女として見てもあらまほしき、だ。

 口を開いて、

「船幽霊の話って、怖いって、僕、最近に思うんだ」

 と言う。

 中学校の昼休み、武太郎はわざわざ徳太郎の教室にたずねてきている。

 なのに、

「穴の開いた柄杓ひしゃくを渡せば終わりだろ?」

 にべもない答え。

 沈黙。

 少し気まずく思ったのか、徳太郎は言葉を並べる。

 適当に。

「船幽霊ってアレだ。海が荒れて船が沈んでくたばった連中が成仏できずに船幽霊になる。嵐の日などに漁に出ると現れ、船の縁に手をかけ、口々に柄杓ひしゃくを貸せという。

 柄杓を一本しか貸さなくても、その途端に、同じ柄杓が増えて、やってきた大量の船幽霊たちの手もとにいきわたり、船の中に水を入れられて船が沈んでしまう。

 この時、底の抜けた柄杓を貸したのならば、水はどうやっても入らないから、船幽霊たちはキャンキャン泣いて海の中へ消えていく。

 まあ、確かに、一人の船幽霊に柄杓を渡したら、同じ柄杓がバババっと増えたら、チト驚くやネ。絵草子で描けば盛り上がるかな?」

 違うよ。

 武太郎は口を開いた。

「僕が知っている船幽霊の話は違う」

「どこが?」

「あのね、僕の知っている船幽霊の話では、底の抜けた柄杓を渡された船幽霊たちは、嵐がやむまで、船に水を入れて沈めるようとして、ずっとずっと、底の抜けた柄杓で海の水を汲もうとし続けるのさ。まったく同じことを、繰り返し繰り返し」

 徳太郎は笑う。

「おいおい、底の抜けた柄杓を渡されたとき、たくさん頭数がいるのに、それを使い続けるなんて、愚の骨頂だろ? 間抜けすぎる」

「いやね」

 船幽霊の話に感じた底知れない怖さを武太郎は徳太郎にもわかってもらいたい。

「底の抜けた柄杓でずっと水を汲み続ける船幽霊たちは、何を考えるんだろう?」

「船幽霊の気持ち? 

 それは、生きている人間を仲間に引きずり込むために、船に水を入れて沈めたいんだろ? さすがに、幽霊の気持ちを思いやるほど、俺もヒマじゃねえや」

「もし本当に船を沈めたいなら、底の抜けた柄杓を渡された時点で諦める」

「そろいもそろって馬鹿ばかりなのさ」

 と、徳太郎は決めつける。

 荒っぽい。

 武太郎は哀しい。

「そうじゃないんだ。僕は船幽霊が空っぽなんだと思う。底の空いた柄杓のように。みんなみんな空っぽなんだ。だから何も残らなくていい。何の結果も残らなくていい。

 本当に船を沈めたいなんて思ってないんだよ。船が沈んでも沈まなくても船幽霊たちにとって何も変わらない。ずっとずっと同じ日ばっかりが続くんだから。嫌になるよ、誰だって、たとえ幽霊だってさ。

 それでも船幽霊たちは船を沈めようとするのさ。何か別の大きな恐ろしいものに脅されているか。さもなきゃ他にやることがないか。それぐらいしかできないからだよ。それぐらいしかわからないからだよ。  

 もう絶望だよ。幽霊だからすでに死んでるから誰かに殺してもらって終わりと言うわけにいかない。

 ただ夢見るのは、どのように抵抗しても叶わない圧倒的な力で、無理やり:蹂躙じゅうりんされ、まわりから完全に見捨てられるぐらい、みじめに凌辱りょうじょくされること。

 目茶苦茶ににされて襤褸襤褸 (ぼろぼろ)にされて二度と後戻りができないと確信することができて心が壊れて何も感じない。

 もしも、そうなったら、そのとき、初めて、船幽霊は、何の生きる意味も持たない淋しい永劫の牢獄から解放されて、救われるのだろう」



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