アルパカ、バッタ、タガメ
自主企画『リライト企画』参加作品です。
島猫。様の『第二性https://ncode.syosetu.com/n7422il/』のリライトになります。
教室がいつもよりざわついていた。
今日は自分の第二性が判明する日だ。
みんなちょっとしたお祭りムードだった。
「俺、バッタだったよ」
そんな声が教室のあっちこっちから聞こえる。
ほんとうは自分の第二性を他人に明かすことはご法度だ。
でもバッタの人は平気でそれを破り、ふつうに明かし合っている。
まぁ、当たり前のことだ。人類の90%以上はバッタなのだから。
僕は自分に渡された『診断書』をなかなか開けることが出来なかった。
どうせ僕もバッタなのに。なぜだろう、これが虫の知らせというやつなら、まさしく虫=バッタだということだろうに。
人間には産まれ持った性が二つある。
第一の性とはもちろん男性と女性。
第二の性はアルパカ、バッタ、タガメのいずれかだ。
これはしかし第一の性と違って、高校二年生になるまで誰にも明かされない。
第一の性と違い、明確に『優劣』があるのだ。自分でその後の自分の人生を背負って行ける年齢になるまでは、人格形成に多大な影響を及ぼすため、秘密にされるのだ。
高校二年の秋にそれは知らされる。
学校行事として、第二の性検査が行われ、各自に検査結果の『診断書』が配られる。
とはいえほとんどの人は平凡なバッタだ。バッタだったら何も変わることなく、今まで通りに人生を続けて行ける。
アルパカなら選ばれし優れた第二性の持ち主として、選民思想を持つことを許される。
タガメだったら……底辺の性だけど、それはそれで役目はある。みんなのための踏み台になるという役目が。
アルパカなら社会の頂点に立て、バッタなら社会の歯車になり、タガメだったら社会の奴隷になるのが通例だ。
僕は平凡だ。
容姿も、能力も、何もかもが平凡だと自分で思う。
だからもちろん、この『診断書』の中にはバッタと書いてあるに違いない。
まさか僕がアルパカだなんて、あるわけがない。
そう思いながらも虫の知らせは消えなかった。
もしや……もしかして……アルパカだったり……するのだろうか?
そう思いながら、ようやく『診断書』を開いて、見た。
あなたの第二の性は【タガメ】です
目をこすって、何度も読み返した。
自分の目がおかしいことを願った。
【オメガ】と読み違えているんだと自分に言い聞かせた。オメガだったらまだ、なんかカッコいいという救いがある。
しかし、間違いなかった。
僕は、社会の底辺の性。みんなの奴隷……
タガメなのだった。
幸い、僕はクラスの中でも目立たない存在だ。誰も僕に「検査結果、どうだった?」なんて聞いてくるやつは……
「おい、太郎」
いた!
「俺、アルパカだったぜ。おまえは?」
幼馴染みのナオキ。
やっぱりアルパカだったかという他ない。
なんでも出来て、クラスの人気者。女子人気も芸能人並みだ。
僕みたいな地味男子に優しくしてくるところもみんなの好印象を爆上げしている一因だ。単に家が隣同士だってだけなんだけど。
「いいだろ……別に」
僕は『バッタだよ』と嘘をつけばいいのに、つけなかった。
「……ま、聞かなくてもわかるわ」
ナオキはにこっと笑うと、僕の髪の毛を軽く引っ張った。
「アルパカじゃなくてショック受けてるんだろ、バッタくん?」
言えない……。
絶対に言っちゃいけない、僕がタガメだなんて。男でも子供を産める性だなんて。
いつものように、ナオキと二人、歩いて下校した。
家が隣同士だってだけの理由だけど、ぼっちの僕にはナオキがいつも一緒に帰ってくれることが、とても有り難く、楽しかった。
「そういえば、おまえから借りてるあのゲームよー、なかなかムズいよな、あれ。まだまだクリアできそうにねーから、もう少し貸しといてくれるか?」
ナオキの声が、なんだかいつもより男らしく、ホレボレしてしまうほどに聞こえる。
おかしい。こんなの今までなかった。
自分がタガメだと知って、早速卑屈にでもなったのか、目の前のご主人様にご奉仕してしまいそうになる。
僕はいつも言葉少ないやつだけど、今日はなんだかおかしい。ナオキのことを意識して無口になってしまう。
僕が相槌を打つだけで、どんどん一人で喋ってくれるナオキ。その笑顔が、背の高さが、唇の動きが、広い肩幅が、僕を魅了する。
ナオキの子供が産みたいと思いはじめた。正しくはタガメが産むのは人間のたまごだけど、いっぱい産みたいと思ってしまった。
タガメはいっぺんに何個もたまごを産む。それで少子化社会に貢献することができる。
ナオキのたまごをいっぱい産んで、背中にそれをぜんぶ乗せて、甲斐甲斐しく育てたい。
「おい?」
ナオキに気づかれた。僕の様子がおかしいことに。
「なーにもじもじしてんだ? もしかして、俺に隠し事してねーか?」
そう言って、ナオキが肩を組んできた。
じゅ……、じゅうぅーん……!
僕の下腹部のあたりに、へんな感覚があった。
これ、もしかして、噂に聞く『タガメの発情』かもしれない。
「やっ……、やめてよ!」
僕はナオキの腕を振りほどいた。
「な……っ、なんでもないからっ……!」
「おい、顔、赤いぞ?」
ナオキに顔をまじまじと見られてしまった。
「風邪か? 熱あるんじゃねーか?」
ナオキの顔が急接近してきた。
彼のおでこが……僕のおでこに……
くっついた!
「……熱はないようだな」
ゆっくりと、ナオキが離れた。
「おい……? 熱はないけどやっぱりおかしいぞ?」
僕はどんな顔をしているんだろう。わからなかった。
ただ、立っているだけで精一杯だった。足が今にもとろけて地面に崩れ落ちそう。
これ以上……これ以上、ナオキに何かされたら……僕……
「悩み事でもあるんなら俺に言えよ?」
ナオキの力強いまなざしが、僕の心の奥を覗くみたいに、僕のすぐ目の前に、キスするほどの距離に……!
「俺はおまえを守るって決めてるからな」
ずっきゅうーーーん!
僕の中で、何かが産まれた。
確実に、ナオキに対する何かが、僕の中で産まれた瞬間だった。
でも、なんでもないフリをやり通して、家に帰った。
両親にも妹にも、言わない。僕の第二性がタガメだってこと。言ってはいけないと社会から義務づけられている。
でも……、ナオキには、いつか明かしたい。
男同士でも、第二の性が違えば結婚ができる。
愛し合っても誰も偏見の目で見たりしない。
カーテンをそっと開けた。
月明かりの下、隣の家の、ナオキの部屋の窓がそこにある。
オレンジ色の、彼の部屋のカーテンを透かして、ナオキの影が見えた。
何をしてるんだろう。胸を張って、前後にゆっくり揺れている。なんだか堂々とした影だった。
素敵な綿のような毛に覆われたアルパカが颯爽と歩を進めているような影だった。
やっぱりナオキは同じアルパカの性を持つ女の子と将来は結婚するのだろうか。
いやだ!
僕を奴隷のように踏みつけた後、優しくたまごを背中に背負わせてほしい!
今、ナオキが前後に揺れているのが、部屋にアルパカの女の子が一緒にいるんだとしたら……
僕は激しい嫉妬にかられた。
今までナオキに対して、こんな気持ちになったことなかったのに! ナオキが女の子と仲良くしてたって、こんな気持ちにはならなかったのに!
抱き締めてほしい! 僕だけを見てほしい!
ナオキ! ナオキ! ああ……!
僕は今まで、ふつうの男の子と同じに、平凡な男の将来を夢に描いていたのに!
今の僕はどうしようもなくたまごを欲しがる一匹のタガメだ!